第3話 聴く
私は逡巡した。できればあまり、触れたくない。でも、話したい、誰かに聞いてほしいとも思う。
しかし実際のところ、私の話をバイアスなしに聞いてくれる人はいない。親も兄妹も友達も、ぜんぶ私を擁護してくれる。仕方ないのだとわかっていても、それでも私が欲しいのはそんな安い慰み者扱いじゃない。
それなら第三者、例えば、なんたらカウンセラーとか、そういう人に話せばよいと思うかもしれないが、それほど単純なものではない。そんな人にぺらぺら話せる内容ではないし、多分理解してくれないだろうし、結局そういう人は話を聴くふりをしながら、どういう言葉で相手を元気づけるかということばかり考えているのだ。
そもそも、人間は面と向かってひとのことを非難できないのだと思う。その人の表情がその場で直に崩れていくのが分かるから。それに責任を感じてしまうから。テレビによく出てくる辛口コメンテーターと呼ばれる人々でも、口撃した本人の前でその辛口っぷりを披露しているところは一度も見たことが無い。
でもこのおじいさんはそういう人たちとは違う気がした。それはもしかしたら、おじいさんが外国人だから、かけ離れた存在に感じているから、という理由だけかもしれない。いや、ここはドイツだ。この場合は私が外国人か。まあそんなことはよくて、なんというか直感的に、外国人という理由だけじゃなくて、言うならばこの人はまるで私のようにみえた。
私に対して浮かない顔をしていると言っていたが、それはこの人も同じだ。語気こそ陽気そのものだが、それは内面を隠しているからなのだと思った。少なくとも、その陽気に違和感は感じる。
実はこの人も心の内側で、何かひどく苦しんでいることがあるのではないか。そしてそれを、誰かに救ってほしいんじゃないだろうか。偉そうな考察を勝手にしたが、それは私も同じだ。
この人には話せる。
そうして私は、ここ数年のことを頭の中で整理した。そして、はたしてどこから話し始めるのがよいか迷った。迷いはしたが、選択肢は一つしかないようにも思えた。そして決めた。
話の始まりは、二年前の京都駅だ。
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