第32話 シエラの魔法と琢磨の初めてできた相棒

 目が眩んでるムカデ蜘蛛に注意しながら回復し終わった琢磨が立ち上がると、


「タクマ!」


 心配そうに琢磨に駆け寄るシエラ。今にも泣きだしそうな顔をしている。この時、琢磨は不謹慎ながらもこの時のシエラの顔が可愛いと思ってしまった。


「心配ない。それよりアイツのスキルが思った以上に多くて攻略の糸口がつかめない。こっちが戦い方を変えても直ぐに対処してくる上に武器がコロコロ変わるのもやりずれえ。なかでもあの戦斧が厄介だ。まさか手から離した状態でも魔法が発動するなんて・・・・・・これじゃ迂闊に近づくことができない。まず、あの戦斧をどうにかしないと・・・・・・」


 シエラの心配をよそにムカデ蜘蛛を攻略すべく思案する琢磨。そんな琢磨にシエラがポツリと零す。


「・・・・・・なんで?」

「あ?」

「何で逃げないの?」


 ムカデ蜘蛛が狙ってるのはこの場所に封印されていたシエラだ。だから自分を置いて逃げれば助かるかもしれない。わざわざ身の危険をさらしてまで戦う意味はないと訴えるシエラ。それに対して、琢磨はなんて答えようが考えたが正直に話した。


「確かに、お前を見捨てて逃げれば助かるかもしれない。でも絶対じゃない。それなら俺は目の前の障害を乗り越える方に賭ける。それに、せっかく助けたのに自分の保身のためにお前を見捨てて逃げるほど落ちぶれちゃいない。・・・・・・はぁ~、あの時何もかも捨てたはずだったんだけどな。俺にはまだ人間的な感情が残っていたらしい」


 琢磨はあの出来事で学んだ。生き残るためならどんなに卑怯で周りから罵られようが、敵を殺すことに躊躇ためらうことは無い。正々堂々なんて糞くらえだ。この異世界でそんな余裕をかましてはすぐに死んでしまう。ここは現実だ。ゲームみたいにやり直しはきかない。そのことをこのダンジョンで学んだ。

 だが、好き好んで外道に落ちようとは思わない。そんなことをすればあの時、琢磨に火球をぶつけた奴と同じだからだ。そう思うことができたのは孤独だった琢磨の前にシエラが現れてくれたおかげだ。

 だからこそ、ここで助けたシエラがを見捨てる選択肢はない。琢磨がシエラを助けると決めたあの時が外道に落ちるか否かのターニングポイントだったのだ。


 シエラは、琢磨の言葉を聞き、「私の見る目に狂いはなかった」とボソッと呟き、何か納得したように頷き、いきなり抱き着いた。


「な、なんだ?」


 琢磨は内心で動揺する。生まれてこの方、吸血鬼だろうが異性に抱き着かれたことなどないのだ。(幼馴染には日常茶飯事でやられている。琢磨はそのことを記憶の奥底に封じ込めて思い出さないようにしている)そろそろムカデ蜘蛛の目の眩みが回復するころだ。今はこんなことをしてる場合じゃない。傷は回復した。早く臨戦態勢に入らなければならない。

 だが、シエラは手を放すどころか琢磨の首に手をまわした。


「タクマ・・・・・・信じて」


 そう言ってシエラは、琢磨の首筋にキスした。


「ツ!?」


 否、キスではない。吸血鬼特有の鋭い二本の牙で噛み付いたのだ。


(そういえば、シエラは吸血鬼だったな)


 首筋から血を抜かれてる感覚がする。それに伴い、体からも力が抜けていくような違和感を覚えた。これは献血で血を抜かれてるような感じだ。そういえば血を吸われた人間はたしか・・・・・・

 琢磨は吸血鬼に噛まれた人間はどうなるのかということを思い出してぞっとしたが、シエラの『信じて』の言葉を思い出した。あの時のシエラの顔は真剣そのもので騙そうとする素振りはうかがえなかった。きっと、今まで吸血鬼っていうだけで嫌悪されてきたのかもしれない。俺は仲間を見捨てない。

 そうかんがえて、琢磨はしがみつくシエラの体を抱きしめながら吸血に耐える。一瞬、ピクンと震えるシエラだが琢磨が自分を信じてくれてると理解したのかどことなく嬉しそうに頬が紅くなった。


「ギシャァァアアアア!!」


 ムカデ蜘蛛の咆哮ほうこうととろく。どうやら眩んでた視力が回復したらしい。だが、おでこの位置にある三つ目の上の目が閉じられたままだ。どうやら強烈な光をモロに受けて焼かれてしまったようだ。回復するためのただの時間稼ぎのつもりだったのにこれはうれしい誤算だ。

