静寂の山

翌朝。

リラ村付近の山の前。


「クリスさん、本当に入るのかい?」

「あぁ」


魔獣が村に出没した原因を探る為、クリスは狩人の一人に、山の案内を頼み、これから入山するところだった。


「でも、アストだっけか?あいつら、まだその辺をうろついてんじゃねぇのか?」

「かもな」

「かもなって…」

「アストの生息地は本来、森や山の奥深くだ。それが人里にまで降りてきてる」

「山で何か起きてるってか?」

「それを確かめる。危険だと判断したらすぐに山を降りる。ってことで案内よろしく」

「ったく…なんかあったら頼むよ」

「はいはい」


二人は、険しい山の中へと進み始めた。


狩人の男が先頭を歩き、その後をクリスがついて行く。

山を歩き慣れている狩人が、邪魔な木や背の高い草を、なたで薙ぎながら進んでいく。

しばらくそうして山の中を歩いていると、狩人が足を止めた。


「おかしい……」

「ん?」

「山に入ってから、一度も鳥の声を聞いてない」


クリスは辺りに注意を向けてみる。

確かに静かだ。

鳥の声どころか、生き物の気配を感じない。


「最後に山に入ったのはいつだ?」

「魔獣が出始める前だな。その時はこんなんじゃなかったが」


やはり、山の中で何か起きているのかもしれない。


「……もっと奥に行ってみよう」

「わかった」


それから更に、奥深くへと歩を進めるが、いつまでも静寂せいじゃくが続く。

二人の足音と草木を掻き分ける音だけがしていた。


もう何十分歩いたか。

水の流れる音が微かに聞こえる。

狩人の後をついていくと、沢に辿り着いた。


「クリスさん、少し休憩しよう」

「そうだな」


沢に降りると、透明で綺麗な水が流れていた。

両手で掬って顔を洗う。

冷たい山の水で、顔の汗を流す。


「しかし気味悪ぃな…子供の頃から親父について回ってたが、こんなに山が静かなのは初めてだ」

「……」


クリスは少し考え込む。

かなり歩いたが、ここまで一度も生き物の気配を感じなかった。

魔獣が獣を別の場所に追いやったのか?

だとしたら、この辺りに他の魔獣がいてもいいはずだが、それすらいない。

原因があるとしたら、もっと奥か。

今の装備では、これ以上進むのは危険だ。


「そろそろ戻る…」


そこまで言いかけた時、クリスの目に入るものがあった。

反対側の川べりにある岩。

その陰から人間の足が見えた。

クリスは駆け出し、沢を走る。


「おい!人が倒れてる!」

「はっ!?」


クリスに続いて狩人が走り出す。

岩に近づくと、女性と外套を着て、フードを被った子供が倒れていた。

女性の背中には矢が刺さっている。

傍に駆け寄り、状態を確認する。


「うっ……」


女性は苦しそうに顔を歪める。


「まだ息がある!」

「サラ!?」

「知り合いか?」

「あ、あぁ、村長の娘だ…でも行方がわからなくなっていたんだ」


子供の首に指を当てると、脈がある。


「…子供も生きてる。直ぐに戻ろう。先導してくれ」

「わ、わかった!」


狩人が、サラと呼ばれた女性を担ぎ、子供をクリスが担ぐ。

二人は村へと急いだ。

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