第十三話 屋上にて


 二週間が経過し、蹴られた脇腹の痛みも最近になってやっと消えた……。


 あの時、コンビニでグラビア雑誌をあのまま眺めていれば、怪我なんてしなかったが、一人の男の子を不良たちから救えたと思えば結果オーライかな。


 ――ん? 俺が助けたんだっけ? 俺が助けられたんだっけ? 


 そんな疑問を今になって思いながら、授業が終わった俺は屋上へと続く階段を、額に汗を滲ませながら上っていた。


 というのも昨日の夜。

 相談があると遥香からLINEが届いて、それじゃあと、俺が放課後に屋上に呼びだしたのだ。


 教室で話せばいいじゃないって? 

 いいや、そんな余裕はない。それが出来てたら苦労しないって話だ。


 なんといっても遥香と美月が仲良くなったことにより、俺にとって思わぬ誤算が起きているのだ。


 手っ取り早く理解してもらうために『首切り女の血だらけの家』に行って、不良四人組と一騒動あった数日後の会話を聞いてもらおう。


「……と、まあそんな感じで? 美月が輝彦師匠を助けてやったのよ」


「へえ、そうなんだ」


「やっぱり私が傍にいないと輝彦師匠はだめね~」


「ふ~ん、でも、たった一回そんな場面があったとして、私は今までに何百回も輝彦の危機を救ってるから桁が違います」


「なに? 例えば?」


「え? 例えば……? 例えば……えーと」


「静かで怖がりの遥香ちゃまにそんな大それたことを成し遂げた功績があるのなら言ってみ? うん? ほらほら言ってみ~~?」


 美月が遥香を手でひょいひょいとやって挑発する。うわ、めっちゃウザイ顔してる。


 怖がりなら『首切り女の血だらけの家』で失神してた美月も負けてないけどね。


「まず! 美月が輝彦を無理やり外に連れ出したから、輝彦が怪我したわけでしょ? その時点で輝彦の怪我は美月のせいと言ってもいいんじゃないかな?」


「な⁉ 自分だって美月が輝彦師匠を連れ出してあげなきゃ仲直りだって出来なかったくせになにをー!」


「あーもう! いい加減に――」


「輝彦師匠は――」「輝彦は――」



「「――黙ってて!」」



「はい……。すいません」


 こんな感じで、美月と遥香の親密度が増したことで仲が悪くなるという誤算が起きた。休み時間に入ると、絶えずお互いにマウントを取り合っている。


 美月と遥香という二人の美少女が俺の話題を中心に教室で揉めているせいで、俺への憎悪が増幅された生徒が多数出現したらしく『夏目輝彦暗殺組織』がさらに増員されたらしい。


 これは菫乃情報。

 つーか誰だそんな物騒な組織本気で作った奴は!

 増員って『夏目輝彦暗殺組織』自体は前から存在してたのかよ! 


 現時点で金が城高校における二大組織は『遥香姫護衛隊』と『夏目輝彦暗殺組織』になっているらしい。


 こんな調子だったら、クラスで遥香とまともに話が出来ないのも当然だろ?


 俺はヘトヘトの体で階段を登りきって扉を開いた。


 涼しい風がさらっと頬を撫でて通り過ぎてゆく。

 汗やら弁当やらの色んな匂いが混ざった教室とは大違いで、深呼吸したくなるほど空気が美味しい。これだから使用禁止と言われても屋上はやめられない。


 だって屋上って青春っぽくて良くない? 

 あ、小説を顔に被せて屋上の床で寝たふりしていたのは夏目輝彦黒歴史集の一つだった。


そんな高校一年生の時代は思い出したくない。幸いにも誰にも見られていないはず。


「あ、輝彦。こっちこっち」


 扉の向こう側には、柵に手を掛けて景色を眺めながら遥香が立っていた。


 俺に気づいた遥香は振り返って手招きをして、俺は早歩きでその映画のワンシーンのような世界に足を踏み入れる。


 遥香の、風に揺れる黒紫の髪は清純そのもので、スカートからのびる白くてきゅっと締まっている足は本当にアイドル顔負けだ。


「悪い。待たせた?」


「ううん。さっき来たとこ。美月は?」


「美月はそろそろ自分で教科書を買いなさいって、やっと先生に呼びだされてたぞ」


 あいつは未だに俺に教科書を見せてもらおうと、机をくっつけてくる。そのたびに頬を膨らませた遥香が後ろを向く。美月が煽る。賢いが単純な遥香がそれに乗る。空気がバチバチになる。俺が先生に怒られる。……いやなんでだよ!


