紫苑の花言葉

「私の事を忘れてください」




 アナタはそう、言い残して息を引き取った。

 力を失いワタシの手を握り返してはくれず、徐々に温もりが消えて冷たくなるアナタの手を、ワタシはいつまでも離さなかった。いや、


 この手を離すということは、まるでワタシとアナタの最後の繋がりを、自ら断ち切ってしまう気がして……。ワタシには到底、辛く苦しくて耐えられなかったのです。






 アナタとの出会いは、雨上がりの空のように美しく、キラキラと輝いた日々でした。




 今、アナタは何処へと向かっているのですか?

 出来ればアナタと初めて出会った頃のように、透き通るような青空の下。私とアナタが愛した花が咲き誇る、花畑のような場所に居ることを願っています。




 アナタを失い、こんなに泣いたのは、何時ぶりでしょうか。

 アナタは思いやりのある人だったから。きっとワタシを心配し、心残りになっているのではないでしょうか?

 ワタシを思うあまり、アナタが無事に向こうへたどり着けているか、少し心配です。


 けれど、アナタは器用な人だったから。何も心配することは無いでしょう。




 でも、ワタシは知っています。アナタがとても頑固だった事を。

 ワタシがアナタの後を追って自ら命を絶つことを、アナタは決して許さないでしょう。

 だからワタシは、アナタの分まで生き続けます。


 ワタシは知っています。アナタが実は寂しがり屋だった事を。

 ワタシがアナタの元へ逝くまで、アナタは一人寂しく待つことでしょう。

 だからワタシは、毎日アナタの姿を思い浮かべ続けます。


 ワタシは知ってます。アナタが本当は繊細な人だった事を。

 ワタシがアナタへ放った言葉の数々を、アナタは真剣に受け止めてくれいたでしょう。

 だからワタシは、これからもアナタに「愛してる」と伝え続けます。






 今日の天気は、アナタと出会った頃のように晴天です。

 アナタと別れるには、悲しいくらいに絶好な日です。

 なのにワタシの心は、ずっと雨模様です。


 花の棺に眠るアナタの姿を、ワタシは涙を流して見つめることしか出来ません。

 ですがアナタは、涙を流すワタシよりも、アナタが大好きだと言ってくれた笑顔で見送る方がきっと嬉しいでしょう。

 だからワタシは、笑顔でアナタを送り出します。

 再びアナタに出会えるように、祈りを込めて。


 アナタが照れながら毎年ワタシへ贈ってくれた、ワタシとアナタの愛した花に思いを込めて。


 アナタは照れながら「真実の愛」と言っていましたが、寂しがり屋なアナタの事です。もう一つの花言葉が、アナタが一番伝えたかった言葉でしょう?


 ワタシはアナタと愛した花の時期が来る度に、アナタとの思い出を昨日のように思い出すでしょう。




 そしてもう一つ。そんなアナタへのお礼に、毎年ワタシが「愛の象徴」として贈った花を、手向けの花としましょう。




 ……扉が閉まり、アナタが空へと旅立って逝く。

 だからワタシは毎年、アナタと出会った場所へ行きます。




 知ってましたか? アナタへ送っていた花束の意味を。

 アナタは恥ずかしがりながら受け取っていましたが、意外と鈍いアナタの事です。きっとワタシの答えに気づいてはいなかったでしょう。




 アナタが忘れて欲しくないと願うのなら、ワタシはアナタの事をずっと忘れません。


 だから安心して眠ってください。




 紫苑の花言葉。






「アナタを忘れない」






 たとえ今は、遠く離れていたとしても。


 ワタシの心は何時までも、アナタを一番に思い続けます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る