 ムカデ蜘蛛が地面に手を置くと再び地面が波打つ。だが、その場を飛び退いた琢磨のスピードについてこれないようだ。先ほどまでは先回りするように円錐の棘が飛び出してきたのに今は十分に対処して攻撃に専念できる。もしかしたら相手の動きを先読む力を閉じられた目が持ってた能力かもしれない。だとしたらこれはチャンスだ。


 琢磨が縦横無尽に動き回ってミサイルのように飛んでくる円錐の棘を魔法剣で迎撃してると、シエラがようやく口を離した。

 どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。そのしぐさに思わずドキッとしてしまう。見た目が美しいくせに何処か妖艶をさを醸し出してる雰囲気がある。それに、先ほどまでのやつれた感じはなく肌が艶々つやつやしていて頬は赤みがあり弾力がある。紅の瞳は温かなオーラをうっすらと纏わせていて、琢磨にしがみついてた手は、そっと撫でるように琢磨の頬に置かれている。


「とても美味だった」


 この時のシエラの笑みは聖女のようだった。

 シエラは立ち上がるとムカデ蜘蛛に向けて両手を掲げた。同時にその体から今までと比べ物にならないほどの魔力が吹きあがり、金色の光が辺りに満ちた。

 そして、金色の魔力が両手に集まりその風圧で美しい金髪がユラユラとなびいている。そして一言、呟いた。


「反転」


 その瞬間、ムカデ蜘蛛の両手六本に直径二メートルぐらいの黒みがかった球体が出来上がる。その中ではエネルギーの塊のようなものが乱回転している。

 ムカデ蜘蛛は驚いて距離を取ろうとするがシエラがそれを許さない。

 シエラが両手をクロスすると黒みがかった球体の内部のエネルギーの塊のようなものの回転がみるみる上がっていって、キュンキュンと空気を裂くような音が木霊こだましている。

 次の瞬間、ムカデ蜘蛛の左右の手、合わせて六本が次々と吹っ飛んだ。


「グギャァァアアアア!?」


 ムカデ蜘蛛が悲鳴を上げる。明らかにダメージを受けたことは琢磨の目から見ても一目瞭然だった。琢磨は決定的瞬間を見逃さなかった。しえらの放った黒い球体がシエラが両手をクロスした瞬間、球体の中のエネルギーの塊のようなものが不規則に激しく動き出し、時計回りと反時計回りの魔力が交互にぶつかりムカデ蜘蛛の両手をねじ切るように次々と襲い掛かったのだ。並の攻撃では傷一つ付けられなかったムカデ蜘蛛の両手をねじ切っただけでもシエラの放った魔法は威力が相当すごいことがうかがえる。

 後には両手を無くして攻撃手段が残されてないムカデ蜘蛛の姿が残った。ものすごい破壊力だ。もしここにシエラがいなかったらどうなってたかわからない。この時初めて琢磨はシエラを信じてよかったと心から思った。

 トサリと音がして、琢磨は憐れなムカデ蜘蛛から視線を離し、そちらを見ると、シエラが肩で息をしながら両手と両膝を地面に着いていた。どうやら魔力を使い切ってしまったらしい。


「シエラ、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ・・・・・・久々にこの魔法使ったから・・・・・・魔力を使いすぎて・・・・・・もう、無理」

「やるじゃないか。シエラのおかげで助かったよ。後は俺がやるから休んでいてくれ。・・・・・・といってもシエラがほとんどやってくれたようなものだからとどめを刺すぐらいだけどな」

「油断はしないでね・・・・・・」

「ああ、わかってるよ。やれるときに徹底してやるのが俺の流儀なんでね」


 琢磨は魔法剣を右手に出現させると、ゆっくりとムカデ蜘蛛に近づいていく。ムカデ蜘蛛は近づいて来る琢磨に気付き後ずさりするが琢磨の方が速い。やがて琢磨が近づくと魔法剣を一閃してムカデ蜘蛛の両目を潰した。


「ギャォオオオオオオオオ!?」


 ダンジョン内にムカデ蜘蛛の悲鳴が響き渡る。


「これでお前に出来ることは何もない」


 琢磨は魔法剣がムカデ蜘蛛の固い体には効かなかったことは学習つみなのでシエラがつけてくれた手があった場所から魔法剣を滑り込ませた。すると思った通りムカデ蜘蛛の体内は簡単に魔法剣で切ることができた。後はかにを解体するようにばらばらにしていき必要な部位だけ回収するとムカデ蜘蛛の残骸だけが残った。暫くすると紫色のでかい魔石が転がりムカデ蜘蛛の残骸も役目を終えたように消えた。魔石を回収することも忘れない。

 そして、シエラの方を向くとどこか安心したような眼差しで琢磨を見つめていた。

 琢磨はこの場所に落とされてからこの異世界に来たことに後悔と絶望しかなかったがシエラに出会えたことだけは感謝した。この先どうなるかわからないがシエラと一緒なら大丈夫だろうと思いながらシエラの元へ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る