第46話 絶望の幕開け

 教室の前で二葉に呼び止められた千秋と小春。その二人に対し二葉はゆっくりと口を開いて言葉を続けた。


「世薙お姉様が千祟先輩に用事があるそうです・・・すぐに向かうから屋上で少し待っていてほしいと・・・・・・」


「また? アイツは暇なのかしらね?」


「ど、どうでしょう・・・ともかく、そういうことなので・・・・・・」


 要件を伝えた二葉は逃げるように去り、千秋はため息をつきながら鞄を教室に戻す。世薙はなるべくなら会いたくない相手なのだが呼び出されて無視することはできない。そんなことをしたら後でまた因縁をつけてくるのは目に見えているからだ。


「小春は待っていて。すぐに戻ってくるから」


「うん、分かった」


 世薙と小春を会わせたくない千秋は、以前のように小春は教室で待機するように言う。


「まったく何なのかしら・・・・・・」


 せっかくこれから小春と楽しい夏休みについて計画でも立てようか考えていたのに、それを邪魔されて千秋は一気に不機嫌になっていた。世薙の話の内容は知らないが、さっさと終わらせて一刻も早く小春に癒されようと考えながら屋上を目指す。






 教室にて一人で千秋を待っている小春は何者かの気配を感じて入口に視線を向ける。それが千秋なら良かったのだが・・・・・・


「あれ・・・界同会長、どうしてここに・・・?」


 入口に立つのは界同世薙その人だ。千秋と屋上で待ち合わせているハズなのに何故教室へとやって来たのだろうか。


「千秋ちゃんならさっき屋上に向かいましたよ?」


「知っていますわ。それでいいのです」


「えっ? それはどういう?」


「用事があるのはアナタだからですよ」


 不気味な笑みと共に世薙が小春の近くに寄る。しかし千秋にも言われた通り、世薙には関わるべきではないという本能的な警戒感があって小春は窓際まで後ずさった。


「まあそう邪険にしないでくださいな。わたくしはアナタに是非協力してほしいんですのよ?」


「協力?」


「ええ。アナタの・・・いやフェイバーブラッドにね」


「それは・・・二葉ちゃんから聞いたんですか?」


「まあそういう事ですわ」


 できれば世薙に言わないでほしかったが、そもそも口止めをしなかったので二葉のせいではない。

 しかしフェイバーブラッドのことを世薙に知られたのはマズいことだ。彼女は自分の目的のために他者を利用しようとするし、なら吸血姫にとって恵みの血であるフェイバーブラッド持ちの小春をも利用するべくここに来たのかもしれない。


「単刀直入に言いますわ。わたくしに付いてきなさい、赤時小春」


「それはできません」


「千祟千秋に言われているからですか?」


「それもありますがアナタは私の血をどうしようと言うんです?」


「ふふふ・・・わたくしならフェイバーブラッドを有効に活用できる・・・そう、界同世薙なら他の吸血姫には思い浮かばないような使い方すらできますわ」


 フワッとした夢を語る若者は多いが界同世薙の話す内容はその顕著な例と言えよう。何をどう有効に使うのか具体的な提示は一切なく、ただフェイバーブラッドを欲しているだけなのだろう。


「私は千秋ちゃんのお手伝いで手一杯ですから、お断りします」


「ほう・・・そう言うとは思っていましたが本当によろしいのですか?」


 世薙はスマートフォンを取り出してフォルダに保存された写真を突きつけてきた。


「これは・・・?」


 そこに写っていたのは千秋が刀を用いて傀儡吸血姫を突き刺している場面であった。恐らくは廃旅館での戦闘中に撮影されたものなのだろう。


「ショッキングな写真ですわよねぇ・・・何故なら千祟千秋がヒトを刺している場面なのですから」


「これは傀儡吸血姫で人じゃあ・・・」


「誰がそんな事を信じますの? これを警察にもっていったりネットに流したり、後は学校中に張り出すという手もありますわよ?」


「そんな事をしたって真面目に取り合ってくれる人なんて・・・」


「そうでしょうかね? 今はすぐに炎上する時代ですし、千祟千秋の個人情報をセットにしてネットに流せば面白いことになるかもしれません。それにわたくしも吸血姫なのですから催眠術を使えますわ。この写真と催眠術を組み合わせて先生方に広めるのもいいですわよね」


「卑劣なことを・・・!」


 世薙の脅しは机上の空論に過ぎない。例えこの写真をネットに流しても有象無象のデタラメ写真のような扱いを受けて終わりだろう。しかし万が一大事になれば千秋への悪影響はどれほどになるか分からない。

