アスト

食堂を出て、男の一人に案内され歩くこと十数分。

村を軽く見渡せるくらいの所に診療所は建っていた。


診療所の扉を開けると扉につけられた鐘がカランカランと軽い音を立てて鳴る。

扉をくぐると待合室のようで、一脚の長椅子と一人用の椅子が四脚、壁に並んでいる。

待合室の奥に廊下が続いており、その奥で包帯を持った女性が鐘の音に反応し、こちらを振り返る。

身なりからしてここの看護婦だろう。


「やぁ、メアリ」


男がそう声を掛けると、メアリと呼ばれた看護婦がパタパタと小走りでこちらに向かってくる。

栗色の毛を後ろでまとめた、二十代程の若い女性だ。


「こんにちわ、ファーマさん!お見舞いですか?」

「あぁ、いいかい?」

「えぇ、大丈夫ですよ。そちらの方は?」

「魔獣を追い払うのを手伝ってくれる助っ人だよ。コニーと話したいそうだ」


ファーマと呼ばれた男はクリスをメアリに紹介する。

するとメアリは驚きと喜びの感情が入り混じった表情をする。


「本当ですか!どうぞ、こちらへ!」


メアリは廊下の奥にある病室へと案内してくれる。


「コニーさん、お見舞いの方がいらっしゃいましたよ」


メアリに案内された部屋に入ると、膝に布団をかけた男がベッドの上に座っていた。


「よぉ、ファーマか」

「コニー、具合はどうだ?」

「まだ痛むよ。そっちの人は誰だ?」

「旅人のクリスさんだ。魔獣の件で力を貸してくれる」

「本当か!?」

「あぁ。クリスさん、さっき話した仲間のコニーだ」

「よろしく」

「あぁ、よろしく」


手を差し出し握手を交わす。


「でも、なんで俺のところに?」

「あんたを襲った魔獣の特徴が知りたい。どんなやつだ?」

「なるほどな……あれはでかい犬…っていうより狼みたいだったな。全身真っ黒で、爪と牙がでかい。あと、目が赤かった。縫った後だけど、傷見るか?」


メアリがコニーの右腕と左足の包帯を外す。

右腕には切り裂かれた様な傷跡。左足には歯型の傷跡が痛々しく残っていた。


「腕と足をやられたのか。数は?」

「襲ってきたのは二匹だ」

「どんな風にやられた?」

「あの日は、ファーマと二人で見張りをしていた。それでファーマが便所に行ってる時だった」


コニーが襲われた夜のことを語り始める。


「物音がしたから音がした方を向いたんだ。そうしたら真逆の方向から魔獣が飛び掛ってきやがった。咄嗟に身を守ろうとして、その時に腕をやられた。俺がよろけて尻餅ついたら間髪入れずに、最初に音がした方からもう一匹が出てきて足に噛み付いた。引き摺られそうになったところでファーマが戻ってきた。そうしたら奴等、直ぐにどっか行っちまった」

「ふむ……」

「すまねぇコニー……お前を一人にしちまったから……」

「ファーマのせいじゃないさ。そんなに気にするなって」

「でも……」

「その通りだ。あんたら狩人は獣専門であって、魔獣専門じゃない。それに素人がアスト相手に生き残っただけでも上出来だ」

「「アスト?」」


ファーマとコニーは頭の上にはてなを浮かべている。


「村の周辺に出没している魔獣の名前だ。話を聞いて確信した。魔獣の中でも狡賢い上に群れで行動する」

「あんなのが群れで……」

「なんとかなるのか?」

「……まぁ、やるだけやってみますかね」




食堂に戻り、クリスと村長、狩人の六人が一つのテーブルを囲んで座っている。


「アストは自分達が有利な状況だと判断した時、獲物を襲撃する。コニーが襲われたのはそれが原因だ」

「俺達が一人になるのを待ってたってことか?」


ファーマがクリスの説明に質問する。


「そうだ。畑を荒らしてるのも、村の人間をおびき出す為だろうな。あいつらは肉食だ」

「そこまで頭が回るのか…」

「獣と違うところはそこだ。アストに限らず、魔獣は知能が高い。でも、人間ほどじゃない。対策はできる」

「どうするんだ?」

「複数人で行動すればいい。狩りの成功率を下げれば、あいつらは襲ってこない」

「騎士団が来るまでの時間稼ぎか?それじゃ待ってる間に畑が駄目になっちまうよ。まだなんの連絡もないんだ」

「騎士団は待たない。罠を張る」

「罠?」

「俺が一人で見張りに立つ。そうすれば俺を狩ろうと集ってくるだろう。そこを叩く。あんたらには他の人達と一緒に火の番をしてもらう」

「おいおい!クリスさん一人でやるつもりか!?」

「まぁ、そうなるね」

「そうはいかねぇ。クリスさん、俺達もやるぞ。仲間がやられて黙ってられる程腐っちゃいねぇ」

「その通りだ!それにこちとら狩人やってんだ!」

「狩人がやられっぱなしって訳にもいかねぇしな!」

「俺達にもやらせてくれ」


狩人達は立ち上がり、クリスに頼み込む。

クリスは目を閉じ、少し考える。

これだけやる気があるのに火の番させておくのも勿体無いかと思い、ニッと笑う。


「それじゃ、手伝ってもらおうかな」

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