第二章 タビダチ

魔獣の父

目を開けると知らない場所にいた。

木で作られた家の中。

ここはどこだろう。

それにしても身体のあちこちが痛い。

顔を横に向けると、知らない人がいた。


「誰……?」


その人は少し驚いて、閉じていた目を開けるとこちらに振り向く。


「ん?目が覚めたか」


「ここは…」


そこまで言いかけて、一緒にいた人のことを思い出す。


「お母さん!」


横になっていた体を無理矢理起こし、飛び起きる。


「あっ……」


体の力が一気に抜ける。

今まで寝ていた台から落ちそうになる。

だが、隣にいた人に体を支えられた。


「落ち着け。一緒にいた人なら今、治療を受けてる。いいから寝てろ」


そう言われ、寝かされる。


「お母さん…お父さん…」


自分の意思に反して閉じていく瞼。

段々と、意識が遠くなっていった。




「お父さん?」


クリスは窓の外を見る。


「今からじゃ無理か…」


外は既に、暗くなっていた。

クリスは立ち上がり、リビングを出る。

手術室をノックすると、少し疲れた表情を浮かべたメアリが扉を開ける。


「どうしました?」

「子供が目を覚ました。すぐに気を失ったけど。一応、報告しとこうと思って」

「メアリ、こっちはいい。子供を診てきてくれ」

「はい」


メアリが手術室を出て、リビングへと向かった。


「あの子、何か言っとったか?」

「お母さんお父さんとだけ。二人を見つけた場所には他に人はいなかったと思うが…朝になったら捜索に行く」

「……その必要はないだろう」

「何?」


怪訝な顔でクリスはイグナーツを見る。

手術を終えた老人は、額の汗を拭う。


「ハイデを呼んでくるか」

「おい、必要ないって・・・」

「あの子の父親…サラの夫…といっていいのか…」



歯切れの悪い口振りに、少し苛立つ。


「なんだよ?何があったか知らないが、人命がかかって…」

「魔獣なんだよ」


イグナーツはクリスの目を見て、呟くように言うと、手術室を出て行った。

余りにも現実離れした一言に、クリスは思考が止まる。

だが、獣人という現実から掛け離れたものを見てしまったせいか、数秒後には自然とイグナーツの後をついて行く。

手術室を出ると、ハイデがイグナーツに必死な形相で迫っていた。


「サラは!サラは無事なのか!」

「傷は塞いだ。今は安静にしているしかない。傍にいてやれ」


ハイデはその言葉を聞くと手術室に駆け込む。

狩人もその後についていく。

イグナーツはリビングに入ると、本棚から数冊の分厚い本を取り出し、机に積み重ね、椅子に座るとそれを黙々と読み始めた。

ベッドの方に目をやると、メアリが獣人の怪我を処置している。


「サラの傷ははそこまで酷いものではなかった」


イグナーツが、後ろにいるクリスに話しかける。


「だが、衰弱が酷い。原因は恐らくコレだろうな」


イグナーツはテーブルの上に、シャフトが折れ、血が付着したままの矢を転がす。

鏃には溝が掘られている。

クリスは壁にもたれかかる。


「毒矢か」

「狩猟か、それともそれ以外の目的で使用したものなのか。どの種類の毒を使っているのか。それがわからん以上、症状から特定するしかない」


イグナーツは本を捲りながら、眉間に皺を寄せる。


「だが時間がかかる。それまでサラの体力が持つかどうか…仮に特定できたとしても解毒法の解明されていないものなら…どうにもならん…」

「そうか…」


イグナーツの言葉は、最悪の状況を物語る。


「イグナーツ先生、この子の怪我の処置、終わりました」


メアリがイグナーツにそう報告する。


「あぁ。では、サラを別のベッドに移して様子を見てくれ」

「わかりました」


メアリはリビングを出ていった。

獣人の方を見るクリス。


クリス「さっきの……なんで俺に話した?」

イグナーツ「あの子の父親の話か?」

クリス「あぁ」

イグナーツ「どこから話すか……」


イグナーツは本に目を向けたまま、数秒、黙り込む。


「……獣人の本を読んだことは?」

「あー…獣人が人間と仲良く暮らしましたみたいなのなら子供の頃に聞かされたことあるよ」

「大衆向けに改作された御伽話の方だな。原文は?」

「いや、知らない」

