第十話 ここからが本題です。
連れてこられたのは人気のない河川敷の橋の下。
俺と男の子は乱暴に地面に投げ捨てられ、逃げ場を無くすように囲まれた。
河川敷とはなんて典型的な……。まあ、リンチと言えば、河川敷か倉庫みたいなところあるもんな。体育館裏と屋上も悪くない。
「なんかごめんね……巻き込んじゃって」
「いや、さらに怒らせたのは俺だから。はは」
ただ、ガラス越しにあんな潤んだ瞳で俺を見たってことは、俺に助けを求めてたってことであって、巻き込んだのは絶対確信犯だ。
……でも連れてこられのは俺が笑ったせい。
「ううん。でもまさか助けに来てくれるとは思わなかったから」
「まあ、囲まれたら怖いってのは経験上分かるからさ。だって、君は何もやってないんだろ?」
「うん。コーヒーを服にかけたなんて言い掛かり」
「じゃあそれを信じるよ」
男の子をよく見ると、左手に包帯が巻いてあった。大きめの怪我をしてるみたいだけど、さっきは不良たちに夢中で気づかなかった。
「なんかスポーツでもやってるの? 怪我してるみたいだけど」
「うん、空手をちょっとだけ」
「そうなんだ。すごいね」
小さくてか弱そうに見える男の子だけど、外見だけではわからないこともあるもんだな。その最たる例が、闇路美月か。可愛い顔して、とてつもない力を持つ女。
あ、さっきから普通に話してるけど、状況としては怖いお兄さんたちに囲まれてますっ。
「わりぃんだけどよ。おしゃべりはその辺でいいか?」
遂に堪忍袋の緒が切れた金髪の後輩がヤンキー座りをして、俺の顔をまじまじと凝視してくる。
相手は不良四人組で、こっちは喧嘩とは無縁の平凡な男子高校生一人と、小さくて線が細く、女子と言われても全く疑わないレベルの男の子。男の子は、空手を習っているが、怪我をしていては戦えない。
――よって、勝てるわけもない!
…………最初から美月に助けを求めるべきだった!
「久しぶりに血が騒ぐぜぇ」
リーダー格の金髪が眉間にしわを寄せて、無駄にポキポキ指を鳴らす。
「そんなにおでこに力を入れると将来禿げま……」
「おい、今テメェなんて言った? おら? あ?」
「な、何にも言ってません!」
俺の特性として《余計なことをする》だけでなく、《余計なことを言う》というものがある。少しでも気を緩めると口が滑ってしまいそうになる……危なかった。
「そういえば兄貴。この男どっかで見た気がするんすよね」
突然、金髪の後輩三人のうち一人――坊主の男が俺を指さした。
「え? お、俺ですか?」
「そうだよ。どっかで見たんだよなぁ」
「ちょ、やめてくださいよ~。人違いですってば。ね? ね?」
「いや、どっかで見たんだよなぁ」
思考は至って冷静なんだけど、ヤンさん達の前ではどうもへりくだってしまう。
しっかし言い掛かりにもほどがあるよな~。そういった裏の世界とは全く無縁のスーパー平凡生活こっちは過ごしてんだ。人違いだ、堂々構えよう。
「あ、……思い出した。兄貴!」
「え……?」
「こいつ! あの女の仲間ですよ! フードの!」
え……?
フードって?
どこで俺は裏の世界と接点を持ってしまった⁉
「お前ら三人を病院送りにしたっていうフードを被ったあの女か?」
「そうっす!」
「…………」
オーマイゴッズゥゥゥ!
よく見れば、こいつら公園で美月にボコボコにされて気を失ってたやつらじゃないか!
金髪の人はいなかったけど、間違いない!
いや、けれど、間違っていることがある!
「俺、仲間じゃなくてただの通りすがりだから! 正しくはただの通りすがりだったからぁ!」
今となっては仲間というか友達だけど、あの時は知り合いでもなかったはずだ!
「ほう、なるほどな。お前か、俺の後輩を可愛がってくれたのは」
「違いますよっ! だから俺はそれに関しては無関係ですっ!」
金髪の男が腕を組んで、上から俺を見据える。話が違いすぎる!
なんかその流れで行くと、俺が不良三人組をボコボコにしたみたいじゃん!
「なるほど、分かった――」
金髪の男が平坦でどこか怒りを含んだような声でぽつりと呟く。
わ、分かった?
何を分かったの?
絶対分かってないよね?
「――殺るのはこいつだけで十分そうだ」
「…………え?」
「おい、お前はもう帰っていいぞ。今回は見逃してやる」
なんと俺の隣に座る男の子はヤンキーの檻から出所を許された。
ちょまてぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇ!
話が急展開過ぎる!
「ちょっと待って下さいよぉ! 俺は本当に何にもしてないんですってぇぇ!」
「えーっと……あの……」
土砂降りの雨の夜。『拾ってください』と書かれた段ボールの中、寒さに凍えながら震えながら助けを求めるように鳴く、瀕死の捨て猫のような目で男の子が俺を見つめてくるぅ!
おい、ずるいぞ!
ずるすぎだぞ!
なに一人だけ助かろうとしてんだこら!
元はと言えばお前が……!
――うう、でもなんでだ!
どんな高価な宝石でも、この男の子の瞳の輝きには勝てる気がしない!
もしかして、ここはもう俺一人がボコボコにされて終わるしかないのか?
う、うんまぁ、そっちの方がかっこいいもんね……はは。向こう岸に何か見えるぞ~。
「わ、分かった。ここは俺に任せてお前は行け(行くな。俺を置いてかないでくれぇ! お願いだよぉ!)。――って、あれ?」
気づけば、隣には誰もいなかった。
男の子は俺の言葉を半分も聞かずに走り去っていて、俺は牢屋で苦楽を共に過ごしたルームメイトが、脱獄に成功して朝になるといなくなっていた死刑囚のような気分だった。
あの野郎……! 今度会ったら絶対俺が絞めてやる。
言っちゃ悪いけど俺がぶっ〇す!
「ハッハッハッ……ざまあねえな」
「兄貴やっちゃいましょうか。こいつ生意気ですしね」
「あの時の恨み晴らしたるからなクソガキ」
「覚悟しろよ~にいちゃん」
見捨てられた俺を嘲笑いながらリンチの構えをとる不良四人組。
「あーあ、本当はこれ以上この手を汚したくなかったんだけどなぁ……」
俺はぽつりと呟く。
諦めるにはまだ早い……ここは一発賭けにでるしかない!!
「あ? なんだお前……」
「しゃあねえなー。邪魔者はいなくなったし、いっちょやりますか」
「お、おい、なんだよこいつ……」
「久しぶりにこの封印されし左腕を使う日が来たな。起きろ――相棒」
「あ……? 相棒ってその左腕のことか?」
四人はさっきまでと違った雰囲気を醸し出す俺に一瞬たじろいだ。
「やめとくなら今のうちだぞ? 今なら半殺しくらいでやめといてあげるけどどうする?」
「な、なんだよお前……」
金髪の男はファイティングポーズをとる。
「やめる気がないならそれは仕方ない。俺はこう見えて君たちをボコボコにした女の子に師匠って呼ばれてるんだ。覚悟はできてんのか?」
「…………そ、そんな強いのかお前」
「ああ。逃げる気がないならこちらから行かしてもらうよ。歯食いしばってらぁ!」
俺は拳を握り締め、四人に向かって正面から仕掛けた。
利き腕は右のため、相棒はガードに使用する。
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