第九話 金髪ジャージには近づくな!
美月様からのお説教を受けた後は、案内のお姉さんにご迷惑をお掛けしましたと三人でしっかり謝った。
その時にはもう美月の怒りは解けていて良かった……。
怪我を診てもらうために遥香は病院に行くという事で、俺たちも一緒について行くと言ったのだが、ひとりで行けるからと断られてしまった。
遥香を見送った後、俺と美月は近くのファミレスで軽く昼食をとったり、ショッピングモールで服を見たり、ゲームセンターに行ったりして遊んでいたのだが、気がつけば時間はあっという間に過ぎていた。
「そろそろ帰るか?」
「そうだね。沢山遊んだし!」
俺たちは最寄りの駅から電車に乗って、地元の駅まで帰ることにした。
「ずいぶん慣れてるみたいだけど、前の学校はこの辺りだったのか?」
電車の窓から過ぎ去る名古屋の景色をぼんやり眺めながら美月にそんなことを尋ねる。
「うーん、前の高校はこの辺りだったよ」
夕日に照らされる美月の横顔はあまりにも可愛く、もし俺が女でもドキッとしてしまうに違いない。
「でも金ヶ城高校に転校して家から近くなって楽になったね」
「そうなのか。つか、美月の家はどの辺なんだ?」
「うん? 輝彦師匠の家の隣だよ?」
「…………はい?」
「…………はい?」
「はい? じゃなくて! お前、美月それ本気で言ってんのか⁉」
「本気と書いてマジ」
「いやいや、最近隣に家建ったけど! つーかなんでそれを言わないんだ⁉」
「ふゅ~~ふゅ~」
「だから手法が古いって!」
……家に帰ったら本当に隣の家が「闇路」か確認しよう。
休日でも夕方の電車内は混んでいて、時々揺れのせいで美月と肩がぶつかる。
その度に上目遣いで微笑んでくるのが可愛らしく、俺の方が背が高いため、立っていると顔というよりは頭が近く、髪から爽やかな柑橘系シャンプーの良い香りがする。
少しばかり黄昏気分で外の景色を眺めていると、思ったよりも早く地元の駅に着いた。
空は美しいオレンジ色に染まっていて、まだ外灯が点き始めるには少し早い時間。
「ねえ輝彦師匠、コンタクトが痛くて……ちょっとコンビニのお手洗いで取ってきてもいいかな?」
「いいよ。じゃあ俺はテキトーに雑誌でも見て待ってる」
「ありがと」
俺は美月がトイレに行っている間、店の中で手持ち無沙汰になって、雑誌コーナーに立った。いや、俺は至って健全な青年だ。
グラビアアイドルに興味何てこれっぽっちも……。
やはりムチムチとまではいかないが、ちょうど良い肉付きがある人は最強だ。
「……これがいいな」
無意識で。もう一度言う、無意識で、雑誌を持ち上げようとしたところ、ガラス越しの外の光景が目に入った。
コンビニの前の駐車場で背の低い男の子が怖そうな四人組に絡まれている。
雑誌コーナーに立っている俺からしたらほぼ目の前。ガラスが無ければ俺も立会人のひとりにカウントされそうなくらい至近距離だ。
怖そうな四人……この際はっきり言ってしまえば不良達に男の子は威圧され、遂には雑誌コーナーの前のガラスに背中が密着してしまうほど追い込まれた。
完全にヤバイ現場じゃねーか。
「おい、こらてめぇ、てめぇこら、やんのか?」
「ちょっとやめてください、近いです」
「あ? んじゃこりゃ、あ~ん?」
ガラス越しに声が聞こえてくるが、ほとんど会話が成立していない。
夕方とはいえ、この暑い時期にリーダー格っぽい金髪の男は、黒の生地に金のラインが入った長袖ジャージを着ている。
日焼け防止だろうか……? ならプロ意識が高い。
他の三人もドクロをあしらった典型的不良像を追求したような服装で、きっと形から入るタイプだ。全員長袖長ズボンで汗だくなので、男の子がさらに嫌がっているように見える。
その様子をコンビニの店内からガラス越しに見ていると、不意に男の子と目が合った。
「あ……」
男の子は潤んだ瞳で俺をじっと見て、それに俺は反射的に下に目を逸らした。
「おいおい、余計なことはこれ以上勘弁だぞ。俺は、お化けよりもヤンキーの方が怖いんだよ!」
トイレにいる美月に助けを求めるという手はどうだろうか。美月なら全員即KOだろ。
だめだ……女の子に助けを求めるなんてできないだろ。それに、男四人が美月に半殺しにされるところは見るに堪えないし、そんな女の子見たくない。
夏目輝彦、お前は何も見ていないんだ。不良四人組に男の子が絡まれるところなんて見ていない。雑誌のグラビアアイドルに集中するんだ!
ほら、集中するんだ!
