第30話 絡み合う殺気

 真広が戦力を集めているという廃旅館へと千秋達一行が進軍する。道中に見張りなどはいないが周囲を警戒しながら慎重に歩を進めていた。


「しかしアンタに妹がいたとはね。でも見た目は似ているけど性格は真逆のようね」


「それはどういう意味での真逆なのかしら?」


「ほら、アンタは強気で遠慮を知らないでしょ? でもあのコは控えめで、前に出るタイプじゃないみたいだから」


「・・・もしかして悪口を言われている?」


 確かに戦場で強気なのは自認しているが、遠慮を知らないというのはただの悪口ではと千秋は眉をしかめる。


「あたしが言いたいのは、あのコは戦えるのかってこと。あの性格は戦闘向きではないでしょ?」


「確かに秋穂は前衛向きではないわね。だからママ・・・母と一緒に戦ってもらうわ。戦い慣れしていない二人だけど、それなら助け合いつつ敵に立ち向かえばいいのよ」


「なるほどね。てかアンタ、今ママって・・・」


「言ってない」


「でもママって・・・」


「言ってないったら言ってない」


 これまでにないほど頑固に否定する千秋。あっ、はいと愛佳は引き下がりながらも、千秋が普段ママ呼びをしているという情報は有効活用してやろうと巫女らしからぬ悪だくみをしている。


「もうすぐ旅館だぞ。どうする?」


「相田さん、旅館の近くに吸血姫はいるかしら?」


「いまんところは見えないな・・・・・・いや、正面玄関の近くに大きなワゴンタイプの車があるな」


 千秋も目を凝らすと黒い一台のワゴン車が玄関近くに停車しているのが見え、それが僅かに揺れたのを確認する。地震や風等の自然現象で揺れているわけではなく中にいる何者かが動いたことで揺れたのだろう。


「待って、あの車の中に誰かいる・・・!」


 千秋達は慌てて道から逸れ、木々の後ろに身を隠してワゴンを観察する。するとスライドドアが開き見覚えのあるシルエットが人間を担ぎ上げて旅館へと入っていった。 


「あれは藻南とかいう千祟真広と一緒にいた吸血姫では?」


 愛佳は義堂寺での戦いを思い出し、そこで派手なチェーンメイスを振り回して襲い掛かってきた吸血姫と先ほど人間を運んでいた者が同一人物だと確信する。


「そうね。ヤツがいるということは真広も一緒にいる可能性がより高くなったわ」


 藻南は真広の親衛隊を自称する吸血姫だ。真広への憧れがいつしか心酔へと変わり、あらゆる障害から真広を守るべく付き従うことを誓っているらしい。なので藻南がいるのならば、その護衛対象である真広も旅館にいるのは疑いようもない。


「捕まえた人間をワゴンで運んでいたのね・・・・・・」


「この小根山でバスを襲ったとレジーナが言っていました・・・もしかしたらその被害者なのかもしれません」


「やはりあの事件は過激派吸血姫の仕業だった・・・許せないわね、本当に」


 となると被害者である三十人程の人間は過激派吸血姫に捕獲されたようだ。車で三十人を運ぶのは手間だったろうが、この廃旅館は事故現場からそう遠くはなく、隠れ家としても使えるという点と運ぶ手間を考えてここを拠点に選んだのだなと千秋は推察する。


「とりあえず旅館への偵察を行うわ。神木さんと相田さんには建物周囲から中を確認してほしいの。お母さんと秋穂は小春とここで待っていて」


 千秋の指示に皆が頷き、各々行動を開始する。


「真広め・・・見つけ次第首を刎ねてやる・・・!」


 音もなく廃旅館に近づいた千秋は窓から内部の様子を覗き見る。しかし吸血姫や捕まった人間の姿は無い。藻南もどこかの部屋にでも入ってしまったのか、エントランスから既にどこかへ移動してしまったようだ。


