第4話 ひめごと 4
「ところで櫻井さん」
手渡された芸術品を頬を緩めながらうっとりと眺めていたわたしに、涼太が切りだした。
「もしよければ今度、飲みにでも行きませんか。いいお店を何軒か知ってるんです」
涼太はそう前置くと、何軒かの店の名を上げた。そのうちの一軒はわたしも昔、訪れたことがある店だった。
「あの、ごめんなさい。小上がりのあるお店はちょっと外していただけますか」
わたしがおずおすと切りだすと、涼太は「苦手なんですね。わかりました」と気分を害する風もなくにこやかに応じた。変な注文をつけてしまったことに気恥ずかしさを覚えつつ、わたしは「助かります」と頭を下げた。
「お酒は飲めるんですよね?」
「ええ、少しは……今、働いているバーでも仕事の流れで飲むことがありますし」
わたしは遠慮がちに答えた。ある程度の量も飲めなくはないが、彼とグラスを重ねると警戒心が消えてしまいそうで怖かったのだ。
「よかった、じゃあ楽しみにしてますね」
涼太はそう言うと、無邪気な笑みを見せた。わたしは急に、胸がきゅっと締め付けられるのを覚えた。こんな風に親しくなっていくことが、なにかが崩れる始まりのように思えて仕方がなかったのだ。
※
「驚きました。最初に見た時から素敵な女性だと思っていましたが、こんな風にドレスアップされるとぐっと大人っぽく見えます」
ラウンジのようなバーでわたしを待っていた涼太は、口を開くなりそう言った。他の男性だったら安っぽい口説き文句と感じるところだが、わたしは素直に「ありがとう。嬉しいわ」と返した。
わたしは薦められるままグラスを重ね、彼の語るデザインや芸術の話に耳を傾けた。
「すみません、自分の話ばかりしちゃって。……退屈じゃないですか?」
「いいえ、全然。朝倉さんのお話を聞いてると、すごくわくわくするわ」
わたしはちょっぴり秘密の混じった本音を答えた。彼の話に耳を傾けながら、わたしはグラスを持つ彼の手や何かを説明する時の指の動きに目を奪われていたのだった。
「そうですか、お世辞でもうれしいです。……実は今日、あなたをお誘いしたのには理由があるんです」
涼太はふいに真剣な口調になると、澄んだ瞳でわたしの方を見た。わたしは思わず背筋を伸ばすと「なにかしら」と波立つ気持ちを隠しながら尋ねた。
「僕、本当は今日、あなたに交際を申し込もうと思っていたんです。……でも、その前にどうしても打ち明けておかなければならない秘密があるんです」
「秘密……?」
わたしは動揺し、速まりかけた鼓動を宥めながら次の言葉を待った。いきなり交際の話を出された上に、秘密があると言われたらさすがに心穏やかではいられない。
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