2話 移民を嫌う者

 教会にリズを預けた後、トレイシーは平屋アパートに帰宅し、シャワーを浴びて適当に食事を済ませ、ベットで眠りついた。


 するとまぶたの奥で白昼の青い空が砲煙によってどんどんと白く濁らされていく風景が広がっていった。


 夢だ…記憶の中にある戦争の映像を頭の中で見せられながらボンヤリとそう感じた。


 草原に横一列で並ぶ戦車が絶え間なく白煙を上げ古びた石造りの家々を破壊していき、砲弾が建物の壁を撃ち抜く。


 兵士しか居ない町に粉塵が舞い、打ち合いの中で無線のやり取りが行われ支援砲撃を要請するも無残にも死んでいく仲間たちと共に倒れるまだ31歳だった自分の姿を今の自分が見下ろしていた…。


 あの時、タルメニアで戦っていたのは、本当に何の為だったのだろうか…そう、疑問が残ってやまなかった。


  ※


 やわらかな日差しが街を照らし、鳥たちがさえずり始める朝。リズは礼拝者宿舎のダイニングでパンとスープを頂いていた。


 すると少女と同じくタルメニア人の女性が前の席に座って挨拶してきた。


「おはよう。新入りさん。よく寝られた?」


「はい、おはようございます。おかげさまで良く寝れました」


「そうかい。それじゃあご飯の後に顔を洗って宿舎の掃除を手伝ってよ。あ、私はエミー。よろしくね」


 30代ほどの活発そうな彼女に挨拶を返すと今度は要件を伝えられ続けて自己紹介を交わす。


 そうして、流れるようにエミーと共に掃除や洗濯をすることになっていった。



 朝の澄んだ空気に濡れたシーツ広げられると張りつめられた縄へ布はかけらていき木の板に切れ目の入った昔ながらの洗濯バサミで繋ぎ止められ庭へと干されていった。


「良い天気だね。キレイに干してくれたからきっとよく乾くよ」


 ラザロ神父は洗い物を終えた二人に声を掛かけ挨拶を交わすとリズは率先して手伝いを申し出た。

 

「はは、そんなにかしこまらくても良いんだよ」


 ラザロ神父は優しく微笑みながらリズを気遣ったが彼女は収まりがつかなそうにするのでエミーは言った。


「感謝の気持ちを態度で示したのは解るよ。私もこの国に来たときはそうだったし。でも、ほどほどで良いんだよ」


 それは移民として仕事を一生懸命にやって失敗した経験測からくる言葉だったのだろう。


「まぁ、それでも恩返ししたいってなら早く手に職つけて生活安定させるのが一番の恩返しだろうね」


「そうは言っても、その歳じゃ直ぐには仕事は見つからないだろうから、しばらくは教会ウチの手伝いだろうけどね」


 エミーの考え通りにしたいところだが、そうもいかないとラザロ神父に指摘されるとリズは再び感謝のやり場を失ってしまった。


「…そうだ。教会の長椅子でも拭いておいてもらおうかな」


 神父は思い出したように頼むとリズは喜んで仕事を引き受けて雑巾を取りに行った。


「良い子だねえ」


 リズの後ろ姿を見ながらラザロ神父は言うとリズの今後を考えエミーと相談を始める。


「う~ん、そうだね。私が午後の仕事に出かけたら、あの子にできそうな仕事も探してみようか」


 移民への偏見と差別の渦巻く社会の中で数少ない優しい世界。そんな平凡な空気の中、一人の男が教会の庭へと足を踏み入れ二人に問いかけてきた。


「ここにタルメニア人の少女は居るか?」…と。


  ※


「やあ、新入りさん」


 リズが教会内に入ると脚立の上で作業してる若い男性に声を掛けられた。


「おはようございます。何をしてるんですか?」


「給油だよ。ここの教会のランプは古いからねガス式じゃないんだ」


 二人はそんな他愛のない会話をしながらリズは長椅子を拭き始めると教会のドアがゆっくりと開かれラザロ神父が左腕を抑えながら入ってきた。


「リズ…逃げなさい」


 額から流れた血で汚した顔をリズに向けると開ききっていなかった両開きの入り口が勢いよく開かれ狼のように荒々しい男と半透明の狼に引きずられた血まみれのエミーが教会内に入ってきた。


