5話 オステオトームの鎖
「逃げられたぁ?」
獣臭い実験動物の収容部屋で機関員たちの話を聞いたヴォルフは言った。
「魔法が使えないよう抑制剤ブチ込んだじゃなかったのかよ」
治療のために直ぐ牢に繋いで置かなかったとはいえ
「デテルミナントそのものについて我々も全て理解しているわけではない。突然変変異を起こして抑制因子の機能を無効化したのかもな」
そう語るのは、ヴォルフの近くに居たイレネウスだった。
(実際は私が投与された薬の効果を消したのだけどね)
内心では本音を語り、周囲には本心を悟られないように振舞い、静観を決め込んでいるとヴォルフが〝鍵〟を取り戻してくることを決める。
「奴らの臭いなら記憶している。いつでも追える」
ヴァーフォールガングと呼ばれる魔法によって出現する二頭の半透明の狼が鼻を利かせヴォルフは追走を開始した。
(さて、ここまでは予想通り、後は上手くやって下さいよ。トレイシーさん)
※
夕暮れ時、トレイシー達は住宅街の
「ここ、トレイシーのお
「いや、違う。イレネウスって奴が用意してたセーフハウスだ」
トレイシーは中に入るなりリズと会話をしながら家の中を
「その人って確かトレイシーを助けてくれた人だっけ?」
「ああ」
「その人は信用できるの?」
「どうだか…とりあえず戦争を回避したいって点では利害は一致してはいるから利用できるだけ利用してやるさ」
トレイシーが使えそうな物を探していると金庫を見つけ、ダイヤルを回し始める。
「ここに来るまでの間に色々、聞かされたけど未だに実感が湧かないな。私が〝鍵〟って話…」
「身に覚えはないのか?」
事前に教えられた金庫のパスワードを入れながらトレイシーは聞いた。
「うん…お母さんもお父さんも戦争で死んじゃったから何も知らない」
その後は戦争孤児の一人として孤児院に居たそうで、その間に魔法の力で人々を癒しては困ってる人の助けとなるように生きてきたとリズは自分の過去を語った。
「そのせいで捕まっちゃったんだから、バカだよね私…みんなから
「リズは信じてるのか?
「さぁ、わかんない。生命を創った人はいるよってだけなら居そうな気がするけど、その後の進化や絶滅までも支配してるって言われてもピンッとこないかな」
「同じくだな」
返事をするタイミングと重なり金庫が開く音が響き中から札束が出てきた。
「ネコババ?」
子供に言われると胸に刺さるものがある。が、
「コレはイレネウスから好きに使って良いと言われた金だ」
なので遠慮なく懐に入れていった。
「この後は、どうするの?」
「街を出てイレネウスの協力者のとこへ行くように指示されている」
これに関しては無視して逃げることもトレイシーは考えたが行く当ても後ろ盾もない、その上、遺跡とやらのことも良く解ってない。そんな中での逃亡は現実的ではないと判断した結論であった。
「教会には戻らないの…?」
部屋の中から車の鍵を見つけ握るトレイシーにリズは聞いた。
「あの後、どうなったか気になるのか?」
質問の意図を確かめる問いにリズは無言でコクンッと首を動かし肯定した。
「聞いた話では一応、無事らしい」
そう伝えるもリズの表情は明るくなることはなかった。
「正直、俺も悪いことをしたと思ってる。だけどコレ以上、関われば更に迷惑を掛けちまうのも事実だ」
それだけじゃない。一度騒ぎとなった場所であることから考えても警察など警戒の目もあるかもしれない。せめて街を出るまでの間は人目は避けたいというのも理由にあった。
「一通り落ち着いたら手紙でも出そう」
そんなもので帳消しにならないだろうが、せめて出来ることを提案するが相も変わらず彼らに何もしてあげられなかった事をばかり彼女は気にしていた。
「怪我を治しただろ。そのおかげで助かったんだ何もしてやれなかったワケじゃない」
「でも、元々は私が…」
「いや、元を正せば俺が教会に預けたんだ。責任があるのは俺だし、悪いのは
自虐を交えながらリズを
