第29話 激闘へのカウントダウン
秋穂がシャワーから戻り、千祟家の三人と小春がリビングに集まる。少し緊張感のある空気が流れていて、それは千秋と秋穂の間にある気まずさが原因であり、小春も思わず姿勢を正して視線をキョロキョロさせていた。
「それで・・・話をまとめたいのだけれど、真広が私と戦う準備を進めているのね?」
「はい・・・義堂寺でのリベンジとでもいうのか、お姉様を倒すために戦力を整えています。バスを襲撃して人間を捕まえ、小根山の廃旅館に運んだそうです。そして傀儡吸血姫を精製し、お姉様を誘い出すつもりのようです」
「あそこは私と小春の出会いの場所なのよ!? それを穢すつもりなのかアイツは!!」
幼い頃に出会い、そして再会の舞台ともなった旅館である。もう廃業しているとはいえ千秋にとって思い出の特別な場所であることには変わりないのだ。そこを占拠し、実の母親が悪用していると知った千秋の怒りは相当なものだった。
「でも今なら勝てると思います。何故なら魔具が足りていないんです」
「魔具が?」
「はい。なので魔具を増産するようレジーナから指示を受け、作っていた最中なんです。私が抜け出したことで魔具が届かず、傀儡吸血姫を用意できてもまともに戦えません」
「そう、なら今すぐ出撃するわ」
千秋は椅子から立ち上がり、着替えるべく自室に向かおうとする。秋穂の言う通りなら戦力の整っていない今が真広討伐のチャンスだ。
「千秋ちゃん、今回はわたしも行くわ」
「ママも?」
「ええ。お姉ちゃんがいるのに見ているだけなんてできないもの」
「けどママは戦闘はそんなに得意じゃないでしょう? 真広は強敵だもの、危険だわ」
「足手まといにならないよう全力を尽くすわ。お願い、千秋ちゃん」
美広の覚悟は千秋も知るところである。ダメだと言っても聞いてはくれないだろう。
「分かったわ、一緒に戦いましょう。あと相田さんや神木さんにも共闘を呼び掛けるわ」
数度に渡って戦場を共にした二人は充分に信頼できるし、この一大決戦で肩を並べて戦うのに相応しい仲間だ。
千秋はスマートフォンを取り出してアドレス帳の数少ない名簿から朱音と愛佳を見つけて電話をかけ始めた。
小春は自室で動きやすいタンクトップに着替える。首元も露出しているので千秋達に血を受け渡しやすい点も考慮してのことだ。
「小春、準備はいいかしら?」
「うん、着替え終わったからいつでもいけるよ」
「そう。相田さんと神木さんも来てくれるそうよ。ついでに早坂さんも呼んだから、これなら優位に戦えるわね」
「良かった。相田さんはデート中だったから連絡に気がつかないかと思ったよ」
「ラブホでお楽しみになる前だったみたいで号泣しながらもすぐに向かうって」
せっかくナンパに成功したのだが大切な仲間を放っておくなど朱音にはできない。なので後ろ髪引かれる思いはあるけれど、ラブホを飛び出して援護をしに来てくれることになった。
「まさかあの旅館で決着を付けることになるとは、本当に運命とは数奇なものよね」
「だね・・・・・・」
「この戦いで真広を倒せば私は新たな一歩を踏み出せる気がするの。真広への憎悪に憑りつかれていたけれど、その負の感情からも解放されて・・・・・・小春と平和な日常を送るためにも絶対に勝つ」
「気負いすぎないでね」
いつになく強張っている千秋の手を優しく握る。真広は特別な敵であり思い詰めるのは仕方ないが、重責がプレッシャーとなって動きが鈍れば勝てる戦いも勝てない。だからそのプレッシャーを和らげてあげたかった。
「千秋ちゃんならいつも通りに勝てるよ。強いし、何より・・・」
「何より?」
「私がいる」
義堂寺での戦いで千秋にアドバンテージがあったのはフェイバーブラッドのおかげだ。少しの差ではあるがパワー勝ちして押し込むことに成功したわけで、単純な実力で負けていても覆せる要素があるのだ。
「私のフェイバーブラッドと千秋ちゃんが組み合わせれば最強だよ。私の想いを乗せた血が、きっと千秋ちゃんを勝利に導くから」
「ふふ、強気ね」
「私が弱気じゃ千秋ちゃんを不安にさせちゃうもの。私は戦えないけど、気持ちは一緒に戦ってる。傍にいる」
「小春が私を応援してくれているという事実だけで私は無敵になれるわ。だから見ていて・・・勝って、必ずあなたの元に帰ってくるから」
千秋のウインクにニカッと小春が笑顔で返す。
これから親殺しに向かうとは思えない雰囲気が流れて千秋に躊躇いはない。未来をつかむため、ただ目の前の障害を乗り越えるだけだ。
美広の車に乗り千秋達は小根山の廃旅館を目指す。いつもより車のスピードが速く、美広が冷静さを欠いて心拍数すら上がっているのとリンクしているようだった。
「あの、お姉様。赤時さんとはどういう・・・?」
「小春は私のパートナーなの。吸血姫の事情を知って尚、私に協力してくれているのよ」