「転校してきてまだ教科書買ってなかったもんね」


「あれで先生に問題あてられたらすまし顔で答えるから腹立つんだよな……」


 ああ見えてと言ってはなんだが、美月は遥香に劣らないくらい勉強ができる。先生が出す問題は百発百中で答えてしまうので、少しうるさくなっても先生は何も言わないどころか俺が怒られる。……だからなんでだよ!


「美月はいいよな。うるさくしても先生には怒られないし、クラスの皆は美月が話しかけるだけで顔が綻んでるんだから。俺なんか暗殺計画が練られてるんだぞ」


「美月は誰にでも愛される不思議な力を持ってるよね」


「はー、よく言うよ。いっつも喧嘩ばっかりしてるくせに」


「ふふっ。輝彦は馬鹿なんだから。お互い本気じゃないし、あれで楽しんでるんだよ?」


「そのおかげで俺がどれくらい美月と遥香のファンから恨みを買っているか……」


 俺のことで喧嘩してくれるのは、ラブコメの主人公みたいでウホウホでウヒウヒだけど、殺されるのだけは勘弁だ。お互い本気じゃないって……俺をからかってるだけなのか?


「それで、俺に相談したいことって何だ?」


 俺は気を取り直して、本題を出す。


「あ、それなんだけどね……」


 なんだ? 急にもじもじし始めて……。もしかして……。こ、こくは  


「大丈夫だよ。きっと輝彦が想像してるだろう事とは違うと思うからっ」


「そんな笑顔で僕の心を読まないでください。あと心の声くらい最後まで言わせろよな」


 菫乃だけでなく遥香にまで心を読まれたらお終いだ。性格の悪さが完全にばれてしまう。


「えっと、私先月から『シルクドソレイユ』でバイトしてるの輝彦に言ったよね?」


「あー、駅前のカヘェだろ?」


「そうそう。なんか発音がおかしいけど」


「俺みたいなやつは言い慣れてないし、行き慣れてないからな」 


「そういう問題かな」


「そういう問題だ。おかしいのはそんなエンターテインメント集団みたいな名前を店名にするセンスの方だけどな」


 金が城高校ではバイトは担任の先生から許可を得ないと原則禁止とされていて、普通の生徒はなかなか許可を得られないが、うちのクラスの担任は山崎先生という一歩間違えば教師失格のテキトー先生なので、『バイトの許可ください』と遥香のような可愛い生徒が言えば、簡単に許可が下りる。

 俺は一瞬で却下されましたけどねっ。


「それでそのバイト先でね。後輩くんがいるんだけど、その子に頼み事をされちゃって……」


「なんだと! それはもしかするとウッフフンなあっち系の頼み事か⁉」


「最近の輝彦って最低キャラが型にはまってきたよね」


「待て。俺はクール男子という設定だぞ」


「クールって言われる男子は大体人見知りなだけらしいよ。奏が言ってた」


 核心を突かれたな。世のクール系男子よ。


「本題なんだけど、そのバイト先の後輩くんに『頼りになる男』を紹介してほしいって言われてね。『頼りになる男』の人に相談したい事があるんだって」



「へぇ、『頼りになる男』ね」



「それで輝彦がその後輩くんに会ってくれないかなと思って……」


「お、俺が……頼りになる男?」


 これは驚きだ。いつの間にか俺は遥香の中で幼馴染だけでなく、頼りになる男の称号まで授かっていたようだ。おいおい。しゃーねーな。確かに? 俺は頼りになるけどさ~。も~。


「輝彦?」


「お、すまないすまない。まぁ、この『頼りになる男』がその後輩くんとやらの相談受けてあげても良いだろう」


「本当⁉ よかった~。涼太くんに相談しようと思ったんだけど、涼太くん今部活で忙しいから、輝彦が暇人でよかったっ!」



「あ~あ~あ~あ~あ~あ~」



「輝彦なにしてんの?」

 危ない。

 涼太という高身長イケメンの名前が出た時点で、その後にどのような文章が続くか瞬時に分かったため、俺は耳を手で押さえ、目を瞑る事ができた。


 たぶん、今の遥香の言葉を聞いていれば、俺は精神を正常に保つことができなかっただろう。ナイス俺。うぅ……美月の影響を受けたのか、俺のオアシスとも呼べる遥香の言葉に毒が混ざってきた気がする。

 

美月め……なんて教育に悪い奴だ。

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