外はすっかり暗くなり太陽に変わって雲間から差し出す月の光と数本のガス灯が彼らを照らし出すと木々と道路、それに古びた空き家くらいしかないこの場所をジッと見つめていた眼光が動き始め闇夜の乾いた空気に足音を響かせトレイシーに牙を向けた。
例の半透明の狼たちだ。
トレイシーは反射的に身を守ろうする動きで狼の牙を受け振り払い二匹の獣と向かい合うと以前と同じように鎖で絡めとり打ち倒す。
すると敵はその隙を突いて闇夜から攻撃をかけてきた。
そこで、ようやく二人の男が顔を突き合わせヴォルフは言った。
「よう、お二人さん。こんな夜更けに何処にお出かけだい?」
狼男のようなその体躯から突き立てられた爪をトレイシーが抑え込んでいると後ろからリズの声が上がった。
「きゃあ!」
声のする方へ視線をやると透明な狼に
リズを助けるためにトレイシーは
まずは、自分の右腕の一部をローラーチェーンに変え、腕があらぬ方向へと曲がるようにする。
そうすることで抑え込んでいた相手の腕の力がトレイシーの関節稼働域を越えた方向へと流れていくようにし、体勢を崩させて胴をガラ空きにさせる。
そこに、すかさず蹴りを加えヴォルフを後ろへと下がらせるとトレイシーは直ぐにリズの後を追った。
幸いにも狼が逃げた先は下り坂であったためトレイシーは自分の靴底を魔法によって一時的に
「一度はボロにされたクセして足掻くな」
手間をかけさせられ苛立ち混じりに呟きながら近づいてくるヴォルフにリズは声を上げた。
「どうして⁉ どうして、そこまで遺跡の〝鍵〟が欲しいのッ」
放たれた疑問に彼女の言葉は続く。
「そうまでして戦争をしたいの⁉」
「……?。なんの話だ」
子供特有の唐突で意図の掴みにくい話にヴォルフは困惑する。
「遺跡の奥にあるものを手に入れたら戦争するんでしょう」
「あー……新技術を戦争に利用したい奴らが居るって話か。別に俺はそんな事には興味ないんだがな」
どうやらヴォルフの目的は違うらしい。
「なら、なんで、この
当然、湧いてくる疑問をトレイシーは口にする。
「移民に奪われたものを取り戻すため……さ!!」
ヴォルフは言葉の終わりと同時に距離を詰めてトレイシーに仕掛ける。
敵の先制攻撃に対して、トレイシーは前腕の表面を
(コイツ、前より魔法の使い方が良くなってないか……?)
一度は勝利した相手であるはずにも関わらず一筋縄でいかない事にヴォルフは違和感を覚える。
(さっきの遺跡の奥にあるものを手に入れた後の話にしたってそうだ。なぜ戦争を目的としてる奴らが居ることを知っていた?)
導き出せる答えは一つ、誰かが入れ知恵をしたからだ。それも、おそらく
ヴォルフの予想は当たっている。
トレイシーがイレネウスに協力した時点で彼は魔法の使い方に助言を与えていた。
鎖としての概念であれば形状を問わないのでは?…と。
結果。多様な構造の鎖も作れるようになり戦いの幅を広げ今に到る。
「上手く魔法を使うようになったじゃねぇかッ! どこでアドバイス貰ったッ!!」
戦いの
少し戦えるようになっただけで調子に乗ってる
その瞬間。ヴォルフの体に細かな傷が無数に生まれ、痛みで短い声が漏れ出ると反射的に後方へと下がった。
「なんだ! この鎖は!!?」
ヴォルフは張り巡らせた剃刀付きローラーチェーンチェーンの姿をそこで始めて目にする。
当然、彼には空気で形成されたその鎖が血に
「ふざけたもん作りやがってッ!!」
そう言いながらもヴォルフは力押しをやめ警戒して二頭の狼を先に
しかし、そこからヴォルフの形勢は悪くなっていく一方であった。
目視し
「クソッ!! 何故だ一度負けた奴にどうしてこんな?!」
思い通りにならないことにヴォルフは不満が噴き出るとトレイシーが答えた。
「当たり前だ、俺は元軍人でお前は研究機関員。今までは魔法の差で押されてたがこうして差が埋まれば元々の実力差がそのまま出るに決まってるだろ」
勝負は着いたと言わんばかりの態度にヴォルフは怒りを
「デテルミナント!
