6話 追憶

 深まる夜に丸く小さく広がる光の玉。それが人気ひとけもない住宅街のはずれで雪のようにゆらりと落ちてゆく最中さなか、ヴォルフが「姉さん」と呼んだ人物の姿を映し出しては消えていった。


「これは……? お前の姉との記憶か?」


 トレイシーは、いま起きていることに当たりをつけてヴォルフに質問をするが彼はうつむいたまま何も答えない。


「どうゆうこと?」


 沈黙に変わって声を出したリズにトレイシーは血塗ちまみれになった魔導機を指差して自分の予想を口にする。


「おそらく、魔導機がコイツの血の中に含まれる遺伝的基本構成要素デテルミナントの情報を読み取って過去の記憶を再生しているんだ」


 お察しの通りだとヴォルフは心の内で認めながら過ぎ去りし時のカケラを見つめると次第に在りし日の声が聞こえ始めた。


『聞いたぁ? あそこの家の娘さん務めていた会社で移民の待遇の悪さに同情して労働条件の見直しを訴えたそうよ』


 話していたのは、もう顔も思い出せないような近隣の住民たちであった。


『そのせいで正社員の給料が移民と同じ安月給になったんですって』


『あら~、酷い』


『給金下げられちゃった人達は言い出しっぺに恨みを抱えてるそうよ』


 再現された追憶は、言い出しっぺと姉の姿を結び付けていた当時の自分の頭の中まで、ご丁寧に投影していき再び遠くの会話へと戻っていく。


『だから最近、職場で居場所を失って病んでるらしいわ』


 全て事実だった。姉は精神的にも健康とはがたい状態で、この時も家に引きこもっていた。


『かわいそう……でも、移民なんかに良い顔するから』


 あわれみの中に自業自得という感想がざり始めると話は徐々に移民や政治の話、果てはどうでも良い会話へと移り変わっていき、ヴォルフは世間話に興味をなくして、その場を後にし家路にへと戻っていった。


 帰宅すると、やつれて元気のない姉の異常な行動を目にしてヴォルフはギョッとし声をかけた。


『姉さん……なんで自分の髪を抜いてるの?』


『え……? さあ……なんでだろう……』


 言われて気づいた様子で彼女は自分のしたことに疑問を持ち、ようやく手を止めた。


 この頃から姉は一人で居る時、無意識に毛を一本ずつ抜く癖がついて独り言も多くなり、家族はいつか良くなって欲しいと願い優しく接するようになっていった。


 いずれ姉が快方に向かうだろうと、みんな信じて……。


 時間が経つにつれて、姉は情緒が不安定になり家族に対して感情的になったり無気力で動かない事もあれば、比較的に元気な時もあった。


 そんなある日、姉が慌てて隠した物をヴォルフは見つけ言った。


『姉さん……コレ。なに……?』


 独特の形状をした真鍮製のパイプ……水タバコ。


 それが違法な薬物の煙を吸うために使われていることは姉の態度から直ぐに判り、彼女は薬物依存の治療のため医療施設へと入れられた。


 様子を見にお見舞いに行った日には弱音ばかり吐き、死にたいと幾度となく口にし、時に被害妄想から暴れることもあり、やがて家族も疲れ切っていき世間からもクスリに手を出した本人が悪いという風潮で姉の孤独は益々深まっていった。


――どうして、こうなってしまったのだろうか? 何がいけなかったのだろうか……?


 移民に味方したから? 姉の心が弱かったから? ドラックに手を染めてしまったから?


――そもそも、姉はいったい何処から麻薬を手に入れたのだろうか……?


 ヴォルフが抱いた疑問に対して答えを得たのは警察官が麻薬捜査協力の感謝を伝えに来た時のことだった。


『お宅の娘さんにクスリを売っていたのは不法移民のグループでした』


 移民の中には入国制限に引っかかる者達も居る。


 そうした人たちは不法入国をするために非合法な業者に仲介を頼む事がある。


 しかし、残念な事にいくら移民だからといって全員が全員、職にありつけるワケではない。


 では、仕事にも就けず、帰る場所もない流れ者達はどうするのだろうか?


 何もせずに朽ちていくのだろうか?


