終章
第10話 罪滅ぼしと未来
お嬢さん、さっきわたしと君は同じだといった。こういうことがあって、自分を責めているから同じだという意味だ。実際私はそうだ。ここにきているのは、唯一といってもいい趣味の鳥の観察のためでもあるが、一番よくライン川を眺められる場所だからだ。自分の不始末を嘆き、一生忘れないためにここにきている。あんたと同じ、罪滅ぼしのようなものだ。
なあ、少ししんみりしてしまったね。わたしの暗い身の上話を聞いてくれてありがとう。ついでにもう一つ、迷惑をきいてくれないか。
あんたに歌を歌ってほしいんだ。心配しなくても大丈夫だ。ここらへんは人が通らないからお嬢さんとわたししか聴く人はいないよ。亡霊は聞いているかもしれないがね。
ほら、日が暮れてしまうとおじいさんは言って、車の中に入っていった。歌うと言っても何を歌えばいいのかわからない。日独共通で知れ渡っている曲などあるのだろうか。クラッシックはわからないし、などと悩んでいると、あの大きなスピーカーから聞きなれたイントロが流れてきた。ゆったりとしたアコギのメロディーなのに、ローテンポを感じさせない不思議な感覚、優しいコード進行。
これはあの人の曲だ。
なんでおじいさんがあの人の曲を知っているのかはわからない。あの人は、その名前がドイツにまで、世界にまで届くほど有名になれなかったはずなのに。おじいさんに何でって聞く前にAメロが始まった。とりあえず質問は後だ。今はこの大河と茜空に彼の詩を届けよう。
空は一層暗さを増していた。おじいさんはベンチに腰掛けて目を瞑っていた。何故彼の音楽を知っているのか尋ねようとしたとき、肘掛けに掛けていたおじいさんの腕に花緑青の小鳥がとまった。
刹那、おじいさんは目を見開いて、少し間をおいて涙を流し始めた。
妻が許してくれたんだろうか
ここに通い始めて数十年、一度たりとも鳥が寄ってきたことはなかった。お嬢さん、あんたの歌と彼のギターがこの小さな鳥を連れてきたんだ。ありがとう、そしてやっぱり、君はわたしと同じではない。わたしとは違う。
いや、わたしと会うまではわたしと同じ、亡霊に取り憑かれた者同士だったが、これからのあんたの未来は違う。そう言い切れる。さっきのお嬢さんの話を聴いて確信したんだ。万が一、本当に万が一間違っていたら申し訳ないが、あんたの思い人の名前は、サクヤだろう?
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