「世の末、獣蔓延り、人荒み、獣と獣争い合う、獣と人争い合う、人と人争い合う。獣を統べる主、獣を率いて争い合う。人と獣の心身持つ者、人を率いて争い合う」


物騒な話だ。

子供の頃に聞いた昔話とは全くの別作品じゃないか。


「なんだか争ってばかりだな」

「前に知り合った学者から聞いた話だ。遺跡に記されていたのを翻訳したものだそうだ」

「ふーん。それが父親の事を話したのとなにか関係が?」

「……サラの行方がわからなくなる前だ」


ふぅと息をつくと、イグナーツは話し始めた。


「ハイデが私の所に来てサラが夜な夜な家を抜け出していると相談しに来た。最初は夢遊病の類かと思ってな。その日の夜、ハイデと一緒に家を抜け出すサラの後をつけた」


イグナーツは思い出話をするようにに語り続ける。


「サラが山の前に立つと大きい魔獣が山から出てきた。私もハイデも驚いたよ。サラが魔獣の体に身を預け楽しそうに話をしているんだ。固まっていたらハイデが大声上げながらサラと魔獣の元に走った。魔獣は逃げるように山に戻って行った」


別の本を手に取り、イグナーツはページを捲る。


「サラを連れ戻した後、ハイデはサラが家から出ないようにした。その直ぐ後だ。サラがいなくなったのは」


イグナーツは少し疲れたのか、目を抑え、椅子の背もたれに体を預け、再び話し始める。


「それから一年位だったか・・・身篭った状態でサラがここに来た。子供が産まれるから取り上げてくれと頭を下げられた。ハイデに伝えようと思ったんだが秘密にしてくれと言われた。だからこれは私しか知らない」

「人間と魔獣との間に子供が出来るなんて話聞いたことないけど、そんな事ありえるのか?」

「見たことも聞いたこともないな。あの子をこの手で受けとめるまではな」

「つーかそんな話俺にするか普通」

「はは…それもそうだな。ただな、ふらっと村を訪れた旅人が村の窮地を救い、その上、行方不明になっていた娘とその子供を見つけ、更に子供は獣人だった。なんだか誂えた様じゃないか。お前さんは御伽噺に出てくる勇者ってところか。勇者様になら話しても問題なかろう」

「あほらし」

「普通喜びそうなもんだがな。まぁいい。それから数日後にあの子が産まれた。取り上げた時に直感したよ。あの夜見た魔獣との子供だなと。その時に、ふとさっきの原文を思い出してな。それで考えるようになった。獣人が人間と魔獣の間に生まれるのだとしたら、魔獣は何故、人間との間に子を生したのか。獣を率いる主は何故人と獣の心身を持つ者と争ったのか。あれから十数年……未だにわからん」

「原文に出てくる主ってのは魔獣のことか?」

「さてどうだろうな」


イグナーツは再び、本に向き直った。


「まぁ、お前さんはあの子の存在を知った。ここまで含めて話しておいた方がいいかと思った。そんなところだ」

「……あの子…村長には隠したままにするのか?」

「どうするのがいいかね…」

「俺に聞いてんのか?」

「質疑半分自問半分だな…」


そう言うとイグナーツは本を閉じ、立ち上がる。


「私はサラの様子を見てくる」

「じゃあ俺はそろそろ…」

「んっ…」


クリスが帰ろうとすると、獣人が目を覚まし、起き上がろうとする。

イグナーツが近寄る。


「まだ横になっていなさい。」

「お母さん…」


イグナーツは獣人の頭を撫でながら優しい口調で語り掛ける。


「お母さんは隣の部屋にいるよ。でも、疲れているようだからもう少し眠らせておいてあげようね。朝になったらお母さんのところに行こうか。それまではお前さんもゆっくり休むんだ」

「うん…」


イグナーツは獣人の体を支えながら横にしてあげる。


「私はイグナーツ。あそこにいるのが…そういえば、まだ名前聞いてなかったな」

「クリス」


今更か、と思いながら自分の名前を告げる。


「お前さんの名前はなんていうんだい?」

「カティア…」

「よし、カティア。起きたばかりですぐには眠れんだろう。クリスが話相手になってくれるそうだ」

「何勝手に決めてんだ爺さん…」

「私もメアリも忙しい。乗りかかった船だ。手伝ってけ」

「それ本来、俺の言う台詞だろ…」

「んじゃ、頼んだぞ」


イグナーツは部屋を出て行く。

人使いの荒いジジィめ、とクリスは呟いた。

    

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