第十二話 み、美月ちゃん? え、えとえと。な、な、なにやってんの――――!

 一か月前、俺の後輩三人が大怪我をしている所を朝の公園で発見され、病院送りになった。


 三人で夜道を歩いていた時のことらしいが、前から歩いてくる奴がすっ転んで、海外ブランドの高いシャツにコーヒーぶっかけたらしい。


 そいつから弁償するお金を貰おうとした所で後ろから現れた女に突然不意打ちに殴られた、と俺は話を聞いた。


 話を聞く限りでは、どうやら喧嘩がバケモンみたいに強えっていう女に俺の後輩たちはやられたらしい。


 俺はてっきり女子プロレスの選手を思い浮かべていたが……、俺の思ってたのとは全然違うみたいだ。見るからにか弱そうな女だ。細くて小せえし、喧嘩とは無縁の顔をしてやがる。


 俺達四人はこの辺りじゃ名の知られたワルだぜ? 心配いらねぇ。


 この俺――武藤洸太が横にいるんだ。タイマンじゃぜってー負けねぇし、負けたこともねえ。


 だが、なんだこの震えは……。


「先輩! 武藤先輩! ここはダメです! 早く逃げましょう!」


「だめだ。俺は間違ったことはしてねえ」


 それに俺は嘘が大嫌いだ。


 今回は、俺の可愛い後輩が大切な服を汚されて、弁償もしてもらってなければ、突然不意に後ろから殴られた。そうなれば俺の後輩は被害者で、俺は先輩として後輩のツケを返す必要がある! 


 俺はいつだってやられたらやり返す。倍返しだ!


 ……とは言え、女――さっき軽く絞めておいた輝彦師匠?とか呼ばれる男が美月とか言ってたな、こいつは相当な野郎かもしれねぇ。


 一瞬放った殺気からただの女じゃねぇという事は分かった。あのまま襲われたら今度は俺たち四人で病院送りだったかもしれねぇ。


 俺たちは、輝彦師匠とか呼ばれる男の説得で襲われずに済んだが、その代わりに女がじゃんけんをやるとか言い出した。


 目的はなんだ……? 本当にこの場を暴力なしで納めるつもりか? 


 俺も馬鹿じゃねぇ。 

 ここで逃げたら殺されるのは野生の勘で理解できる。


 ただ、女の方からじゃんけんを申し出たんだ。一回でも俺たちが勝てば金をいくらでも払うって言いやがったんだ。


 嘘をついてるようにも見えねぇし、わざわざ嘘をついてじゃんけんなんてする必要もないだろう。俺達にとってこんな絶好のチャンスは無い。


 四回じゃんけんして一回でも俺たちが勝てばいいって馬鹿にしてんのか?


 そんなの負けるわけがねぇ。

 勝ったら後輩たちが病院送りになった分はしっかり返させてもらうし、治療費と服の弁償代きっちり払ってもらうぞ。


「おい、そこのお嬢ちゃん、本当に一回でも俺らがじゃんけんで勝てば、必ず金を払うんだな?」


「うん。美月に二言はないよ。でもその代わりに私に全敗したら私の命令を一つ聞いて」


「大丈夫だよお嬢ちゃん。男にも二言はねぇよ」



 こいつ馬鹿だマジの馬鹿だ。 


 真剣な顔で何言ってやがんだよ。

 流石にこれは嘘じゃないだろう。自分から提案しといて負けたらそんな約束してませんなんて言えるわけないもんな。それなら別にこんなことする必要はねぇ。



 ――ただ、どうしてこいつはこれほどにも自信に満ち溢れている?



「じゃあ早速じゃんけんしようか」


 ふん、まあいい。ただのあほだ、こいつは。意気揚々としやがって。 


「岩下、お前先いけ」

「え、俺ですか⁉」

「おら、早く行ってこい。じゃんけんするだけだ」

「お、おす!」


 こういう時、最初は後輩からって決まっている。ここで相手の出方を探ってやる。


「美月、本当に大丈夫なのかよ?」


 ふっ……後ろの師匠とか呼ばれてる奴も心配そうな顔をしてやがる。あほか。



「輝彦師匠。大丈夫だから見てて」

「じゃあさいしょはグーから行くよ」

「お、おう」 


(そうだ、武藤先輩の言った通りじゃんけんするだけじゃねーか。ここまで自信ありげな顔されるとなんだか裏がありそうだけど、もし俺らが四回連続で負けたとしても泣いてあやまりゃいいだけだ! そんなら得意だぜ。喧嘩ではこの女に勝てないが、じゃんけんなら俺も自信があるんだよっ!)


