第45話 悪夢の足音
平子の殺意の籠った一撃から身を挺して千秋を庇った二葉。腹部に大穴が穿たれて、再生が始まっているのだが血はまだ止まっていない。
「マズいわね・・・再生が追い付いていないわ。このままでは・・・・・・」
「となれば打てる手は打つしかない! 私の血を!」
小春は首筋を二葉に近づけて吸血を促す。これによってフェイバーブラッド持ちだということが二葉に分かってしまうわけだが躊躇している場合ではなかった。
「さあ早く!」
「あ、ありがとうございます・・・赤時先輩・・・・・・」
弱弱しいながらも意識が残っている二葉は小春の首筋に噛みつき、少しづつではあるが血を吸い出していく。
フェイバーブラッドの効果はすぐに表れ大きな傷口は急速に再生されていき、二葉の朦朧としていた意識も戻って目に生気が宿った。
「アッという間に元気に・・・これはもしかしてフェイバーブラッド、ですか?」
「そうだよ。これも千秋ちゃん達に協力している理由なんだ」
「なるほど・・・・・・」
噂に聞いていたフェイバーブラッドを味わった二葉は驚いているようだ。吸血姫にとって恵みの血であるフェイバーブラッドは希少で、その価値はどんな宝石よりも高いと言われるほどであり、それを目の前にすれば言葉も失っても仕方ない。
「助けてもらって感謝しているわ。本当にありがとう、二葉さん」
「あ、いえ・・・体が勝手に動いたんです。きっと千祟先輩や赤時先輩の影響だと思います」
「そう・・・でもそれはアナタの中の勇気がさせたことよ。アナタには吸血姫としての素晴らしい素質がある証拠ね」
「わたしにはそんな・・・・・・」
謙遜気味に二葉は首を振りお腹の確認をする。もう完全に傷口は無くなって綺麗な肌が形成されていた。しかし服までは戻らないので血まみれで大胆な露出をした変人にしか見えないが。
「ちょっと皆さんねェ! まだ戦闘は終わっていないんですケドねェ!!」
すっかり忘れていたが愛佳はまだ傀儡吸血姫の残党と刃を交えていた。たった一人で複数の敵を相手取っていたので疲弊しているらしい。
「おっといけね。アタシが援護してやるか」
朱音はちょっと待っててと愛佳に叫び階段を駆け上って行った。残りの敵はそう多くはないので朱音の参戦で間もなく終戦するだろう。
「わたしでも役に立てたんだ・・・・・・」
フェイバーブラッドの効果もあるのか二葉は気分が高揚している。自分が役に立って褒められたのも嬉しかったし、死にかけたことで自分は確かに生きているという感覚があったからでもあった。これまでの人生を鬱屈と過ごしてきた二葉だからこそ、そう感じたのだろう。
時を同じくして、千秋達と冥姫達による激戦が繰り広げられていた建築中のビルを監視する者がいた。電波塔の上部にて佇むその人影は漆黒のローブのような衣類に身を包み、しかも奇怪な仮面で顔を覆っている。こんな気味の悪い格好で出歩くのはレジーナしかおらず、正体を隠すための装束らしいが逆に目立つのではないだろうか。
「まあ結果は分かり切っていたことだがな・・・しかしどいつも役に立たないな本当に・・・・・・」
ビルとは距離が離れているのだが戦況の推移はよく視えているらしい。さすがに吸血姫でも視認するのは困難であるはずだが、レジーナの被る仮面には望遠装備でもあるのか。
「だが興味深い・・・試す価値はあるか」
ここには一人しかいないので完全な独り言である。格好も相まってただのイタい中学生のようで、彼女の共犯者である宝条も内心バカにしているのだが口にはしていない。
戦いの経緯を見終わったレジーナは上ってきた時と同じようにハシゴを使って地上へと降りていく。なんともマヌケに見えるが翼などの飛行装置は無いので仕方がないのだ。
愛佳と朱音が残った傀儡吸血姫を殲滅し、千秋達は解散して帰宅することとなった。しかし二葉は家へは向かわず、閉鎖された劇場へと足を運んだ。ここはレジーナが根城としている新拠点なのだが・・・・・・
「待っていたぞ」
無人のエントランスを突っ切り、扉を開いて劇場内に入った二葉をレジーナが出迎える。中には宝条も居て舞台上に置かれた演劇セットの椅子に腰かけていた。
「あの・・・あの・・・・・・」
二葉はレジーナの後を追い恐る恐るという感じに舞台上に上がる。
「さて、聞かせてもらおうか・・・・・・」
「えっと・・・大した成果はありません。千祟先輩が凶禍術を使って敵を倒して・・・」
「そんなことを訊きたいのではない。わたしが知りたいのはな、赤時小春というヤツについてだ」
「あ、赤時先輩の?」
「そうだ。オマエは負傷した後、赤時小春に血を貰っていただろう?」
あの戦いを見ていたのかと二葉は縮こまる。
実は二葉はレジーナと宝条の手下であり、彼女達の命令で千秋達に同行して戦い方などを観察していた。だが二葉だけでは不安だったので今回はレジーナも遠くから見ていたのだ。
