第5話 ひめごと 5


「実は僕には、偏った趣味……人に話すのをためらうような性癖があるんです」


 突然の告白にわたしは一瞬、我が耳を疑った。趣味?性癖?


「あの……性癖っていうと、その、SM趣味とか?」


 わたしはおそるおそる、探りを入れた。バーに来る酔客の中にはそうした性癖を酔いに任せて打ち明ける者も少なくない。


「そうじゃなくて、あの……僕、昔から女性の足に……特ににつま先の美しさにどうしようもなく惹かれるんです」


「つま先に……」


 わたしは唖然とした。女性のパーツに執着する男性、つまりフェチに対する偏見はわたしにはない。ただ涼太の告白は、イメージとはかけ離れた意表をつくものだっただけに、わたしは少なからず戸惑っていた。


「やっぱり軽蔑しますか?でも、変態と決めつける前に、これを見て下さい」


 涼太は思いのほか強い口調で言うと、バッグからスケッチブックを取りだした。言われるまま中をあらためたわたしは、鉛筆で描かれた大量のデッサン画に目を奪われた。


「――綺麗だわ」


 スケッチブックに描かれていたのは女性の足、それもくるぶしから先の絵ばかりだった。


「本当ですか。……よかった。あなたならわかってくれるんじゃないかと思っていました」


「ええ、本当よ」


 わたしは動揺を悟られぬよう、つとめて普通の口調で言った。実際、彼のデッサンはどれも美しく、おかしな言い方だがうっとりするような魅力があった。


「僕はあの事故の時、河原に降り立ったあなたの足音を聞いて思わず顔を上げました。そしたらあなたの『魔法の靴』が見えたんです。その時僕は直感的に思いました。なんて魅力的なつま先だろう、きっと天使が僕を救うためにやって来たのに違いないって」


 涼太の言葉は褒め言葉でもあったが、同時にわたしを困惑させた。お願い、それ以上わたしの足のことは言わないで。


「実はあの時から、ずっと思っていたことがあるんです。ほんの一瞬でいいから『魔法の靴』を脱いで僕に天使のつま先を見せてはくれないだろうかって」


 わたしは彼の言葉に、めまいがしそうになった。だめ、それだけはできない。


「……ごめんなさい、気持ちはわかるけどそれはできないわ」


 わたしはあからさまな拒絶ととられぬよう、やんわりと断りの言葉を口にした。


「そうでしょうね、それが当たり前です。……気持ちの悪いわがままを言ってすみません」


 うち萎れた様子で詫びる涼太に、わたしは「ううん、決してあなたの趣味が受け入れられないってわけじゃないの。気分を害したのなら謝るわ」と言い繕った。


「いいんです、どうか気を遣わないでください。ちょっと親しくなれたと思って非常識なお願いを口にした僕が浅はかだったんです」


 がっくりと項垂れた涼太に、わたしは「そうじゃないの、わたしは人前でつま先を出すことを靴に禁じられているの。おかしいでしょう?」と返した。


「靴に……どういうことです?」


 涼太はわたしの発した言葉の意味が呑みこめず、目を大きく見開いたままそう尋ねた。


「それは言えないわ、でもわかって。あなたがわたしに秘密を打ち明けてくれたように、わたしにもみだりに言うことができない秘密があるって」


「……わかりました。そういう事情でしたら、僕もすっぱりと諦めます」


 わたしは寂しそうに微笑む涼太から目を逸らすと「本当にごめんなさい。……でも、あなたのことは決して嫌いじゃない。今日は誘ってくれて、本当に嬉しかったわ」と言った。

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