 初戦:闇路美月 対 金髪の後輩A(本名:岩下陸)


「「最初はグー! じゃんけん――」」

「グー!(美月)」

「パー!(後輩A)」


(ハハハハハ! 馬鹿め! 初戦で負けやがったぜ! 何がじゃんけんで負けたことないだ? ハハハハハ――――え?)


 美月の出した《グー》は止まることなくずんずんと伸びて行く。



 そして金髪の後輩Aのみぞおちにそのまま勢い良く突き刺さった。



「え?」



 それは一瞬の出来事だった。



 美月の《グー》に接触した金髪の後輩Aは、交差点で時速六十キロの車に撥ねられるよりも強力な力で後ろに吹き飛んだ。


「み、美月ちゃん? え、えとえと。な、な、なにやってんの――――!」


「え? じゃんけんだよ?」 


 夏目輝彦は叫んだ。叫ぶしかなかった。吹き飛ばされた後輩Aは釣り上げられた魚のように地面に横たわってピクピクと痙攣している。


 あ、あわ噴いてるぅ!


「じゃんけんじゃないよこれ! 不意打ちの暴力だよ! グーがグーパンチになってるよ!」


「え!? うそ、私じゃんけんこのやり方しか知らないんだけど、間違ってた⁉」


 美月は両手を口元にやって、わざとらしく瞳を大きくぱちくりさせている。


「とぼける気か! 間違いすぎだ! さっき手は出さないって約束したろ⁉」


 いつの間にか俺は不良四人組の味方に回っていた。


「え~? なんのこと?」


 美月は唇を尖らせてそっぽを向く。完全に知らんぷりだ。


 俺は震えた。


 俺が暴力は駄目だと言っても、はなから美月はそんなこと聞いてなかった。



 最初からだ、最初から相手をフルボッコにする気だったんだ……!



「次いくよっ」


 美月が視線を残った不良たちに戻し、語尾にハートが付くようなきゃぴきゃぴした声でにっこり笑った。美月の頭に上った血は、ずっと上り切ったままだった。


「え……あ、おい。なに殴ってんだ! これのどこがじゃんけんだテメェ!」


「次って言ったの聞こえなかったのかなぁ?」


 金髪の男の声に美月は間髪いれず上から言葉を被せる。

 じゃんけんをするか否かの選択権は君たちにはないよ?というメッセージが暗に伝わるだけでなく、脳内に直接語られている気さえする。

 

 ただただ恐ろしい。


「……う…うぅ」


 不良たちは、路地裏で舞うチラシのように仲間が軽々と吹き飛ばされた光景を見て、体を強張らせながら、本能的に後退りをしている。


 金髪の男でさえ、信じられないという目でピクピクしている後輩を三度見、四度見している。


 ――もう不良たちは誰も逆らえない状況になってしまった。


 逆らうとさらに悲惨なことになるという事が分かるのだろう。



「みんな分かってると思うけど、逃げたりしても無駄だからね。そんなことしたら地獄まで送ってあげるからっ」


 もう不良たちはこれから死刑が執行されるようなもの。



「せ、先輩、俺行ってきます……」

「あ、あ、あ……」


 金髪の男の額には滝のように汗が流れ、処刑所に向かう後輩の後ろ姿を見送ることしかできない。


 半泣きになりながら美月の前に出てきたのは後輩B。


(嘘だろこの女……じゃんけんって言ったよな? これのどこがじゃんけんなんだ⁉)


「じゃあ行くよ?」


 二回戦:闇路美月 対 金髪の後輩B(本名:山田武尊)


「「最初はグー! じゃんけん――」」


(俺は腹筋には自信がある。この女がみぞおちにまたストレートを入れて来たとしても、なんとか意識は保てるはずだ。そんで吹っ飛んで気絶した振りでもしとけば、俺は助かる!)