「結構な負傷であったはずだが、それでも赤時小春の血を貰い受けた途端に回復していたな?」
「そ、それは・・・・・・」
「例え血を吸ってもあれだけの傷を再生するには時間がかかる。なのに瞬時に元通りになり、立ち上がることすらもできていた。この事から推測できる・・・赤時小春はフェイバーブラッド持ちなのだな?」
「あの、その・・・」
「どうなのかと訊いている!!」
レジーナは苛立って目の前の二葉に怒鳴る。それに恐怖した二葉は身を震わせて小さく頷いた。
「最初からそうやってちゃんと答えればいいのだ!! このクズめが!!」
「あうっ・・・!」
怒りを乗せたレジーナの拳が二葉の頬を打った。殴り飛ばされた二葉は舞台上に転がり目には涙を浮かべている。
「まったく本当に何をやらせてもダメだなオマエは。どうしてそうも役立たずなのだ? 生きていて恥ずかしいレベルだぞ」
「ごめんなさいごめんなさい・・・!」
「それにオマエが負傷した原因だが千祟千秋を庇っての事だったな? あのままヤツが死ねばそれで良かったのに余計な邪魔をして! 我々が命を狙うターゲットを助けて嫌がらせか!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
うずくまる二葉はただ謝ることしかできない。まるで親から虐待を受けているような光景だが、宝条は冷たい視線で二葉を見下していた。
「マジでコイツ使えねぇな。しかも見ていてイライラすんだよ」
宝条は二葉の頭を踏みつけて力を籠める。
「や、めて・・・!」
「頼み事の仕方がなってねぇなあ! やめてくださいって敬語も使えねぇのかテメェはよぉ!!」
「痛っ・・・・・・」
足をフルスイングして二葉を蹴りつけ、二葉は舞台下へと落下した。本気に近い蹴りであったため骨にヒビが入るか最悪折れているだろう。吸血姫の生命力と再生能力なら回復できるとはいえ、痛みは消せずに呻くが誰も助けはしない。
「フェイバーブラッドか・・・フフフ・・・灯台下暗しだな」
「早速手に入れようぜ。神秘の血とも言われるわけだし早く飲んでみたい」
「慌てるな。赤時小春には千祟千秋が付いている。ヤツらは一緒に暮らしているし、攫うにも容易ではないだろう」
「じゃあどうすんのレジーナ?」
「わたしにイイ考えがある。ヤツらを引き離し赤時小春を孤立させられる可能性がな」
「ほーん。じゃあその考えでやってみよう。今回ばかりは私も動く」
ニート気質と言ってもいい宝条が行動を起こすのだから驚きだが、それほどフェイバーブラッドは貴重で手に入れたい代物なのだ。
レジーナは仮面の奥で邪悪な笑みを浮かべ、その時が来るのを心待ちにしていた・・・・・・
テスト返却期間も終わって遂に終業式の日を迎えた千秋達。明日からは待望の夏休みが始まり、千秋もいつもより高揚しているようだった。
「夏休み前日って一番ワクワクする日よね」
「たしかに。いざ休みが始まっちゃうと一瞬にして終わっちゃうもんね。それにしても・・・ふふふふ」
「どうしたの?」
「千秋ちゃんの口からワクワクって言葉を聞きなれなくて、ちょっと面白かった」
「も、もう!」
千秋が顔を赤くしているのは暑さのせいではない。小春が両手を口に当てて可愛らしく笑っているのにつられ自然と千秋も頬が緩む。
「まったく平和ねアンタ達は」
「あら神木さん、一緒に帰る?」
「いや、あたしはこれからトレーニングだから先に帰るわ」
「本当に真面目なヒトねアナタは」
「太陽が出ている内に体を鍛えておくのが巫女のやり方よ」
日光を浴びている間は巫女はパワーアップした状態となり、トレーニングも効率的に行える。なので愛佳は昼間に鍛えているらしく、夏休みに入るタイミングでも自己鍛錬を忘れない。
「いい? 正義の味方に休みはないのよ」
「性技ならアタシに任せろ」
「相田朱音、今度余計な事をホザいたら口を縫い合わすわよ」
「神木さんキツいや・・・・・・」
じゃあねと愛佳は教室を後にし、見送った朱音も鞄を背負う。
「アタシもこの後デートがあるから帰るわ」
「むしろデートする以外にやる事があるのかしら?」
「いやないね。今日の相手はOLのお姉さんでさぁ・・・」
「別に興味ないけれど」
「そう・・・そんじゃあまた。どうせ過激派狩りで会うしな」
ヒラヒラと手を振りながら、朱音はステップを踏むように混み合う下駄箱へと消えていく。教室に残っている人も少なく千秋と小春も帰宅することにした。
「あの、先輩・・・・・・」
しかし廊下に出た時、背後から二葉に声をかけられて立ち止まる。二葉はいつもよりおどおどして千秋はその様子が気になるが、何か伝えたいことがあるらしいと二葉の言葉を待った。
-続く-
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