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい………。
俺はこんな最低キャラだったか⁉
「ああ! もう!」
俺は手に取った雑誌を元の棚に戻して、コンビニを出た。
いくら相手が不良といえど、話し合いをすれば解決できるに決まっている。俺は腰を低くしてゆっくり現場へと近づいていく。
「とぼけるのはやめたらどうだ? おらぁ? あ?」
「とぼけてなんかないです、これ以上近づかないでください」
うん……状況は深刻なようだ。すっごい拒絶されてるし。
ここは嫌味の無い笑顔を意識してにっこりと話しかけよう。
「あの~、どうされましたか?」
「あぁん? 誰だテメェおら? あ?」
リーダー格の金髪黒金ジャージが、男の子をガラスに追い詰めた状態のまま振り返る。
眉間にしわを寄せる金髪の男は体が大きく、隆々とした筋肉が黒金ジャージ越しにも分かるほどで威圧感がすごい。近くで見ると汗の量も尋常じゃない……。
ジャージ暑くないのかな。
あ、よく見たら背中に意味不明なアルファベット書いてある……。
「あの、僕その子の知り合いでして……」
初対面ではあるが、男の子を解放してもらうための大義名分として知り合いという事にしておこう。
「こいつの知り合いか? ならお前が金払えよ」
おおう、意味不明なアルファベットの羅列が刺繍された黒金ジャージは脈略もクソもないことを言ってくる。会話のキャッチボールならぬ会話の不意打ち剛速球ストレート。
「この子が何か粗相をしたでしょうか?」
それでも俺はなるべく相手の気を逆立てないようにしっかりと笑顔で対応する。
ベテランCAさん並みのプロ意識だ。
「粗相も何も、一か月前こいつが俺の後輩の服にコーヒーぶっかけやがったんだよ。それなのにこいつクリーニング代も払わないで逃げやがってよ、そりゃこいつが悪いよな?」
と、意味不明なアルファベットの羅列が刺繍された黒金ジャージの、ブリーチしたままですみたいなダサい金髪が言う。
「そんなことしてない! コーヒーだってわざと自分で自分にかけたんだ!」
男の子が凛々しい瞳でギリリと威嚇するように反論した。
「そう言ってますけど……?」
「ああん? 俺の後輩が嘘ついてるっていうのか? 俺は嘘が大っ嫌いなんだよ。おい、お前ら俺に嘘ついてねぇよな?」
黒金ジャージの金髪は取り巻きのように囲む後輩たちにナイフのような鋭すぎる眼をぶつける。
お、おっかねぇえ……ヤンキーってのは表面上は嘘とか弱い者いじめが嫌いで、自分は正しい、正義の不良だと思ってる奴が多いって昔から決まってるんだよ。勝手な偏見だけど。
「そ、そんな、先輩に嘘つくわけないっすよ」
一人がそう言うと、残りの二人もこくこくと頷く。
額から妙な汗を垂らしているのは暑さのせいだろうか。
「そんで、後輩たちがこいつを追いかけてたらカツアゲしてると勘違いされたらしくてよ。後ろから不意打ちで殴られたらしいんだわ」
「嘘ばっかり! 最低!」
男の子が吠えるように反論しても、金髪は鼻で笑って話を続ける。
「その治療費と服の弁償代合わせて3万だ。3万だせ。誤魔化してねぇぜ? 俺が本当に3万払ったんだ。こいつが払えねぇなら代わりにお前が金だせや」
黒金ジャージの金髪とその後輩たちが俺に鋭い視線を向ける。
なーんか聞いたことがあるような話だけど気のせいだよな。それに、どうして俺が金を払う流れになっているのかさぞかし疑問だが、それより俺の頭は他のことで一杯だった。
ずっとかき消そうとしているのに……余計な思考で脳が満たされていく。
ああ、だめだ。抑えきれない!
「ふ……」
だめだ…我慢しろ俺! ジャージ暑くないんですか? とか
「ふっ……」
ブリーチして色抜きっぱなしですか? とか
「ふっ……ふふ」
クローズ派ですか、ドロップ派ですか? とか
「ふっ……ふっふふ」
ジャージの後ろに書いてある英語ってどんな意味があるんですか? とか
余計な質問を考えるんじゃない!!
「おい、てめぇなに笑ってんだこら?」
「兄貴。こいつやっちまいましょうか」
ダメ止めて……典型的ヤンキー過ぎて……お、お腹が……。
「プッ……ハハハハハ。はー、だめ笑わせないで! もうやめて!」
俺はこらえきれず吹き出してしまった。
「おい、こいつ連れてくぞこいつ」
「あ……」
そして、この状況下で腹を抱えて笑ってしまった。
血管が浮かび上がった不良たちに俺は体を拘束され、そのまま何処かへ引きづられていく。
しまった……。
また余計なことをしてしまったぁぁぁぁぁぁ!
しかも、今回はただじゃ済まされない!
なんでいつもこうなるんだよぉぉぉ……!
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