「チョキ!(美月)」

「グー!(後輩B)」

(チョキ!? チョキはどんな攻撃が――)


 美月のチョキはそのまま止まることなく後輩Bの顔面をめがけて飛んでいき、そのまま眼球に突き刺さった。


「ぐっぁぉぁぁぁぁあぁぁあぁっぁ!」

「いやぁっぁぁあっぁぁぁぁぁぁあ!」


 後輩Bは顔を押さえてよろよろと悶えながら、後退りして後輩Aの隣で息絶えた。


 と、思うくらいの勢いで崩れ落ちた。後半の叫び声は俺のもの。今の俺はほぼムンクの『叫び』だ。


「美月――――! なにやってんの――! 目は絶対ダメでしょーが――! さっきのお化け屋敷より全然ホラーだからそれぇぇぇ!」


「え? あ~、チョキってハサミのことだから喉を掻っ切るんだったっけ?」


「両方違うから! 誰もチョキを本物のハサミにしろなんて言ってないから!」


「そんな慌てないで輝彦師匠。ちゃんと視力も落ちないように位置もずらしたし、加減もしたから」


「どんな高等テクニックだよ!」


「じゃあ次の人!」


 美月はまたわざとらしいほどに可愛い声と手招きで、次の処刑者を前に出させる。もうだめだ。誰も美月を止められない。 


 ああ、神様、どうかこの光景が夢に出てきませんように。この出来事がトラウマとなって俺の人生に多大なる悪影響を及ぼすことがありませんように。


「ああ次はぼくですか……はは」


 もう諦めましたという面持ちで後輩Cが出てくる。


 この人は公園で最後の力を振り絞って美月の危険性を俺に教えてくれた坊主頭の人だ。


 勘違いかもしれないが、俺が殴られたり蹴られたりしている時も、彼だけは心地悪そうな顔でその場を見ているだけだったような……。


 三回戦:闇路周 対 金髪の後輩C(本名:竹内洋太)


「最初はグー! じゃんけん――」

(ああ次はなんだろ~、俺死なないかな~、大丈夫かな~)


「パー!(美月)」

「チョキ~(後輩C)」


(あ~、なんか遠くの方に川が見えるな~、あ、おばあちゃんが向こうで手振ってる)


 美月のパーはそのまま後輩Cの顔面の方に伸びていき、後輩Cは爆竹が鳴り響くような音の平手打ちを受けて、そのまま後輩AとBと同じ所へぴゅーんと吹っ飛んだ。


「もうだめだ……こんな地獄絵図見たくない! 可愛い女の子が不良たちに制裁を与えてるところなんてもう見たくない!」


 俺は頭を抱えて蹲った。


 一か月前の公園ではこれより酷い惨劇が繰り広げられていたと思うと、真夏なのに寒気と震えが止まらない。しかも美月さん物理的には全勝だけど、じゃんけんでは全敗してる。


「最後はそこの金髪さんだね!」

「……うっ」


 金髪の男は美月に指をさされて、息を飲んだ。


(そんな馬鹿な。だってじゃんけんだろ? それなのにこいつ……平気な顔でぶん殴りやがった。俺の後輩を俺の前でぶん殴りやがった! しかも当然といわんばかりに……罪悪感なんて一切ない。この女に不意打ちの罪悪感なんて一切無いんだ!)


「――あのさ、一か月前のことなんだけど、この子はコーヒーなんて誰にも掛けてないよ」


 美月は目の前の惨劇に気が動転しまくっている金髪の男のもとに歩み寄って、目の前に立つと一瞬男の子の方に視線をやった。


「でしょ?」

「うん」

「へ?」


 男の子は首肯し、金髪の男は見た目の厳つさには似合わない素っ頓狂な声を上げた。


「私見てたんだけど、道であなたの後輩があの子の肩にわざとぶつかったんだよ」


「わざと?」


「そう、わざと。それで自分で自分の服にコーヒーこぼしの。なのに『喧嘩売ってんのか? 弁償しろ』とか言って公園に連れてっちゃうからさ、私がさらに後ろからコーヒーぶっかけてやったの」


