第47話 暗闇の中で

 夏の夕暮れ、ヒトならざる存在が千祟家に集まっていた。皆一様に深刻な顔をして、特に千秋は怒りや悲しみなどが入り混じった形容しがたい表情で俯いている。


「・・・思い当たるところに赤時小春は居なかったわね。これは千祟千秋の言う通り、界同世薙が連れ去ったとみて間違いないでしょうね。しかも妹の二葉にも連絡がつかないとなれば・・・・・・」


 千秋は愛佳達に助けを求め、駆け付けた彼女達も小春の捜索に当たったのだが、小春の姿を見つけることはできなかった。こうなれば千秋を呼び出した世薙を怪しむのは当然であり、二葉も音信不通となれば裏切ったと考えるべきだろう。


「その界同世薙という吸血姫の家には行ったの、千秋ちゃん?」


「行ったわ。中にも突入したけど、もぬけの殻だった・・・・・・」


「そう・・・・・・」


 職場から抜け出してきた美広も落胆して肩を落とす。血は繋がっていないが小春はもはや娘のような存在であり心配で仕方がない。


「遅くなりました・・・・・・」


 ガラッと玄関が開き、すたすたと入ってきたのは秋穂だ。彼女もまた小春が心配で病院から戻って来たのである。


「秋穂、真広ママは?」


「お母様は早坂さんが病院外に連れ出して匿っています。もし界同世薙がレジーナと繋がっていてフェイバーブラッドを手に入れたとしたら、再びお母様が狙われる可能性があるので、念のため」


「秋穂の話ではレジーナは私達千祟家に何かしら執着があるようだし、それが懸命よね。秋穂もひとまずこの家にいなさい。一人では危険だから」


「はい、そうします」


 実際にはレジーナのメインターゲットは千秋であるのだが、彼女は千祟家そのものに因縁をもっている。なので意識のない真広を隠して秋穂を呼び戻すという選択は正解だろう。


「とりあえず私はまた街中を捜索してみるわ。アテが無いとはいえジッとしていられないから・・・・・・」


「アタシも行くぞ。赤時さんが心配なのはちーちと同じだし、何かしら手がかりが得られる可能性があるしさ」


 朱音は立ち上がり自分の拳を打ち付ける。普段はおちゃらけた性格の朱音だが人一倍仲間想いでもあり、こういう時には協力を惜しまない。


「ふん、あたしも行くわよ。過激派吸血姫に好き放題を許すわけにはいかないわ。なんせあたしは正義の味方の巫女なんだから!」


「ありがとう、神木さん」


「感謝なんていいのよ。こんだけ一緒に戦ってきたんだもの、もう仲間でしょ? その仲間のピンチとあらば手を貸すのは当然よ」


 出会った最初の頃、愛佳は千秋を倒そうとしていたのだが今の愛佳にその時の面影はない。全ての吸血姫を討伐するべき対象として見ていた彼女も千秋達と関わる中で考えを変えていき、ついには仲間として認める程に達していた。


「待っていて小春・・・必ず助け出すから」


 どこにいるかも分からない大切なパートナーにそう誓い、千秋は再び街へと繰り出していく・・・・・・






 一方、誘拐された小春はレジーナのアジトへと連れ込まれていた。


「ここは・・・・・・」


 気絶していた小春は目を覚まし周囲の様子を窺う。以前傀儡吸血姫に攫われた時と似た状況に置かれているわけだが、今回はそう簡単に抜け出せそうにはない。何故なら手首には手錠に似た拘束具を付けられていて、足にも鎖が繋げられて部屋の壁に打ち付けられているからだ。


「どうしよう・・・千秋ちゃん・・・・・・」

 

 敵は明確に小春を狙っていて、それはフェイバーブラッドを持っているからである。恐らく命を取られるようなことにはならないだろうが、しかし安堵などできない。あのレジーナにフェイバーブラッドが行き渡ってしまったら、きっとよからぬ事にその力を使おうとするはずだからだ。


「お目覚めか?」


「・・・誰?」


 扉が開き、薄暗い部屋に差し込んだ光が来訪者のシルエットを浮かび上がらせる。しかし、その姿に見覚えが無いなと小春は怪訝そうに正体を見極めようとしていた。


「わたしだ。レジーナだ」


 仮面を外し素顔を晒す。と、現れたのは間違いなく界同世薙ことレジーナで、コスプレのような格好に小春は眉をひそめる。


「なんなんです、その格好は?」


「普段は個人情報秘匿のためにこうして顔を隠している。おかげでレジーナが界同世薙だと知る者はほとんどいない。貴様と宝条、そして千祟真広くらいだろうな」


「皆にバラしますから!」


「脅しか? だがそんな事ができるかな?」


 こうも囚われていては何もできない。薄ら笑いを浮かべるレジーナに対抗する手段は無く、千秋達の助けを待つしか今の小春にはできなかった。


「素直に協力してくれれば、こんな扱いをされずに済んだのにな?」


「最初から無理矢理連れ去るつもりだったクセに! だから千秋ちゃんと別行動するよう仕向けたんでしょ!」


「まあな。言ったろう? わたしは他者を信用も信頼もしないと。つまりだな、こうして支配し力で押さえつけて従えさせるのがベストなのだよ」


「だから秋穂ちゃんにも逃げられるんでしょう? 人を道具として使うことしか考えられないアナタを誰が好きになるもんか!」


 強い剣幕で吐き捨てる小春だが、次の瞬間、レジーナの平手が小春の頬をパンと打った。


「うっ・・・・・・」


「言わせておけば、小娘が!」


「小娘って・・・同じでしょ歳は!」


「精神年齢では貴様などとっくに上回っている! 貴様とわたしでは人生の内容が違うのだから、ただ平凡に生きてきた人間風情がわたしと並んでいると勘違いされては困るな!」