「そ、そうなんですか」
秋穂にしてみれば見知らぬ人間が姉と共に生活しているわけで、何者なのか気になるところだろう。だが、まだ千秋は秋穂にフェイバーブラッドの事は伝えない。一応は信用しているものの小春の安全を考えればもっと慎重になるべきだと思ったのだ。
「よろしくね、秋穂ちゃん」
「あ、はい・・・よろしくお願いします」
小春の柔らかな笑みに秋穂も小さく口角を上げて会釈する。姉の性格をよく知っている身としては、パートナーと呼ぶほど信頼する人間に興味があるし、親しみやすい雰囲気があるので小春への警戒心は無い。
「小春ちゃんは私の家族の一員なの。秋穂ちゃんもすぐ仲良くなれるわ」
「は、はぁ・・・・・・」
いや小春の実の親はどうしたのだという疑問が当然湧いてくるが、何か事情があるのだろうと秋穂は一人納得する。
「それより秋穂、レジーナという吸血姫について教えてくれないかしら。ソイツは一体何者なの?」
「レジーナはお母様の協力者・・・という立ち位置なのだと思います。いつも仮面をつけているので素顔は見たことは無いですけど」
「正体を隠しているということ?」
「恐らくそうなんだと思います。そしてその吸血姫によって私はお母様と引き離されてしまいました。きっとお母様が心変わりをして共存派に戻らないよう、私を吸血姫質にしていたのです。それに私が過激派に賛同していないことを見抜き、お母様を説得することを防ぐためという意図もあるのだと思います」
真実は違う。真広にかけた特殊な催眠に気づき解かれてしまうことを警戒してなのだが、そうとは思ってもみない秋穂に想像できることではない。
「顔を隠したり、ソイツは警戒心が強いのね。裏でこそこそ悪だくみをしているタイプといったところか」
「そうですね。レジーナは戦闘に出ることもないです。他の吸血姫に指示を出して、ふんぞり返っているような吸血姫ですよ」
まるで面倒な仕事を部下に押し付けて成果だけをかっさらっていく上司のようだ。部下に疎まれているとは知らず自分は有能だと勘違いするタイプで、実際に表に立つと何もできずに恥を晒すのがよくあるパターンだが。
「レジーナの住んでいる場所とかは分からない?」
「いえ、レジーナがドコに住んでいるかも私は知らないんです。なんせ私はレジーナが違法に接収したボロ家屋で作業をしていたので・・・・・・」
「そう。レジーナの棲み処が分かれば真広の後に排除しようと思ったのだけれど」
千秋は視線を窓の外へと移し、流れゆく景色を眺める。一見平和に見えるこの街も、陽の当たらない影を覗きこめば深い闇が広がっているのだ。そこに足を踏み入れて不穏の種を排除するのが千秋達の役目であり、レジーナも例外ではない。
いずれレジーナを探し出して排除しようと脳内メモに書き留め、今は真広との戦いに意識を向け直す千秋であった。
暫し車での移動が続き、ようやく小根山へと到着する。そして廃旅館へと続く寂れた道路を見つけ、美広はそこで停車させた。
「ここで降りて、旅館までは徒歩で行きましょう」
「そうね。車で近づいたら接近がバレてしまうものね」
奇襲攻撃を行ったほうが勝率が高い。なので廃旅館近くまで慎重に歩いて向かい、様子を窺って不意を突く戦法を選んだのだ。
「ん・・・? アレは・・・・・・」
ドアを開けて降りた千秋は、草むらに隠れるようにしてしゃがんでいる二人組を見つけた。最初は敵かと思って警戒したが、よく観察すると見知ったシルエットで安心しながら近づく。
「二人共早かったのね」
草むらからひょこっと顔を出したのは朱音と愛佳だった。二人共千秋達より早く到着していたようで隠れて待っていたらしい。
「遅いわよ。変な虫に纏わり付かれて大変だったんだから」
「ごめんなさい、神木さん。でも助かるわ、アナタが来てくれて」
「ふ、ふんっ。まあね。あたしがいれば百人力だもんね。感謝してよね」
「とても感謝しているわよ。ありがとう」
「やっぱり素直過ぎると逆に気持ち悪い」
「えぇ・・・・・・」
三度気持ち悪いと言われてショックを受ける千秋だが、ともかく愛佳達が来てくれて心強い。
「ちーち、あの廃旅館に真広さんがいるかもなんだな?」
「秋穂が言うには、ね」
朱音と愛佳の視線を受けてアワアワとしている秋穂は小春の背に隠れ、そんな秋穂の頭を小春が撫でて安心させてあげる。ゆっくりと動く手つきが心地よく小春の母性すら感じるが、秋穂は千秋からジト目で見られていることには気がつかない。
「よし、じゃあ行こうぜ」
拳を上げて先行する朱音に千秋達がついて行き、暗い山道の先にある廃旅館を目指す。
激闘の幕が再び上がる時は近い・・・・・・
-続く-
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