「そりゃあ、最低だな……」


 俺はぽつりと言葉を漏らした。もちろん後ろからコーヒーをぶっかけた美月の事ではない。


「そう、だってそんなのカツアゲって言うやつでしょ? カッコ悪い」


 という事は、美月は助けを求められたから助けたんじゃなくて、自分から助けに行ったのか。体育館裏での話と違うじゃないか。


「それに関してあなたは関係ない。けど、金髪のあなたは私の大切な人に怪我させた。この罰は大きいんじゃない?」


「お前ら、俺に嘘ついてたのか……?」


 金髪の男が振り返っても、ぴくぴく震えている後輩たちの反応はない。


 金髪の後輩たちはか弱そうな怪我をしている男の子を見つけて、お金を巻き上げようとしたわけだが、そこに正義のヒーロー的な美月が現れて、まんまと制裁を喰らったのだ。


 ――となると、金髪の男は嘘が大嫌いって言っていたが、後輩たちはその金髪の男に嘘をついていたわけになる。


「どうする? まだじゃんけん続ける?」


 金髪の男は肩をがくんと落とすと、静かに首を横に振った。倒れこむようにその場に尻餅をつくと、美月はその金髪の男の前に膝を曲げてしゃがんだ。



「俺の負けだ。降参だ」



 金髪の男の後ろ姿に数分前までの威勢はなくなり、弱々しく項垂れている。それもそのはずだ。金髪の男は、後輩たちのために治療費を払ったのだ。コーヒーを掛けられ、後ろから不意打ちに殴られ病院送りにされたという可哀そうな後輩たちのために。


 けれど、全部が仇で返されたわけだ。後輩たちは結局最初から、自分の私利私欲のために他人の金を巻き上げようとした。それで美月にやられたわけだから自業自得にすぎない。 



「じゃあ私の勝ちだから、一つ命令ね」



 その場にいる誰もが息を飲む。


 どれほど過酷な命令をされるのか、はたまた生きていられるような命令なのか。


「ねぇ、そろそろあなた達も起きてくれる?」


並んで倒れていた三人の後輩たちが美月の呼びかけにぴくっと肩を震わせる。


「それ以上気絶した振りで通すならこっちにも考えがあるけど――」


 身の危険をおぼえた三人は瞬息に身を翻して正座をした。なんて従順な……。


「ほら、こっちに並びなさい」

「「「はい…」」」


 後輩たちは正座のままで、金髪の男の隣に並んだ。女子高生の正面に正座の男たちが並ぶという奇妙な空間に、絶妙な緊張感が漂う。


「そうだな~。命令だけど……あれにしようかな」


 しゃがんでいる美月は、並んだ不良四人の目の前でパチンッと指を鳴らした。



 橋の下でそのパチンという音が反響し、自分たちがまた殴られるんじゃないかと不良四人組は目を伏せて上半身にぐっと力を入れた。



「はい! この瞬間からあなた達は優しい人になりました!」



 正座中の四人を含め、俺の頭の上にも『?』が浮かぶ。


「どういうことだ? 美月」


「私の前にいる四人は全員優しい人になったの」


「優しい人……? さらに訳が分からなくなったんだが」


「今日からこの四人は、道で困っている人がいたら話しかけて案内してあげるし、交差点でお婆さんがいたら荷物も持ってあげるし、人の相談にも最後までしっかり話を聞いてあげるし、大切な人が迷子になったら見つかるまで探してあげるし、時には嘘をつかれたって許してあげられる――そんな優しい人になる。それが私の命令」


「俺らがそんなことするわけ――」


 金髪の男の言葉を遮るようにして美月は立ち上がり、咳ばらいをして口を開いた。


「この命令は一生有効とし、死ぬまで守らなければなりません!」


 そうか……最初から美月は……。



「あなた達に拒否権はないんだよ?」


 美月はにっこりと微笑んだ。これはきっと全部美月の優しさだ。


 裏切った後輩たち、裏切られた先輩。


 本当であれば関係に少し亀裂が入ってもおかしくない。ひびの修復は簡単かもしれないし、そうでないかもしれない。

 この四人が今日で最後の顔合わせという可能性だってある。大袈裟かもしれないけど、人間なんてそんなもんだ。たった一回のすれ違いが心に残って、どちらも気まずくなり離れていくことなんてよくある話だ。