 争いは同レベルの者同士で起こると言う。ならば、口論に発展している時点でレジーナは見下している小春と同じレベルにあるという証明になるのだろうが、レジーナはムキになって手を出す始末なので、むしろ小春より幼稚で煽り耐性が無いことになる。


「勘違いはそっちでしょ! そんなんで千秋ちゃんに勝てると思わないで!」


「本気を出せばヤツ如き仕留めるのは容易い。しかもわたしにはフェイバーブラッドがある」


 小春の髪を掴んで無理矢理に首を傾けさせ、一気に噛みついた。その痛みに小春は苦悶の表情を浮かべ抵抗するようにレジーナの体を押す。


「や、やめて・・・!」


「ふん・・・貴様の血、さすがフェイバーブラッドだな。少量でも力が湧いてくるのを感じるぞ。これを千祟千秋は自分の力と錯覚して強気になっていたようだが、完全に力量関係は逆転したな」


「でも純血のプリンセスなんだよ! フェイバーブラッドが無くたって千秋ちゃんには凶禍術があるし、それで勝てるよ!」


「凶禍術か・・・確かに千祟家特有の最強とも言える術だ。これを打ち砕けば名実共に究極の吸血姫として崇められる存在になれるだろう。それを指をくわえて見ていろ」


 千秋が簡単に負けるわけないと思いつつ、フェイバーブラッドを取り込んだレジーナの性能が分からないので不安だけが募っていく。


「宝条も連れてくる。貴様にはこれから血液タンクとしての役目を果たしてもらうから覚悟するんだな」


 先ほど叩いた小春の頬を撫で、レジーナは去って行った。その感触に強い嫌悪感を抱き、どうしてこうも千秋と違うのかと内心毒づく。






 次にギッと扉が慎重に開いたのはレジーナが出ていってからすぐの事だ。もう宝条を連れてきたのかと小春は身構えるが、現れたのは見慣れた人物であった。


「二葉ちゃん、だね・・・?」


「はい・・・・・・」


 二葉がいることに小春の驚きは少ない。彼女は世薙の妹であり、何かしらの指示を受けていたとしても不思議ではないからだ。


「ごめんなさい、赤時先輩・・・全て・・・全てわたしの責任です! こうなってしまったのは・・・・・・」


「二葉ちゃんのせいじゃないよ。私には分かってる。アイツの・・・世薙の言う事を無理矢理聞かされていたんでしょ?」


「そんなの言い訳にはなりません・・・事実わたしは皆さんを監視して、そしてあまつさえはフェイバーブラッドのことを伝えてしまった・・・結果、赤時先輩を酷い目に遭わせてしまって・・・・・・」


 これは芝居ではなく、本当に二葉は心を痛めていると小春は直感した。別に小春に超能力があるわけではないけれど、これくらいは分かる。二葉の目に邪気は無かったから。


「でも挽回できないことじゃないよ。まだ、できることだってある」


「ここから赤時先輩を助け出すこと・・・?」


「あるいは千秋ちゃん達に知らせてくれれば事態は動く」


「でも・・・世薙お姉様は怖いです・・・・・・」


「そうだね・・・だけど二葉ちゃんは弱くない。強い吸血姫だって私は知っているよ」


 二葉には小春の優しい笑顔が天使そのものに見えた。こんな状況への引き金となった二葉を責めず、逆に励ましてくれるのだから聖人にすら思えても不思議ではない。


「千秋ちゃんを庇った二葉ちゃんの勇気は本物だったよ。それを思い出して」


「赤時先輩・・・いえ、小春お姉様とお呼びしてもよいでしょうか?」


「お、お姉様・・・?」


「待っていてください、小春お姉様。今千祟先輩に・・・・・・」


 二葉がスマートフォンで千秋に連絡を取ろうとした瞬間であった。バタッと勢いよく扉が開きレジーナと宝条が入ってきて、まさに今裏切ろうとしていた二葉を怒鳴りつける。


「オマエ・・・! 役に立たないどころか、わたしの計画を邪魔するつもりなのか!」


 レジーナは二葉のスマートフォンを叩き落として破壊した。


「本当に生きている価値も無いゴミだな!」


 そして二葉を蹴りつけ、宝条が何度も踏みつける。手加減も無い暴力に二葉は無力でバキッと骨の数本が折れて動けなくなってしまった。この瀕死状態から回復するには時間がかかるし、フェイバーブラッドさえ与えれば再生も早まるのだがレジーナが許さないだろう。


「もう用はないんだろ? なら殺しちまおうよ」


「それもいいな。邪魔でしかない」


 宝条がトドメとばかりに再び足を振りあげるが、


「待って! ヤメて!」


「なんでだよ? コイツぁよ、テメェを裏切ってフェイバーブラッドのことを私やレジーナに伝えたヤツなんだぜ?」


「だとしても、二葉ちゃんを殺すというのなら私もここで死ぬよ! 舌を噛み切って!」


「はっ・・・脅し文句かよ、この状況で」


 仕方なく宝条は二葉への一撃を思いとどまった。ここで小春に死なれては全てが無駄になってしまう。


「まあいい・・・ともかく血は貰うぞ。私も待っていたんだ、フェイバーブラッドをな」


「くっ・・・・・・」


「へへへ・・・楽しみだな、フェイバーブラッドを味わのがさ・・・・・・」


 迫る宝条を睨む小春は二葉が死んでいないことにホッとし、絶望に心を壊されないよう希望だけは捨てないと硬く決意するのであった。



   -続く-






 









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