4話 オジロワシ
――小さい頃の俺は出来が悪いクセしてプライドだけは高くて他人からバカにされると直ぐに手を上げては問題ばかり起こしていた。
トレイシーは、
――そんなんだからよく怒られた。親にはバカにされる方が悪いのだと……バカにされないように努力しないのが悪いと言われた。
思いを
――努力はしてみたが集中力は持たないし、理解が追いつかなかった。それでも必死にやれば、まぁ、なんとか人並み程度には出来た。
そんな不出来な自分を捕まえようとする機関員たち。
――それでも周囲の評価が急に変わる事も無くバカに見らえ続けた。
目の前に相手が現れようとも心の中の独白は止まることはなく、魔法を行使していく。
――仕方がない。実際バカだし、バカにされる方が悪いのだから…俺には
鎖が舞い。行く手を阻む者たちを彼は薙ぎ払っていく。
――俺は出来が悪い。出来が悪い人間が生きている意味とはなんなのだろうか…?
そんなものは、きっと無いのだろう。
――俺より他の人の方が出来が良いのだから、俺なんて居なくたって問題なく社会は回るんだから…。
やがて、この虚しさを埋めるにはどうすれば良いのだろうと考えてばかりになった。
「何処だッ? お前たちが
――考えた末に人がやりたがらない事を率先して引き受けるようになった。
そうすることで逆に気を遣われることも多かったが、おおよそ好感は良く、自分より他人を大切にすることで言葉には言い表せない充足感を得ていた。
倒れた相手はトレイシーに問われても何も答えなかった。
――反面、そこまで献身的に生きても無下に扱う人間は醜く愚かで形容しがたい程おぞましく見えたこともあった。
何も喋らないと解るとトレイシーは機関員を鎖で縛り上げて身動きできないように床に転がし先を進んだ。
――それでも、
戦争に行くまでは…。
※
「おい! 例の男が逃げ出したらしいぞ!!」
本来は実験動物を収監するために用意された檻の中でリズ・アイベスフェルトは慌てる研究員たちの声を聞くと、ふと、一緒に連れて来られた彼の姿を思い浮かべ、もしかしたら助けてくれるかもしれないという淡い期待がよぎった。
…が、即座に頭を振って希望を抱くのをやめる。
コレ以上、自分の為に誰かが不幸になって欲しくない。そう思ったのだ。
しかし、自分の願いとは裏腹に、彼はドアを蹴破ってリズの目の前までやってきた。
「どうして…どうして、ソコまでするのッ!」
救いを拒絶する意図を含んだ声色でリズは叫んだ。
「今はゆっくり話してる暇はない、それよりも早く」
「イヤッ!!」
トレイシーが何処からか入手した鍵で檻を開けるもリズは差し出された手を拒んだ。
「アイツらに何か言われたのか? 大丈夫だ俺がなんとかしてやる」
「違う…もう嫌なの…私に優しくしてくれた人はみんな傷ついていく…お父さんもお母さんもそうだった…私と関わった人はみんな不幸になっていく」
顔を隠し
「ここに居たら死んでしまうぞッ」
トレイシーはイレネウスから〝鍵〟になるのは彼女のデテルミナントであり、それの完全解析を行えばリズは死んでしまうと聞かされていた。だからこそ、この説得が一番、手っ取り早いと思い口にした。しかし…。
「いい…このまま誰にも迷惑をかけないのなら…」
自分の命に頓着することなく、他人の迷惑にならないことに執着したままであった。
※
――私は、自分が嫌いだ。人に助けて貰ってばかりで何もできない自分が嫌いだ。
「見てみろリズ。
その声はトレイシーのものではない。リズの記憶の中に居る父親の声だ。
大空を翔るワシを指差す父の姿を思い出すと共に、鳥の鳴き声が蘇る。
すると、他のワシたちが叫びながら寄ってきてたちまち一団をなして飛び去っていってしまった。
アレが一体何だったのかソレを教えるために父は私を連れてワシを追っていく。
「見てごらん」
