獣人

夕方、リラ村。

診療所の扉が勢いよく開かれ、鐘が激しく鳴り響く。


「イグナーツ先生!先生いるか!」


廊下の奥、右側の扉が開くと、メアリと袖を捲くった白衣を着た白髪の老人が飛び出してきた。


「どうしたんです!」

「怪我人だ!早く診てくれ!」

「こっちに連れて来い!」


老人が声を張り上げ、廊下の一番奥の扉に駆け出す。

メアリもその後に続く。

二人の後を追い、部屋に入る。

部屋の真ん中にベッドが一つ置かれていて、壁には手術に使う道具が並べられた棚がある。


「大人はこっちのベッドに!子供はメアリの方だ!」


老人は部屋の真ん中のベッドの横に立ち、指示を出す。

メアリを見ると、予備のベッドを準備している。

肩に担いだ子供を、メアリが用意したベッドに寝かせる。


「サラか!?」


老人の驚いた声が背中越しに聞こえた。


「そうだ!俺は村長呼んでくる!」


狩人はそう言い、部屋を飛び出していった。


「メアリは子供を診てくれ」

「はい!」


老人とメアリは慣れた様子で患者の容態を確認している。

部屋の隅で見ているだけというのもなんだか落ち着かない。


「何か手伝えることあるか?」


出来ることくらいはあるだろうと、クリスは老人に聞いてみる。


「ん?お前さんは…」

「イグナーツ先生!」


メアリの声で二人が振り向く。


「この子…」


動揺したメアリの視線の先。


「なっ…」


クリスも目を見開く。

ベッドで横になっている子供の頭部と手に、目が釘付けになる。

指先から肘までが人間ではなかった。

形は人間のそれだが、明らかに獣の要素が混じっている。

そして、頭部には犬や狼の様な耳がある。


「獣人…」


思わずクリスが口にしたのは、昔読んだ御伽噺に出てくる想像上の生き物だった。


「……容態は?」


イグナーツと呼ばれた老人は、冷静にメアリに問う。


「あっ……」


メアリは獣人の身体を確認する。


「怪我をしていますが、いずれも軽傷…疲労で気を失っているだけみたいです」

「そうか。お前さん、あの子を向こうの部屋のベッドに移して観ててくれんか。何かあれば教えてくれ」


イグナーツがクリスに指示を出す。


「あ、あぁ…」

「メアリ、こっちは急がんとまずい」

「はい!」


獣人を抱き上げ、部屋を移る。

イグナーツに言われた部屋に入るとリビングのようになっていた。

奥の部屋にベッドが二つある。

イグナーツとメアリが普段使っている部屋だろうか。

片方のベッドに獣人を寝かせ、リビングの椅子に腰掛ける。


「はぁ…」


思わず溜め息が出る。

椅子の背もたれに体重を掛け、頭を後ろに倒す。


「何がどうなってやがる…」




どれくらい時間が経っただろう。

何か考えるわけでもなく、ただぼーっと天井を眺める。

そうしていると、部屋の外が慌しくなる。


「サラ!」


廊下に出ると、村長のハイデがメアリと先程、手術室を飛び出して行った狩人に抑えられているところだった。


「駄目です!外に出てて!」

「村長!落ち着け!」

「サラは助かるのか!」


その場を落ち着かせようと、クリスが近づく。


「ハイデ」


静かな声が、手術室から聞こえた。

額に汗を滲ませたイグナーツがこちらを向く。


「最善を尽くす。待っていてくれ」


その言葉で落ち着きを取り戻したのか、ハイデはおとなしくなった。


「……頼む」


ハイデは震える声でそう言うと、狩人に連れられ待合室の椅子に座った。


「メアリ、縫合の用意」

「はい!」


メアリが手術室に戻り、棚に駆け寄る。


「お前さん、魔獣を何とかしてくれたっていう旅人さんだろ」

「え?あ、あぁ…」

「あの子の傍にいてやってくれ」

「……わかった」


リビングに戻り、椅子に座る。

ベッドで眠る獣人に目を向ける。


「……」


立ち上がり、椅子を獣人が眠っているベッドの横に持っていき、腰掛ける。

腕を組み、目を閉じた。

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