第四話 初デートか……?
外は暑いので、美月様には家の中で待って頂くことにした。
宣言通り五分以内で支度を終わらせたのだが――
「えっと、デートの支度に五分しか掛けないって、美月が五分でいいやレベルの女だって意味かな……?」
――と、怒られるよりも数倍恐怖を感じるお言葉を笑顔で頂戴したので、すぐさまもう一度支度に戻った。
まずデートではないという点から見直して頂きたいのだが、怖かったから指摘するのはやめておいた。
やっぱり女の子ってわかんない。
服装には悩んだが、黒スキニーパンツと、涼太から貰った普段着ないブランド物の白Tにしておいた。普段はほとんど外に出ないから、服も自分で買わない。
こういう時に、涼太がいてくれて助かる。涼太に貰ったもの(涼太がサイズ的に着れなくなった服を頂いた)を着ておけば、なんとなくオシャレになる(と思う)。
あと、誰もが心配しているであろう俺の頭蓋骨は今の所は割れていないみたいだ。とまぁ、言われた通り自室でわざと多めに時間をかけて用意を済ませ、もう一度リビングへ向かった。
「輝彦師匠~わざわざお揃いにするなんて~ちゃっかりしてるんだから~」
「ああ、確かに白で揃ってるな」
リビングのソファーに座って、俺が出したオレンジジュースを飲む美月の言葉を、聞こえないくらいの小声で軽くあしらい、二人で外へ出る。
「どうして休日にまでこんな灼熱の太陽に俺は照らされなければならんのだ」
遥香の次に家に入れる女の子は彼女だと思っていたのだが……。
やっぱり俺に彼女ができるのはまだ先なのかもしれない。
「ほんじゃまず駅までレッツゴー!」
「なに? 電車に乗るのか?」
「当たり前じゃん。ほら、輝彦師匠も!」
「まじか。れっつご~」
無気力な掛け声を出発の合図に玄関を出ると、五分ほどで最寄りの駅まで到着。美月の指示のもと、言われるがまま切符を買って電車に乗り込んだ。
体は火照ったままだが、電車内は冷房が効いていて気持ち良く、家から駅が近くて助かった。
「なぁ美月。電車に乗り込んでからする質問じゃないけどさ、こんな朝からどこ行くんだ?」
そういえば目的地すら聞かされていない。
と言っても、十時を過ぎているが休日の俺にとってはまだまだ朝だ。
「え、輝彦師匠もしかしてそれも知らずにずっとついてきたの?」
「なんだそのストーカーみたいな言い草は」
「輝彦師匠クマすごいし、挙動不審だし、ストーカーっぽいけどね」
「俺は他人からそんな風に見られてるのか? つーか、目的地くらい普通は教えてくれるもんだろ?」
「え~察してよ」
「なんだそれ、お前は髪を切った次の日の彼女か。そういう『言わなくても気づいて』みたいなのは苦手だ。あーでも、俺は空気を読むのは上手い方だぞ。だからクラスでは静かにしてるんだ。そう、俺は空気を読むのは得意だけど、察するのは苦手なんだ」
うんうん……って自分で言っておいて、なんだか虚しくなってきた。
「何の話してるの? 日本語? てか輝彦師匠彼女いたことないでしょ?」
頭の上にはてなマークが浮かんでいるが、日本語かどうかは分かってるだろこいつ。
あと俺に彼女がいたことあるかどうかは、美月が知るはずがないだろ。
……いたことないけどさ。
「それで……結局どこに行くんだ?」
自業自得で若干気分を落とした俺がもう一度目的地を聞く。だが、美月は困った様子であたふたしながら周りを見渡し始めた。
「うん? どうした?」
「えーっとね~」
そして突然キラッと目の色を輝かせ、俺の頭の右上を指す。
「あ! あれだよあれ! あのお化け屋敷! 首切り女の血だらけの家!」
振り返ってみると、そこには車内広告がいくつか並んで吊るされており、偶々なのか『首切り女の血だらけの家』と血文字で書かれた広告が本当にあった。
場所は名古屋の矢場町か……。
「……って今、目的地きめただろ⁉」
「ふゅぅ~ふゅ~」
「下手くそな口笛で誤魔化すな! 手法が古いぞ!」
しかし『首切り女の血だらけの家』の広告は見れば見るほどインパクトが凄い。
「これって電車に飾っていいやつなのか? この広告子どもが見たら泣いちまうぞ」
「いいんだよ輝彦師匠だって泣いても。まだまだ子どもなんだからね」
「……俺より小さい美月に言われるとイラっとするな」
ただ、こうやって美月をじっくり見てみると、本当にただの超絶可愛い女の子なんだよなぁと、ひたすらに思ってしまう。
正直なところ闇路美月は存在が未知すぎて怖かった部分もあった。しかし、今隣にいるのはただただ超絶可愛い女の子だ。
大事なことは二回言う。
今のところ美月において確かなことは、悪い奴ではないということ、そして並外れた力を持っているということ、それだけだ。
あ、そういえば、俺の家のドアノブは無事だろうか。