 美月はそれを、その亀裂を、ひびを修復しようとしているんだ。


「あ、そうだ。謝ったら許してあげる優しさもとっても重要だよね」


 顔を俯かせたままの後輩たち三人はゆっくりと顔を上げた。


「「「先輩……」」」


三人は金髪の男の方に正座の向きを直した。


「先輩が嫌いな嘘ついちまって……」

「俺らがカツアゲなんかしたせいで色々迷惑かけて……」

「いつもよくしてもらってるのに……」



「「「本当にすいませんでしたっっ!」」」



 後輩三人は涙ながらに謝り、頭を地面につけた。

 美月は四人の正しい関係がこれから先も続くように、だから壊して新しくしようとしたんだ。


「おい、お前ら顔上げろ。別にもう怒っちゃいねぇよ」 


「「「う……うぅ……先輩ぃぃぃ」」」


「やめろ、お前らその顔! 気持ち悪ぃ!」


「これで一件落着!」


 美月は四人組が抱き合う姿を見て、ほっとしたようにふぅと息をつく。


 そして俺の方にも顔を向けると、にこっと無邪気な笑顔を見せた。


    *


 気づいたら辺りはすっかり暗くなっていた。


(結局、最後は全部上手く収まった感じになったなぁ。)


 不良四人組は俺と男の子に謝ると、さらに絆を深めたような明るい顔で帰って行ったけど、俺は謝られても全くもって納得できていない……。


 だって俺は散々な目にあったんだよ⁉


「謝ったら許してあげるのも優しさでしょ?」と美月にでもなく不良たちにニコニコ笑顔で言われてさらに納得できなかったけど、喧嘩で勝てるわけでもないので、器のデカい男の振りをして許してやった。


「あの、名前、輝彦くんっていうんだよね?」


 渋い表情のまま不良たちを見送ると、隣にいた男の子に声を掛けられた。


「そういえば、ぼ、僕の名前知らないっていうか……分かんないよね?」


「ん? ああ、そうだな。自己紹介もしてなかったな」


「ぼ、僕はね、水無瀬充希っていうんだ」


 男の子なぜか突然にして顔を赤くすると、言葉がカミカミになった。

 良い名前なのに、緊張してるのだろうか。


「俺は、夏目輝彦。またどっかで会ったらよろしくな」


「美月も忘れないでね!」


「うん! もちろん! ……じゃあそろそろ行かなきゃ」


「おう、気を付けてな」


「ばいばい! またね!」


男の子は俺と美月にお礼を言うと、門限があるため急いで帰って行った。


「じゃあ俺たちも行くか」


 わき腹を痛めた俺は、身長差で歩きにくいけど美月に肩を借りて、ゆっくりと川沿いを歩く。


「輝彦師匠、本当に痛いの?」


「やめろ! 小突くな!」


「でもカッコつけてたね~『行かせねぇ……』とか言っちゃってさ」 


「お前、まさか見てたのか……?」


「え、ううん見てない。遠くから本当は一部始終見てたとかそんなわけない」


「お、お前…………」


「ていやっ」

 再度。美月が俺のわき腹をチョップでつんと突いて、クスクス笑いながら小走りで俺の前に出た。


 くそ……こいつマジで許さねぇ!  

 

「ごめんね師匠。あ、謝ったら許してあげる優しさ輝彦師匠は持ってるよねぇ?」


「生憎だが、俺は持ち合わせていないんだよそんなもん!」


 月明りが照らす歩道を、俺は脇腹を抑えながら前を走る美月を追いかける。


 きっとここが夕暮れの砂浜であれば、もっとこんな俺たちもロマンチックに映るのかもしれない。


 ただ、美月はきっと砂浜で走るのと変わらないような笑顔を見せてくれているだろう。



 こんな休日も悪くはないかな。…………怪我したけど!



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