 それに学校中に撒かれたら変な目で見られるようになって学校生活に支障が出る。それこそ催眠術で対抗する手もあるが、世薙も更なる手を講じてくるはずだ。


「つまり、私が協力しなければ千秋ちゃんを貶めることを厭わないってことですね?」


「ふふ、理解の速い方は好きですわよ。この写真に限らず、千祟千秋にあらゆる嫌がらせをする準備がわたくしにはあります。千祟千秋の親友であるアナタなら、それを阻止したいと思いますわよね?」


「くっ・・・!」


 どちらにせよ世薙の言う通りにするしかないのだろう。

 小春はどうにか解決する手段はないかと模索するが、焦れた世薙は別のアプローチをしてきた。


「時間が無いのでアナタの自由意思は無視させてもらいますわ」


「たとえ私を無理に引き込んでも、きっと千秋ちゃんにボコボコにされますよ!」


「どうでしょうか。わたくしは・・・いや、わたしはヤツをも超える吸血姫なのだよ。なあ宝条?」


 態度を更に強気にした世薙は宝条という聞きなれない人名に問いかけた。

 直後、窓から見知らぬ吸血姫が教室へと侵入し世薙の隣に立つ。


「まっ、フェイバーブラッドさえありゃあ可能かもな。てかそうなってくれると私も助かる」


「アナタは・・・?」


「宝条ってんだ。宜しくな赤時小春。ったく、出番までベランダに隠れているのも大変だったぜ。なんせ暑いからさぁ・・・・・・」


 真夏にフード付の厚手のパーカーを着ていればそりゃ暑いだろう。今そんな格好をしているのは減量中のボクサーか、あるいは真正のバカだけだ。


「いやしかし面白かったぜ。お前の学校での口調は」


「そりゃあ世を忍ぶ仮の姿だからな。普段とは違くしておかないと」


「にしても”ですわ”なんてイマドキ誰も使わねえよ。レジーナ」


 レジーナという名前に小春は反応する。秋穂に聞いた限りでは黒幕のような存在だ。


「レジーナって・・・・・・」


「ん? わたしの名だ。界同世薙こそ本名であるが、吸血姫としての活動名はレジーナなのだよ」


「まさか、そんな・・・・・・」


「吸血姫の女王として君臨する者の名だから憶えておいて損は無い。ともかく話は終わりだ」


 界同世薙・・・レジーナはそう言って小春の腹部に拳を叩きこんだ。


「あうっ・・・!」


 強烈な痛みに襲われ小春の意識は遠のく。最初に傀儡吸血姫に捕まった時と同じようにして、再び小春は敵の手に落ちてしまった。


「宝条、コイツを運べ」


「え? 面倒だなぁ」


「いいから早くしろ。千祟千秋が戻ってくるかもしれない」


「それはレジーナの話が長かったからでしょ。てかすぐに攫えばいいのに、延々と語り続けるんだもんな。アホなの?」


「うるさいな。こうやって脅して相手の反応を見るのがわたしの楽しみなのだ。それを邪魔する権利は貴様には無い」


「そいつぁ御大層な趣味なこって」


 かくいう宝条も楽しんでいたので人のことはいえないのだが。

 ため息交じりに宝条は小春を担ぎ上げて窓から外へと飛び出し、屋上にいる千秋に見つからないよう影に身を隠しながら学校から去って行く。


「赤時小春はわたしが貰っていく。悔しかったらわたしを追って来い、千祟千秋・・・・・・」


 レジーナは勝利を確信したように学校を振り向き、小さく呟く。

 この時、千秋との待ち合わせ場所に行ってアリバイ作りをしておけば、多少の疑いをもたれても小春の失踪と自分は無関係だと主張することもできたはずだ。しかし千秋との対決を望んでいたことと、フェイバーブラッドを手に入れたという高揚感のせいでソレを思いつかなかった。これは本来慎重な性格のレジーナらしからぬミスであり、吸血姫とはいえ感情を持つ生命体ゆえに合理性を欠いたのは致し方ないのだ。

 とはいえアドバンテージはレジーナにある。この差は絶対的なものだった。






 十数分の間待ち続けた千秋だが、いい加減に待ちくたびれて教室へと戻ることにした。人を呼び出しておいてどういう了見だと憤慨するが、そもそも界同世薙をマトモな感性の持ち主だとは思っていないので、千秋は異常者を相手にする苦労を痛感しながら小春の姿を探す。


「あれ・・・小春はどこに?」


 教室の中には小春と千秋の鞄が残されているが小春本人は見当たらない。トイレにでも行っているのかと待つが、しかし数分経っても戻ってこなかった。


「なんだろう・・・何かイヤな予感がする・・・・・・」


 スマートフォンを取り出して小春にコールするが留守番サービスに繋がるだけで小春は出ない。

 いよいよ小春の身に何か起きたのかもしれないと千秋は焦り、ひとまず校舎内を捜索することにした。



  -続く-








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