そうこうしているうちに、乗り換えの金山駅までものの数分で到着した。
不足分の切符代を駅員さん払うと、俺らは名城線へと乗り換えて、さらに矢場町駅へと向かう。
やっぱり目的地、決まってなかったんだな。
「美月、一応聞いとくけど、お化け屋敷に行くってことはお化け自体平気なんだよな?」
「あったり前じゃん。余裕よ余裕」
ハーフアップが崩れないよう、慎重に髪をかき上げる仕草をして美月が答えた。
「お化け屋敷入ったことはあるのか……?」
「入ったことないけど……うん、でも大丈夫、だよ?」
おっと。なんか言葉の歯切れが悪くなってぞ。
「ふ~ん。涼太から聞いたんだけど、あの『首切り女の血だらけの家』ってちょー怖いらしいぜ。そこら辺のお化け屋敷とは比べもんにならないってさ。そういうお化け屋敷とかってさ本物の霊が集まるって言うしな」
俺は初めて見た反応に楽しくなって、過剰に美月を追い詰めてみることにした。
「へ、へぇ。そうなんだ~そんなに怖いんだぁ。
ま、まぁ別に私は余裕だけどね? 全然怖くないしっ」
揺れる電車内。動揺が隠せず目が泳ぎっぱなしの美月。
どんどん表情が崩れていってますけど美月さん大丈夫ですか。
「そ、そういう輝彦師匠はどうなの? お化け屋敷とか行ったこと無いんじゃない? 怖いの苦手そうだし、見た目気弱そうだし!」
「誰が気弱そうだ失礼だぞ」
美月は反撃のチャンスを逃すまいと、話題の方向を自分から俺へと変えた。ここまで動揺するとは思ってなかったし、俺も攻撃の手を緩める。
「まぁ……お化け屋敷はどっかで一回入ったことあるけど、俺はあんまり怖くなかったな」
「え、じゃあ、怖いの平気になった
の……?」
「なったの?ってなんだ? お化け屋敷が苦手じゃないことでそんなに驚くか?」
「え、あ、いや、昔は苦手だったのかなーって」
美月の反応がやけによそよそしくて変だ。
「どんだけ俺は気弱そうに見られてるんだよ。確かに保育園児とか小学生のときはすげー苦手だったけどさ……」
思い返すと、テレビでやってた怖い話とか見たら一人でトイレいけなかった。
美月はそんなに面白かったのか、ぷぷっと吹き出すように笑う。
「何笑ってんだよ」
「ううん、美月も昔のこと思い出しちゃってね。奏に聞いたんだけど、輝彦師匠って小さい頃はもっと弱々しかったんだってね?」
「おい、なんだその情報は。転校して間もないのにそんな話したのか?」
「うん。昨日連絡先交換してさ、早速電話して輝彦師匠の好き嫌いとか、昔の話とか色々聞いたんだよね~」
菫乃の野郎。よくもまぁペラペラと喋りやがって。
なんで俺の個人情報だけ勝手に漏洩してもオッケーみたいになってるんだよ。
「確かに、五歳くらいの頃に、神社で一回迷子になった時は本当に泣いた記憶がある」
「へぇ、じゃあその後はどうしたの? 助けてもらったの?」
興味津々というか、真剣すぎる眼差しを美月は俺に向けて、前傾姿勢で話を聞いてくる。
「うん。女の子に助けてもらったよ、恥ずかしいことに」
「へぇ、それはどんな女の子に?」
美月は話に夢中でどんどん顔が近づいているのに気づいてない。
「え、えと、ショートカットで元気な女の子だったよ。その子には沢山助けてもらったな」
「名前は……覚えてない、よね?」
美月はどういうわけか顔を赤らめてそんな昔の事を、詳しく聞きたがる。
ただ、これ以上話すのは俺の黒歴史を詳細に暴露しているようなもので、幼なじみの菫乃はこの話を知っているが、知られているというだけで赤面しそうなのだから、美月に話せるわけがない。
恥ずかしすぎる。
「そんな話は置いといてさ、菫乃とは昨日会ったばかりなのに、下の名前で呼ぶほど親しくなったのか?」
「何言ってんの師匠、女の子の間でそんなの当たり前だよ。当たり前だのクラッカーだよ」
顔をほんのり赤くした美月は俺の黒歴史を聞けずがっかりしたようで、残念そうな顔をしてかかとをすとんと床に落とした。
菫乃は不思議な奴で友達がいないわけでは無いが、よく話すのは俺と遥香くらいだから驚いた。俺なんか、男子でさえ下の名前で呼ぶのに抵抗があるというのに。
最後のクラッカーがどうとかは聞かなかったことにしよう。
話が一旦終わると、美月は暑くなったようで後ろ髪を上げて、首元に風を送り込んでいる。綺麗なうなじが視界に入ると、不意にもドキリとする。
「いやぁ、お化け屋敷楽しみだな。な? 美月」
「た、楽しみだねぇ?」
「本当は苦手なのにお化け屋敷行こうとしてたりするわけないよな?」
「馬鹿言わないでよ師匠。私怖いものとかないもん」
「……ふうん。それは頼りにしてる」
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