第6話 死の聖夜

 一年くらいそんな生活が続きました。クリスマスイブの日です。その日もいつもと同じように、ライブをやるので来てほしいとメッセージが来ました。かなり雪が降っていましたが、イブだからそれでも人通りは多いはずだし、もしかしたら音楽に感動してくれる人がいるかもしれない、と期待に胸を膨らませて家を出ました。でも、いざついてみると彼はギターを持ってきていませんでした。どうするのかと聞いたら、ギターはもういらないと言います。そのかわり、新しい詩を書いたので、これを歌ってほしいと。


 「これが僕の最後の詩」



 手拍子も何もなく、即興で自分が思うように歌いました。沼にはまったような、深海の中でもがくような、この世のすべての人から嫌われたかのような。うまく言い表せませんが、そんな歌でした。これは彼の集大成、最高傑作だと思いました。



最後の詩って、どういうこと。


 そのままの意味だよ。僕はもう、ここで音楽をしない。ここじゃあ、もう、何も書けなくなったんだ



 そりゃあもう、私の悲しみといったら半端なものではありませんでした。わかりやすく例えるなら、一番好きな歌手が音楽活動をやめると宣言したようなものです。ニュースなどで大物の歌手が引退すると宣言したら、そのファンが泣き崩れている様子がよくあるでしょう。それと同じです。私もご多分に漏れず、人目を気にせずに泣きました。



 そんなに泣かないで。


 無理です。我慢できるわけありません。



 僕はもう、ずっと行きたかったところに行くから、会えない



 彼は死ぬんだと思いました。自殺、たしかにそれこそが彼が一番欲しているものだと、今までの歌詞を思い出せばわかりました。私は何も言えませんでした。もちろん死んでほしくなんてありませんが、それを口にするのは何か違う気がしたからです。たぶん、彼は考えに考えて、この結果にたどり着いたのですから。今更私ごときが止められるはずもありません。

 なかなか泣き止まない私を置いて、ごめん、と短い一言だけ残して去っていきました。それが私の、真に人生を謳歌した、人生に意味を見出した一年の終わりでした。


 数日後、大阪のほうの川辺で男性の遺体が見つかったとの報道がありました。彼だと思いました。おそらく、鴨川かどこかで入水して、下流に流れ着いたのでしょう。携帯でメッセージを送って確認しょうかと何度も考えましたが、できるわけありませんでした。

 私は、自分のせいで彼が死んだんだと思います。一向に上達しない癖にしつこく歌を歌いに来る厄介な奴だと思われていたに違いありません。そんな変な女のせいで観客はつかないし、投げ銭ももらえない。これが一年間も続くと、次第に彼は自分のほうを疑い始めたのでしょう。ひょっとしたらこの忌まわしい女じゃなくて俺が悪いんじゃないか、って。だから本当は才能の塊のような人なのに、私のせいで勘違いして自死を選んだんじゃないか。そう思えてならないのです。

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