ここにきて彼は魔法の設計図であるデテルミナントに手を加え再度魔法を使用する。
「メッセンジャー・デテルミナント起動ッ!!」
その言葉と共に二重螺旋の光の帯がヴォルフの中に取り込まれると肉体変化を起こし、血管が盛り上がり、筋肉は隆起するだけに留まらず肉が形を変えて鎖骨より上に新しい狼の頭部を形成し始め、筋骨隆々の三つ首の狼男へと変じて雄叫びを上げた。
「より、バケモノじみてきたな……」
先の戦いの傷も無くなり、一回り大きくなった異形の存在を目にしてトレイシーは嫌な汗を流しながらシンプルな感想をもらすとヴォルフは獣の如し脚力で地面を蹴り、道を阻む鎖へと牙と爪を立て強引に切り裂き、食い千切り、痛みなど
眼前に迫る鋭い歯。それを左腕に巻き付けた鎖の束で受け止め致命傷を避ける。
……が、両腕にも頭部にも余裕のある相手などとてもじゃないが対処が追い着かない。
トレイシーは、すぐさま左腕とその付け根を鎖でつないだ形で分離し距離を取るも束の間。ヴォルフが腕と体を繋ぐ鎖に手をかけ引き寄せようとする。
トレイシーは慌てて自分の体と地面を鎖で繋ぎ制止し、次に鷲掴みにされたチェーンを剃刀付きに変化させ、左腕から新しい鎖を精製し増えて伸びた分だけ体側の鎖の輪を減らす。トレイシーは、鎖だけが巻き取られているように錯覚してしまうこの挙動を作り出すことでヴォルフの右手を切り裂さき激痛を走らせた。
「ヴぉォおぉぉオおッ!!!」
叫び声と共に左手は解放され無事に回収されるとトレイシーは体勢を整え再び互いの武器を交錯し合わせた……。
※
あの後、どれだけの時間、戦っていたのだろうか記憶にない。
解ることは闇夜が深まる程の時間が経過したという漠然とした体感と俺が意識を取り戻し始めた頃には体は元に戻り始め互いにズタボロだったということだけだった。
「諦めろ、コレ以上、戦うのなら両脚の腱を切って歩けないようにするぞッ」
目の前に立つ黒い髪と青い瞳の男……トレイシー・ハートウェルは、もう勝った気でいるのか息を切らしながらもそう脅しをかけてきた。
俺はコイツのそういう態度が気に入らねえ……。
自分は正しいと思い込んでいるんだろうが俺から言わせれば幼稚でしかない。
戦争なんて技術のあるなしなんて関係なくどうせ起こる。ソレにも関わらず自分の正義感だけで動いて人の邪魔をする。それが非常に
ヴォルフは心の内で感情を吐き出すと魔導機を起動させようと操作を開始した。
――ッ⁉
そこでヴォルフは違和感に気づいた。
(動かない……ッ⁉)
手元の機械を何度いじっても光の粒を発するだけで正常に機能しなかった。
「故障したな」
トレイシーの言う通りヴォルフの持つ魔導機は不具合を抱え明らかに調子を悪くしていた。
おそらく制御因子を無効化して使用したことで負荷に耐え切れなかったのだろう。
「クソッ!! ふざけるなっ!!」
ヴォルフは叫びながら何度も何度も必死に魔法を行使しようとしたが結果は変わることなく、ただ周囲に光の粒子を撒き散らすだけであった。
これで雌雄は決した……そう思った時だった。
「なに……これは……?」
例の動作不良で生まれた光の粒子が一人の女性の姿を映し出していくことに気づきリズは困惑する。
(あれは……)
ヴォルフはそこに投影された人物が誰なのか知っていた。
「姉さん……」
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