第一章 告白
第2話 白髪の老人
Guten tag!
おじいさんのほうからあいさつしてくれた。ちょっとびっくりした。こういうときはこちらもドイツ語で「グーテンターク」というのが望ましい、というか粋なのだろうが、とっさに出てくるのは言い慣れたHalloのほうだった。発音は少々異なるものの、Halloという単語はドイツ語にも全く同じ綴りで存在するので問題なく通じる。
おじいさんの車には、見慣れない黒く大きなスピーカーがついていた。車内からコードを伸ばして、窓を開けてそこから外に向けて出している。気になったので、これで何をするのか聞いてみた。幸い、英語は得意なほうだ。
Vogel.
まずそう短く答えて、そこから詳しく教えてくれた。
おじいさんはこの道をもう少し先に行ったアスマンスハウゼンという町に今は住んでいる。この場所からの距離は、リューデスハイムまで行くのと同じくらいか、もしかしたら少し短いくらいだ。そこからほとんど毎日、ここにきているそうだ。鳥を呼ぶために。この大きいスピーカーから鳥の鳴き声を流して、鳥を誘うらしい。
正直言ってこんなスピーカーから出る音は、詳しくないが鳥が出す自然の音とは波長とか、そういったものが違うだろうから寄ってこないのではないかと思った。物理を本格的にやったことがないから確信はないが、機械音と自然の音は違うだろうということは素人の私でも何となくわかる。これも勇気を出して聞いてみた。もちろん、波長がどうとかの話は省いて、「失礼ながら、鳥は来たことがあるのか」とだけ。
Nein.
まず短い単語で返事をするのは、このおじいさんの癖なのかもしれない。こちらとしては分かりやすくて有り難いが。これは和訳すると「いいえ」という意味だ。鳥はおじいさんのもとに寄ってきたことはないらしい。そりゃそうだと、いっては悪いが思った。スピーカーから出す電子的な音よりも、むしろおじいさんが口笛でも吹いたほうがまだ寄ってくるのではないかと思う。
こんなたいそうなものを装備しているのに、一度も鳥に会えていないとカミングアウトしたことで少し恥ずかしくなったのだと思う。その感情を隠すためか、おじいさんはいろいろ話しはじめた。大変流暢な英語だ。
__________
君がどこから来たのか当てて見せよう。ジャパンだろう。君を見ればわかる。ここらは観光客が多いから、例えば中国人も、日本人も、そうだな、君と同じアジア人だったらベトナム人でさえ見分けられる。何か特徴があるというわけでもない。雰囲気さ。その人の纏う雰囲気だけは国によって大きく異なるんだよ。
日本の人はよくここらに来るよ。日本人がやってるワインハウスがあるからなのかね。それとも日本の人もここのワインを愛してくれてるんだろうか。でもね、この城まで歩いてくる人はそうそういない。そんなに有名なものじゃないからね。ドイツの城と言えば、みんなノイシュバンシュタイン城を想像するんじゃないかな。そうそう、シンデレラ城のモデルと言われている城だよ。
この城の名前はエーレンフェルス城っていうんだ。なんだ、知ってるのか。なるほど、さっき地図で見たからか。じゃあ、この城の歴史までは知らないんだね。
これは十三世紀に築かれて、ここらへんで徴税するために使われていた城なんだ。あそこの河の真ん中に、小さな塔がたっているだろう。あれは「ねずみ塔」というんだ。あれとセットで、二つで一つで徴税を行っていたらしい。そして時代が下って、三十年戦争というものがあった。この城もほかの無数の城と同じように戦争で破壊しつくされた。もちろん死者も多く出た。その死者の亡霊が今もなお出るらしい。もう何百年も前のことなのになぁ。わたしが見たことあるのかって?ないさ。あったら怖くてもうここには来てないだろうからね。見えなければセーフだよ。
とはいっても、きっとこれからもずっと、この城が存在し続ける限り、人々の間から亡霊の噂が消えることはないんだろうよ。ということはつまり、人間がいなくなるまで亡霊もいなくならないということだ。
ちょっとよくわからなくなってきたな。わたしも自分で何を言っているのかわからん。これはもしかしたら亡霊のせいなのかもしれないね。まあ、何が言いたいかっていうと、それだけ重い歴史がある場所なんだ。こんな田舎だけど。
これから君がどんな予定を立てているのか知らないけど、ドイツにはこんなところがたくさんあるから、色々見に行ってみるといい。一つアドバイスだ。この国は小さな街とか村に行ったほうが面白いものがいっぱいある。日本とは逆かもしれないね。
だけど、今の君を見るに、ここに観光しに来たわけじゃなさそうだ。さっきからずっと浮かない顔をしている。それはわたしの話が長いからってわけじゃなさそうだけど、そうは言ってもわたしばっかり話しすぎちゃったね。交代だ。今度は君が話す番だ。
「君のほうは、ここに何をしに来たんだい」
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