第七話 大切な人

「遥香ー? どこにいるんだー?

 まさか先に出口までいったのかー?」


「はるか~どこ~?」


 廊下を抜け出した俺は、気絶していた美月を背中からおろして目覚めさせた。

 遥香がいなくなったのに悠長におんぶしているわけにはいかない。

(お化け役の人に見られたのも恥ずかしかったし。)


「なあ美月、お前本当はさ相当怖かったんだろ?」

「え……? な、なにが?」


 美月の表情が硬い。しかも歩くのがめっちゃ遅い。


「もしかして、お化け屋敷のこと……? それなら全然怖くないからね?」


「嘘つけ。本当はお化けだって怖いのに、強がってたんだろ? 言わなかったけど、背中に震えが伝わってきたし、怖かったから背中に乗ってきたんじゃないのか?」


「は? み、美月に怖いものとかないに決まってんじゃんYO」


「動揺するとラップ調になる設定は採用しないからな。とにかく遥香を探すぞ」 

(全然素直じゃないなこいつは。)


 俺たち二人は、暗闇に目を凝らしながら、『首切り女の血だらけの家』を進んでいく。



「どこにも遥香いないね……大丈夫かな」


「うん……早く見つけないと。ずっと泣かすわけにはいかないしな」


「うん……急ごう! 輝彦師匠!」


 復活した美月は意外にも遥香の事を心配していた。

 やっぱり良い奴には違いないようだ。


 俺と美月は、周りを見渡したり、時には通らなくても良いバスルームの中や、押し入れの中まで遥香を探したりしながら出口へと急いで向かっていた。


 しかし、どこにも遥香の姿は見当たらない。


「遥香ー? いるなら返事してくれー!」 


 語りかけても返事は帰ってこない。走って一人でゴールしている可能性は十分にあるし、その方が可能性として高い。


 俺と美月は、途中出てくるお化けや音に驚きながらもやっとゴールまで到着した。



 外に出ると、首切り女風のメイクをした案内係のお姉さんが「お疲れ様でした~」と言って、笑顔でお化け屋敷からの生還を祝福してくれた。


 とりあえず生きて戻ってこれた。

 あとは、遥香と合流するだけだ。


「すいません、あの、先に来た女の子は……?」


「え?」


 案内係のお姉さんが明らかに困った顔をした。


「もう一人ですか?」


「最初は、三人で入ったんですけど……途中ではぐれてしまって」


「……えっと、お連れ様ということですね?」


「そうです。白のロングスカートに青いブラウスを着てます」


「他の特徴とかは……?」


「……髪が薄紫色をしてる女の子で、先に出口に来たと思うんですけど」


 お姉さんは考えるようにしてから――


「えーっと、見てません……ね」


 ――と不安げに言った。


「え?」

 ――ということは、遥香はまだこのお化け屋敷内の何処かにいるということ。



「中にいるスタッフに連絡しますのでここでお待ちくださ――」



 想定していた最悪の出来事が起きた。

 あんな怯えよう、お化け屋敷を出ていないのだとしたら、絶対にどこかでうずくまって震えているに違いない。


 ビビりなのにどうしてお化け屋敷なんか自分から来たがったんだよ、あいつは。



「――ちょ、ちょっとお客様! 戻られるのは困ります! 私たちでお探ししますので!」


 ――その時。


 俺は視界の端から駿足で人影が消えた。無意識に俺の目はその人影を追う。 


 俺は『首切り女の血だらけの家』のスタッフの人に遥香を探してもらうのを任せるつもりだった。それが一番の解決策だと思ったからだ。


 ――けど、横を向いたとき、隣にいたはずの美月は既にその場にいなかった。


 目にしたのは美月がお化け屋敷の中に駆け戻っていくところだった。


 ――遥香を探すために。


 そう、幼馴染の俺ではなくて、昨日出会っただけの美月が遥香の行方不明を聞いて、一瞬にして考えるよりも早く体を動かしていたのだ。


「師匠! 何突っ立ってんの! 早く!」


「――え?」


「輝彦師匠が探しに行かなきゃ! 大切な人なんでしょ! その大切な人が今泣いてるかもしれないんだよ!」


 大切な人が泣いている。

 大切な人が怯えている。


 たった一日前に転校してきた美月が、


 たった一日前に出会った遥香を、


 自分だって怖いはずのお化け屋敷に探しに行くというのに、 


 俺が行かなくてどうする?


 そうだ。


 ここでじっとしているわけにはいかないじゃないか。

 遥香の幼馴染は誰だ……? 



 夏目輝彦――俺だろーが!あほ!



「――今行くっ!」



 ふと俺の頭の中に昔の出来事がよぎった。思い出というよりはトラウマ。


 美月が行きの電車で幼い頃のことを聞いてきたから、こんなことを思い出すのだろう。


 俺は出口の扉を開け、美月に続き、お化け屋敷内を逆走した。

 こういった出来事が昔にもあったのだ。

 

 その時は俺が探してもらう側だったけれど。

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