第一章 ケモノビト

クリストファー・ベルベット

山間やまあいの農村リラ。


木造の家屋がまばらに建つ、田舎の小さな村。

この村に一軒だけある食堂。

少し早いが昼食にしようと店に入る。


四人掛けのテーブル席が三つ、カウンターは五人座れる程度の店だ。

テーブル席にはこの村の人間であろう、3人組の男が座って話をしている。


カウンター席に座ると、カウンターの向こう側から食堂の主人らしき女性が、水の入ったコップが差し出す。


「いらっしゃいませ」

「どうも」


コップを受け取り、一口飲む。


「見かけない方ですけど、旅人さん?」

「あぁ、うん」

「ようこそ、リラへ。どうぞ」


女性主人が差し出したメニューを受け取り、開く。

何を頼もうか悩んでいると、テーブルに座る男達の会話が耳に入ってきた。


「お前さんのところもやられたのか?」

「あぁ…これで何日目だ?」

「狩人のやつらで歯がたたねぇんじゃぁな…」


カウンターの向こうで洗い物をしている主人に話しかける。


「この村で何かあったのか?」

「えぇ…最近、魔獣が村の周辺に出るようになって、畑を荒らされたりしてるんですよ」

「魔獣が?」


魔獣。

獣から進化したものが魔獣である、という学説が一般的だが、未だ謎の多い生き物だ。

様々な種が生息しており、把握できている魔獣はほんの一部でしかないと言われている。

一つ確かなのは、そこらの獣より対応が厄介であること。

訓練を受けた者でないと、駆除は難しい。


「追い払おうとはしてるんですけどね。一昨日は怪我人まで出ちゃって…」

「近くの騎士団に連絡は?」

「魔獣が出始めてから直ぐに村の人が馬を走らせたんですけど…まだ連絡がないそうです」

「ふーん…」

「このままじゃ困りますね…ここは農村ですから、作物が取れないと冬が越せなくなっちゃいますし、おちおち寝てもいられないですよ…」

「そっか…」


少し考えて、主人に尋ねる。


「あのさ、ここら辺で泊まれる所ってある?」

「ここの二階が宿になってます。泊まっていかれますか?」

「うん。夜は出歩いても大丈夫?」

「かまいませんけど…見るところなんてないですよ?」

「いや、観光じゃなくて魔獣を、ね」

「え?」


ポンポンと腰に差した剣を叩く。


「え!?危ないですよ!!」

「へーきへーき」

「でも…」

「なんだい兄さん!魔獣を追っ払ってでもくれんのかい!」


テーブルで話をしていた男の一人がこちらに振り向いて話しかけてきた。

少し酔っているのか、顔が赤くなっている。


「ん、まぁ、そんなとこ」


振り返り言葉を返す。


「は?本気か?」

「まぁ、初めてじゃないしね」

「おい、そりゃ本当か!」


他の二人が旅人の言葉に食いつく。


「あぁ、魔獣退治なら経験あるよ」


そう言うと男達は勢いよく立ち上がる。


「俺、村長に知らせてくるわ!」

「他のやつにも声かけるか!」


男達は店を飛び出して行った。


「あの人ら、金払ってないけど」

「大丈夫ですよ。普段は見知った顔しか来ませんから、後で払いに来ますよ」


そっか、と納得し、料理を注文することにした。




食事を終え、食後のコーヒーを飲んでいると、数人の男が店に入ってきた。


「あの人が魔獣退治してくれるって人だ」


振り返ると、杖をついた身長の低い老人と、それを囲む様にして五人の男が店の入り口に立っている。

さっきまでテーブルに座っていた男達の一人もその中にいた。

その男に説明を受けた老人が、前に出る。


「この者から話を聞かせていただきました。魔獣退治のご経験があるとのことですが」

「まぁ、それなりに。困ってるみたいだから助太刀しようかと」

「おぉ!ありがたい!儂はこの村の長をしております、ハイデと申します。よろしければお名前をお伺いしてもよろしいですかな?」

「クリストファー・ベルベット。クリスでいい」


するとハイデは首を傾げる。


「ベルベット?はて、どこかで…」


やべっ……。


「被害はどれくらい前から出ているんだ!?」


少し早口で話を逸らし、ハイデの周りの男達に話を振る。


「確か五日くらい前からだ」

「過去に同じような事は?」

「こんな田舎だから猪だとか鹿は出るが、魔獣は早々ねぇなぁ…」

「一昨日は村の中にまで入ってきやがったしな」

「村の中に?」

「あぁ。魔獣が出るようになってから見張りを立てる様にしたんだが、一昨日、一緒に見張りに立ってた仲間の狩人が大怪我しちまった」

「どんな魔獣だったかわかるか?」

「でかい犬みたいなやつだ」

「でかい犬ね……何か特徴は?」

「暗がりだったし、じっくり見た訳じゃねぇからそこまでは…」

「コニーなら何か知ってるんじゃねぇか?」

「コニー?」

「怪我した狩人だよ」

「そいつに会えるか?」

「診療所にいる。案内するよ」

「あぁ、頼む。爺さん。村の人達には今夜、家から出ないように伝えておいてくれ」

「えぇ、わかりました」

「じゃあ、行こうか」


食事代と宿泊費を込めた代金をカウンターに置いて、男達と共に食堂を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る