 その光景に二人は目を見開きリズは叫び若い男は狼のような男に殴り掛かろうとするが返り討ちに合い、首を掴まれる。


「お前も移民か…? わかりずれぇけど移民だな」


 移民と解ると締め付ける力を強めていき若人わこうどは呼吸に不自由しながらなりながら苦痛の声を出すとリズが叫んだ。


「やめてっ!!」


 狼のような男は大声に意識が反れると黒色こくしょくの肌とオッドアイが特徴的な少女の姿を目にする。


「どうしてこんな酷いことするの⁉」


 叫び続ける彼女に男は言った。


「どうして…? そりゃこいつらが移民だからだよ」


 さもあらんとした態度で男は話す。


「こいつらはネズミと同じだ。どっからか勝手に入り込んで人様の物を盗んでは疫病のように人様に不幸を撒き散らかす」


 その瞬間、首を絞められ意識を失った男が床に崩れ落ちた。


「害獣さ」


 そこからさらに蹴りを入れ男は悪態を続けた。


「にも関わらず。移民の味方をするなんて、バカな神父だ」


 教会のトビラを開いた勢いのせいで倒れていた神父を見下ろす彼にリズは声を振り絞る。


「そんなのおかしい!!」


 目の前の男が怖い足も震える。それでもリズは言った。


「だって…悪いのは国や経営者なんでしょ!? 真面目に働く移民たちの何が悪いって言うの!!?」


 浅知恵である。


 聞いてる方が呆れてため息が出るほど浅学であった。


「お前は、連れて来られただけだからわかんねぇのは仕方がねぇか…まぁそんな事よりも」


 男はゆっくりと歩み出し、半透明の狼は少女の逃げ場を無くすように回り込んだ。


「ついて来てもらうか。俺たちの組織に…」


「いやっ!!」


 リズは腕を掴まれ激しく抵抗していると突然、男の頬に拳が叩き込まれ、そのまま勢いで掴んでいた手を放し祭壇側へと体勢を崩した。


 少女の悲しみに救いの手を差し伸べる者。黒い髪に青い瞳…トレイシー・ハートウェルの姿を確認にすると男は直ぐに報告のあった人物だと確信した。


「いきなり随分なあいさつだなぁ」


「よく言うぜ、こんだけ暴れておいて」


 言い返すトレイシーはそのまま疑問を投げかける。なんだって、このに固執するのか…と。


「むしろコッチが聞きたいんだがな。なんだってソイツを庇う? お前に何の関係がある?」


「…タルメニアには少し悪いことをしてね」


 そんな二人の会話の最中、リズは後ろに居るエミー達を心配して駆け寄り手をかざす。


「は、本当にただの部外者かよ」


 男が失笑すると淡い光がトレイシーの後ろから発せられてきた。


「これは…⁉」


 その場に居た者たちが一同に傷ついた者たちを癒すリズの力をの当たりにする。


 それはまごうごとなき魔法の力であった。


 しかし、なぜ彼女がその力を持っているのか? 様々な疑問が湧き上がる。


 そう、彼女を狙う彼以外は…


「ヴァーフォールガング」


 よそ事に気を取られて隙だらけになったトレイシーは牙を向けられ咄嗟に左腕を狼に差し出し突き立ててくる歯と爪を受け止めた。


「へえ、銃弾も効かないってのは本当のようだな」


 聞かされた事実通りにトレイシーの体は頑丈で傷一つ負うことなかった。


「だがな…」


 男の笑みに合わせるようにトレイシーの袖が腐り始め牙が腕に喰い込み始める。


「ぐっ…!!」


 痛みが走り始めると腕を動かし長椅子に狼を叩きつけ振りほどく。


「そら、もういっちょ」


 男が手に持った懐中時計のような機械を操作すると新たに狼を作り出されトレイシーは苦戦を強いられる。


「どうした。どうした。体を硬くすることしかできねぇのか!」


 次の瞬間。連なる鉄の輪がトレイシーの腕とその付け根から生えるように伸び一匹の狼の首に巻きついた。


「うおおおお!!」


 力を振り絞るための叫声おらびごえを上げ、鎖に絡み取られた狼を空中に持ち上げて、もう一匹の獣の上に叩きつけると二匹は動かなくなりやがて光の粒子になって消えていく。


「自分の体を鎖に変える…それがお前の魔法か」


 男は不利になったという様子もなく冷静に相手の能力を理解し次の狼を作り出しながらそう言うと二人の攻防が続く。


 爪をたて。鎖が舞い。鋭い歯が食いちぎり、チェーンが外れては新たに作られる鉄の輪によって繋ぎ直されると一頭の狼が突如、後方の負傷者へと牙を向けトレイシーは防戦を強いられる。


