第六話 い、い、い、嫌ぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああ!

 

やはり遥香一人では怖いということで、俺、遥香、美月は三人で『首切り女の血だらけの家』に挑むことになったのだが……。



「無理無理無理無理無理無理怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………」

「いや~案外いけるもんだね~」



 俺の予想に反して、美月はお化け屋敷が得意らしかった。


 遥香に関しては、ホラー映画は大好きなのだが、お化け屋敷など実際に自分の肌で体験するのは苦手らしい。


 俺からしたらどっちも一緒だけどな。


 遥香はお化け屋敷に足を踏み入れて以降、ずっと身を震わせてまたも呪文を唱えている。転生したらきっと可愛い魔法使いに……って何考えてんだ俺!


「遥香、怖かったら俺のシャツでも腕でも掴んでいいからな?」


「そうしたいけど……恥ずかしいから」


「大丈夫だろ。人見てないし」 


「でも……美月ちゃんが……いるし」


 そうだ、遥香が初対面の人の前で俺と密着はおろか、触れるようなことが出来るはずがない。二人の時でも、手が触れあっただけで、頭から煙がでるんだから。


「じゃ、美月がもらう!」


「んがっ! おい! 何してんだ!」


 突然背後に回った美月が飛び乗ってきた。


「え、ちょ、美月ちゃん降りなさい!」 


「えーだって遥香は乗らないんでしょ?」


「そ、それはっ」 


「降りろ美月!」


「やーだーねー! このお化け屋敷の半分まで行ったら降りてあげる」


 俺と遥香が無理やり下ろそうとして密着して離れる気がしない。

 重くはないから背負っておくのは無理ではないが、背中越しに伝わる柔らかい感触が……くそ……理性が……。


「しょうがない……急ごう輝彦。それで早く下ろそう!」

「お、おう」

 遥香の恐怖に怯え切った目が、一瞬にして燃え滾るように変わった。

 よし、このままいけば何事もなく無事にお化け屋敷から出られるぞ。





 ――と思ったが、それも束の間の話だった。 


 勢いのあった遥香だったが、足を止めてうずくまってしまったのは距離にして十メートルほどの直線の廊下。


「やっぱり無理! ここだけは通れない!」

「まぁ、ここは流石に……俺でも怖いな」 


 廊下の天井はお札で埋め尽くされており、両サイドの障子は所々穴が開いており、青暗い光が障子の奥から薄く照らすだけで非常に視界が悪く、本物のお化けでも出てきそうな雰囲気がある。


 民家をモチーフにしたお化け屋敷内はひょろろろろ~と独特な効果音が響き、室内は若干肌寒いような温度に設定してあるため、一層怖さが引き立っているようだ。


 恐らくまだ半分にも来ていない。

『首切り女の血だらけの家』に遥香一人で入っていたらどうなっていたことか。


 俺の気苦労は他所に、美月はといえば相変わらず俺の背中でウキウキ気分だ。


「遥香立てるか? 目をつぶればきっと大丈夫だから」

「ほんと……? 絶対……? 嘘じゃない……?」


 なんだそのメンヘラ彼女みたいな反応は。普段とキャラが変わりすぎている。


「保証はできないけど……多分大丈夫だ」


「師匠~、早く行きましょうよ~。絶対ここで障子からバーン! だよ!」


「おい美月! 遥香を脅かすようなこと言うなよ」


 遥香は涙を拭きながら立ち上がり、両手で目を覆いかぶせた。



「よし……行くぞ」

 


 右足から――三人同じタイミングで、長い廊下に足を一歩踏み入れる。

 聞こえるのは自分の足音と徐々に早まる心拍音。


 と、遥香の唸り声にも似たすすり泣く声。


 ――二歩目。三歩目。

 いつの間にか流れる音楽は聞こえなくなって、

 無音の中で緊張感だけが増していく。


「もしかしたらここはダミーでお化けは出てこないかもね」


「余裕だからって確証もないこと言うな美月! 俺も怖いんだから!」



 とんだフラグだったらどうしてくれ―― 



 

 バタンッッ!




 あの『開かずの扉』が床に倒れるのと同じくらいの音で障子が開き、


『ぐぉぁぁぁ! く、首がぁぁっぁ!』


 首を切られた男の幽霊が叫び声を上げて障子から飛び出してきた。


「い、い、い、嫌ぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああ!」


 ――男の幽霊にも負けない奇声を上げたのは遥香だった。

 ……忘れていた。

 遥香は勉強が出来ても、天然でドジ気質があるんだった……。


 要するに、目をつぶって耳を手で塞げばいいものの、遥香は両手でさらに目を覆っていたのだ。

 そう、ということは耳は無防備だ。


「遥香そっちは――!」


 俺の声は届くはずもなく、発狂した遥香は俺たちから離れてゆき、障子が開く音と、男の幽霊の声に飛び退いて、反対側の障子に背中からぶつかった。


『お前の首もちょん切るぞぉぉぉぉ』


 今度は計算しつくされたように遥香の後ろの障子が開いて、首切り女が飛び出してきた。


「嫌ぁぁぁぁぁ! ゆるじてぇぇぇぇぇぇ!」


 まんまと罠にはまっちまった。こんなに声が出ている遥香は初めて見た。

 この声量ならスーザンボイルにも劣らないだろう。と一周回って冷静にその場を俯瞰して見ていると、遥香が突然走り出した。 


「あ、おい、遥香! どこ行くんだよ!」


 手が硬直しているのか、遥香は両手で視界を塞いだ状態のまま突き進んでいく。


「その手を耳に回せ! めっちゃ四方八方にぶつかってるぞ!」


 お化け屋敷内は暗く、道も狭いので遥香は上手く走れていない。


 ――そして曲がり角であっという間に姿が見えなくなった。


「おい、美月! 遥香が走って行っちまった! 追い駆けないと!」


 ん? 

 なんかさっきより背中が重いような……。


「美月?」


 顔だけ振り返ると、美月はどさくさに紛れて俺の背中で気絶していた。




 ……いや、怖かったんかいぃぃぃ!!


          


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