 もちろん、そんなハズはない。多くは次の仕事を探し始める。その最中で過去に不法入国を手引きした者達が移民に違法な仕事を与える事がある。


 特に元々、繋がりを持っている者は闇組織に手を貸しやすい傾向にあると警察は語っていた。


――移民……移民。また移民。この国は狂っている。それもこれも移民が来るようになってからだ。姉がおかしくなったのも、家族が滅茶苦茶になっていったのも全部……。


「コレがお前が移民を嫌っていた理由か……」


 映像が流れ終えるとトレイシーの言葉に悲哀の声色がこもる。


出歯亀でばがめが……見てんじゃねぇよ……」


 ボロボロな姿で立ち上がりながらヴォルフは言った。


「さっき言ってた移民から奪われたものってのは姉の事か? それで? どうやって取り戻すんだ? リズを捕まえたとこでお前の姉は帰ってくるのか?」


 まるで説教でもしたそうな声色で質問してくるトレイシーにヴォルフは疑問文で答える。


「それを知ってどうする? そのガキを俺に譲ってくれるのか?」


 当然、返答は無言であった。


「出来ねぇよなッ?」


 解かりきっている事実をヴォルフ自身が答え続ける。


「俺が欲しいのは薬物依存も治療する新技術だ。遺跡に眠る膨大な情報さえ手に入れればそれも叶う。対してお前らの望みは新たな技術が引き起こす戦争を避けることだ。どうやったって平行線なんだよ」


「じゃあ、私たちが必要な情報だけを取ってきてアナタに与えれば良いんじゃ」


 リズの妥協案を聞くとヴォルフは思わず失笑する。


「バカがコッチからすれば全部、必要な情報なんだよ。第一、お前らは〝鍵〟についてなにも知らないだろうが」


「逆にお前は何を知っているんだ?」


 リズが居るだけでは不十分だと言いたそうな口ぶりにトレイシーは問いを投げかける。が、


「教えてやんねーよ」


 ヴォルフは中指を立てて明確に対話を拒絶した。


「俺はお前らと仲良くする気はねえ、さぁ……さっさっと白黒、着けよーぜ」


 人の身に戻ろうとも彼は獣の如き眼光で相手を真っ直ぐと見据え残りの力を振り絞ってトレイシーに最後の戦いを挑んだ。


 そして……。


  ※


 閑散とした薄暗い夜。車庫のシャッターの開かれる音が響き渡ると外に設置された街灯の光が中に差し込み車体の輪郭を薄っすらと浮かび上がらせた。


「動かせるの?」


 リズは車に近づいて行くトレイシーに聞いた。


「舐めるな。元軍人だぞ」


 そう答えるとトビラを開いてエンジンを掛け暖機運転アイドリングさせる。


 リズも反対側のトビラに向かって歩いていき二人が車室に乗り込むとヘッドランプを点灯させ走り出した。


「ねえ……あの人、あれで良かったのかな……?」


 ドアウィンドウから走り去る景色を見ながらリズは隣の彼に話しかけた。


「安心しろ。魔導機からは核を抜き取ったからとりあえずは魔法は使えない。そもそも、あのケガでもう追ってくる体力もないだろう」


「ううん。違うの彼のお姉さんこと」


 首を振ってリズは言った。


「……同情しないワケでもない」


 だけど。とトレイシーは続ける。


「俺たちと敵対することを決めたのアイツ自身だ。救われるかどうかもアイツ自身の問題だ。俺たちがとやかく言うことじゃない」


「私は……アナタに救われたよ」


「そうだな、俺に助けさせてくれた……でもアイツは戦ってでも拒んだ」


 解り合えない。解り合おうとしない。だから争うしかなくなる。


「この先、救えない奴なんていくらでも出会うだろう。むしろ世の中、報われる人間は幸運な方だ。どんなに頑張ったって助からない奴は助からない……」


 戦場では、そんな奴はいくらでも居た。


「だからなリズ。全部、背負おうとするな。まずは自分が幸せになれ、それで余ったぶんけてやればいい」


(まあ俺が言えた立場じゃないけどな)


 最後の最後でトレイシーは内心、自分に対し嘲笑したが、リズはひねくれた見方もすることなく素直に答える。


「うん。わかった」


 そうして、ようやく夜が明けた。長い長い夜が…。


 トレイシーは、その朝日を見て願った。


 どうかこの先、この子の未来を照らす光であるように。……と。

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