「どこだ・・・どこにいる」


 偵察を続けながらも、真広達の行いへ怒りを燃やす千秋は殺気を振り撒いていた。




 そしてその殺気に勘づく者がいた。連れ去った人間から血を飲んでいたその者は、ハッとして立ち上がる。


「・・・千秋、来たのね」


「真広様?」


「千秋がすぐ近くにいる」


 藻南はその殺気を探知していないようで不思議そうな顔をしている。これは吸血姫としての性能差が関係しているが、親子間にある切っても切れない縁が感じさせているのだ。


「ですが、何故この場所を知られたのでしょう・・・・・・」


「知らんな。だが実際に嗅ぎつけてきたのだから、排除するしかない」


「なら私にお任せを。斬られた腕も結合して戦闘に支障はありません」


「頼む。ワタシは血を吸収し、万全になったら合流する」


 千秋と戦うには力を蓄えて対策する必要がある。そのためには捕らえた人間から血をもっと取り込まなければならない。

 再び吸血を行おうとしたところ、バンとドアが勢いよく開いてレジーナが慌てた様子で駆けこんできた。


「敵が来ている! しかも複数人だ!」


 仮面を被っているので表情は分からないが冷や汗をかいているのは想像に難くない。


「分かっております。ですからワタシが迎撃します」


「ああ、急げよ」


 安全な裏方に徹するのがレジーナの信条で自らが戦闘する気はない。しかも今は真広の催眠コントロールに力を使っていて、そもそも戦えるだけの余力が無いのだ。


「チッ・・・これでは計画が狂ってしまうではないか・・・!」


 先に千秋達の元へと向かう藻南を見送りつつ、レジーナはどこに身を隠そうか考えるのだった。






「一階のエントランスに傀儡吸血姫と思われるヤツらが集まり始めたみたい。どうする?」


 偵察から戻った朱音が千秋に報告し、千秋に次の作戦を問う。


「敵は何か行動を起こそうとしているのか・・・それとも私達の接近に気が付いたのか」


「どっちにしてもヤバそうだ。敵の戦力は少しでも減らしておかないと」


「そうね。真広や藻南の居場所も掴めないし・・・・・・早坂さんはまだ来ていないけど、こうなったら先行して傀儡吸血姫を叩きましょう」


「だな。やっぱり正面から乗り込むのがわかり易くていいな!」


 脳筋タイプの朱音からすれば、こそこそ動き回るよりも殴り込んだほうがやりやすい。時間をかけても敵の戦力が整うだけだし、なら見つけた敵から倒していくのも有りだろう。


「私と相田さん、神木さんで前に出るわ。お母さんと秋穂は小春の護衛をお願い」


 千秋達は正面玄関を蹴破りエントランスに突入する。そして二十人近い傀儡吸血姫達が注意を向け、それぞれが臨戦態勢を取った。


「ふっ、アタシが先行する。蹴散らしてやるぜぃ!」


 朱音はグローブ状の魔具を装備、そのまま突撃して傀儡吸血姫一体を粉砕した。秋穂の情報通り魔具を装備していない個体もおり、これなら数で負けている千秋達でも優位に戦えるだろう。


「この程度ならな!」


 強気になって他の傀儡吸血姫を殴り倒そうとしたが、エントランス奥にある階段から吸血姫が昇ってくるのを見て足を止めた。傀儡吸血姫達も後退してチェーンメイスを携えるその吸血姫の背後に並ぶ。


「アレは、藻南か・・・!」


「おや、団体様のご予約は承っておりませんがぁ?」


 廃旅館というシチュエーションからか藻南は女将のような言い回しで千秋達に相対する。


「真広はどこだ!」


「貴様達の質問に答える舌はないんで。それに、どうせここで死ぬのだから知っても仕方なかろうよ」


 ブンブンとチェーンメイス先端の鉄球を振り回しながら少しづつ距離を詰めていく。今にも戦端が開かれそうだが、藻南は秋穂の姿を見つけて舌打ちした。


「秋穂嬢・・・アナタも裏切るのですか?」


「お母様を止めるためには、これしか方法がないんです!」


「愚かな・・・それに美広様までお越しになるとは・・・こうして再会するのは悲しいです」


「藻南さん・・・アナタがお姉ちゃんを慕っていたのは知っています。でも過激派入りしたお姉ちゃんを認めるなど!」


「真広様の行くところに私もついて行くだけのこと。あのお方の敵となるならば、真広様の妹であるアナタでも容赦はしない!」

 

 その言葉と共に藻南が一気に駆け出し、傀儡吸血姫達も続く。ほんのひと時の休戦は終わったのだ。


「真広様のため、死んでもらう!」


 チェーンメイスが衝撃波を放ちながら藻南の目の前を薙ぎ払う。千秋達はギリギリで回避するも傀儡吸血姫達の追撃が迫った。


「チッ! しかし!」


 傀儡吸血姫と千秋の間には明確な戦闘力の差がある。二体が同時に攻撃をかけてくるが身を捻って軽やかにすり抜け、刀を一閃して胴体から敵を真っ二つにした。


「真広様と似た身のこなし・・・その力を無駄に使うなど!」


「むしろ無駄に使っているのは真広のほうだ!この力は、人を襲うためのモノではない!」


 藻南の頭部めがけて刀を突きだすも躱される。藻南は真広に褒められるくらい実力のある吸血姫で、義堂寺では不意打ちで負傷したが正面からぶつかり合えば千秋でも苦戦する。

 

「ママは大丈夫かしら・・・?」


 フと美広の事が気になり横目で様子を窺うと、傀儡吸血姫に襲われながらも上手く反撃していた。戦闘自体は久しぶりだろうが、さすが千祟の血を引いているだけあってそれなりに戦えている。


「余所見をしている余裕が!?」


 藻南は自分が軽んじられていると思って怒りを露わにした。ただでさえ真広の娘のくせして敵対する千秋を許せないのに、こうもナメられては叩き潰したい一心になる。


 複数の吸血姫と傀儡吸血姫が交錯し、月明かりが差し込む寂れた廃旅館の内部は地獄の様相を呈してした・・・・・・



  -続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る