身を隠して近づいた先にあったのは、十羽ほどのワシが一頭の馬の死骸を
「
「こうやって自然でも互いに助け合いながら生きていくんだ」と父は語った。
「人も同じだ。だからリズも誰かに助けられて貰い、困ってる人を助けて生きていくんだぞ」
優しい父の笑顔を最後に思い出は再生を止め、白く霞んで消えていき悲しくなっていく…。
――お父さん。私はオジロワシのようになれないよ…迷惑ばかりかけるだけで誰も助けられない…役立たずで何の価値もない…。
(だから…せめて…)
「私は平気だから、もう構わないで」
嘘をついた。
※
涙で濡れた偽りの言葉。
助けて欲しいのに言えない本音。
トレイシーは、そこに過去の自分自身の姿を今のリズと重ね合わせた。
(俺と同じだ…)
無価値な自分をどうにかしたくって、他人にばかり気を遣って最後にはドン詰まって救われない気持ちになって自分じゃどうしようもなくなってしまう負の落とし穴にハマって抜け出せなくなってしまうあの感覚…。
「聞いてくれリズ。俺も、他人さえ幸せならそれで良いと思ってた」
だから移民問題の根本的解決になると言われた紛争介入に賛成して軍に入隊した。紛争が終われば移民が減って国の人間は喜ぶし、助けられた国は自由を勝ち取り、不利益は全部、理不尽を強いて来た国が負って、最後には正しい人が誰しも幸せになれると本気で信じていた。
「だけど、違ったんだ」とトレイシーは続ける。
「ヘスペリアでは奴隷が解放されても経済が安定せずに政治は上手くいかずに貧困に喘ぎ、タルメニアではエイグレス帝国からの支配から脱却できたても事実上ノートライヒェが支配し、今も混乱の中にある」
後になって思えば、ノートライヒェ第二帝国がタルメニアの独立を認めなかったのは例の遺跡の件も関わっていたのだろう。だが、今はそれはどうでもいい。重要なのは、その先だ。
「…政治の話なんて解んねえよな。でも…でもな、コレだけは解ってくれ、誰かの幸せだけ願ったって、自分が犠牲になったって誰も幸福になんてしないんだよ」
利他的に生きたところで望んだ結末になどならない。
「なら、アナタはどうして私を助けようとするの?」
再び湧き上がる根本的な疑問。
他者のために生きても誰も幸福にしないと言うのなら、彼女のために動いている彼の行動は矛盾している。
「自分のためだ」
これが? こんなことが自分のため? 納得できない少女にトレイシーは胸を内を
「俺は、後悔しているんだ。戦争に行ったこと、戦争に賛同したことをッ」
奴隷によって生まれた貿易格差の是正。強国の力の削ぎ落し…国の様々な思惑のあった戦い。
「移民問題解決と謳った雇用にあぶれた若者の口減らし、あんなものを指示しなければ良かった。そうすればヘスペリアもタルメニアも余計に混乱せずに済んだんだ! 人だって今より死なずに済んだはずだ!」
今でも思い出す。希望をもたらしてくれると信じて歓迎してくれた人々が自由と幸福も得られずに失望した様を。
「あれ以来、ずっと罪を償いたかったんだ…」
もちろん戦争は自分一人のせいでは無い。だけど無実でもない。そのことがいつまでも引っかかっていた。
「移民達に寄り添う真似をし続けたのは、気持ちが楽だったからだ……これは俺の自己満足だ…」
だから…。
「だから、俺に君を助けさてくれ。俺の心を救ってくれ…」
――ああ、そうか…この人も私と同じなんだ。救われたいんだ。
過去に神父さんが言った言葉の意味がようやく理解できると納得がいった。
その時、私はようやくこの人の手を取りたいと思った。
何もできない私を救ってくれる優しい
自分が救済されることで彼が救われることを願い私は手を握った。
父のように温かい大きな手を…。
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