「ハハッ! 大変だなそんな奴らまで守って!」


 男は調子づいて舌が回り始める。


「なんだって移民まで庇う? どうせソイツらはいつかこの国の技術を持ち去って居なくなるんだぜ。そんな奴らの味方をして何になる?」


 心を折ろうとする否定の言葉にトレイシーは反論する。


「移民が、この国から移住するのは、努力しても疎まれ認めらないからだ。技術を持っていても軽んじるから見限られる」


 悪いのは、あくまで自国の民であり、国であり、経営者なのだ。


 だが…。


「そんなものは関係ない。待遇を良くしたところで居座り続けて俺たちの仕事を奪うだけだ。居るだけで悪害なんだよ移民ってのは!」


 反論と共にトレイシーは敵の攻勢に押され勝敗は決したかのように見えたその時。


 狼たちが動きを止める。


「…っ⁉ なに?!…がっ!!」


 気づくと男も身動きを封じられていた。


「この感触…鎖か⁉」


「ああ、そうだ空気を鎖にしたんだよ」


「空気を…だと⁉」


「俺の魔法はなんでも鎖に出来ちまう。もちろん実体のないものだろうとちゃんと鎖として機能するようしてな」


 トレイシーが語るも男は納得できなかった。


(バカなっ! 魔導機を操作している暇など無かったハズだ⁉ 魔法を使用するには魔導機が絶対必要だ。あのガキのように例外でない限り…!)


「さて…捕らえたは良いが、どうするか」


 トレイシーは相手の抱いた疑問など露知らず、今後について思考する。


「得意気になってるとこ悪いが、お前に隠し玉があったように俺にもまだ手は残ってるんだぜ」


 不敵に笑う姿にトレイシーは視認しづらい空気の鎖を引っ張り脅しをかけた。


「おい、変な動きをするなよ。見えないだろうが首にかけてる鎖をコッチは絞め上げることだって出来るんだからな」


「ご自由に」


 自信たっぷりの顔に煽ってくる彼にトレイシーは慌てて鎖を引っ張った。…が。


「メッセンジャー・デテルミナント起動」


 手にした懐中時計のような機械…魔導機が起動し、そこから二重螺旋構造の光の帯が伸びて男の体へと取り込まれていった。

 すると、手足は筋肉質になり体毛に牙を伸ばして鎖を破壊していく。


 伝説上に登場する狼男の風貌と雄叫びに一瞬で場の空気は変動し気圧けおされていると、いつの間にか間合いを詰められ渾身の一撃を貰う。


 痛みに悶えながら、反撃を試みようと動くも尽く潰されボロ雑巾のように無残にされていく姿にリズは悲鳴すら上げらずに涙を流し崩れ落ちる。


「ようやく静かになったか。まだ死ぬなよ。お前には調べておきたいことが出来たからな」


 そう言ってトレイシーを担ぐと狼男はリズの方へ足を向ける。


「おい、ガキ、今度こそついて来てもらおうか」


「………一つお願いがあります」


 リズは俯きながら答えた。


「大人しくついていくので、コレ以上みんなに酷いことをしないで」


「…こいつらが邪魔しないならそうしたって良いぜ」


 男は抗う気力を失った少女の要求に応じると最後に神父に言った。


「これに懲りたら、もう移民なんて庇おうなんて思うなよ。それとソコで転がってる移民どもが起きたらサッサッとこの国ノートライヒェから出ていけと言っとけ」


 ラザロ神父は苦悶の表情だけを見せ何も言わなかったが、それで十分だと思ったのか男は人の姿に戻りながら教会を後にした……。

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