第31話 鮮血散華
廃旅館のエントランスは激闘の真っただ中で、吸血姫と巫女が入り乱れる。
その様子を階段でしゃがみながら観察するのはレジーナだ。
「千祟秋穂・・・裏切ったなヤツめ!」
レジーナは秋穂をボロ小屋に閉じ込め、母親である真広に会いたいのだったら協力するよう迫った。そうして魔具作りをさせていたのだが、いよいよ我慢できなくなったらしく小屋を抜け出して千秋達に合流したようだ。
「ヤツがこの場所を千秋に教えたのだな・・・これは誤算だ」
気の弱い秋穂なら脅して圧をかければ言いなりになると思っていた。実際に何年もレジーナの言う通りにしていたので、こうして反抗される心配は無いと慢心してしまっていたのだ。
「まったく千祟家は私の計画を狂わせてくれるな!」
怒り心頭になりつつも、真広の催眠コントロールに力を使っているために戦うのは不可能だった。今戦場に飛び出しても瞬殺されるのがオチだし、そもそも自ら戦うのは好きではない。
藻南達が敵を潰してくれることを願いつつレジーナは二階へと引き上げていく。真広のいる地下に戻る方が安全ではあるが、いざ逃走する時のことを考えたら外に通じる場所に居た方が良いと判断してのことだ。
「レジーナ・・・アテにはしていないが、あの腰抜けめが」
忍び足で二階へと逃げたレジーナを視界に入れた藻南は舌打ちしながらも、襲い掛かって来た千秋と朱音に意識を戻す。
二人を相手にして互角に渡り合えているのは藻南の立ち回りが上手いからだ。敵の動きを見極め次の行動を予測するという芸当をこなしている。
「真広はどこだと訊いている!!」
「教えるものかよ!」
千秋の斬撃を身を捻って躱し、蹴りつける。
「この私さえ倒せないような貴様に、真広様に会う資格はない!」
「こうなったら凶禍術を使うか・・・?」
圧倒的な瞬間性能を発揮できる凶禍術なら藻南を倒すことも可能だろう。しかし肉体への負荷も高く、回復するためには小春の血を取り込む必要がある。安全に吸血できる状況を作れるならまだしも、真広がどこから強襲してくるか分からない中ではリスクが強い。
「真広様の手を煩わせる貴様には消えてもらう!」
「チィ・・・!」
チェーンメイスが千秋の肩を掠めた。皮膚を薄く裂かれるも継戦能力を失うほどの負傷ではない。
「隙あり!」
千秋への攻撃で僅かな隙を見せた藻南に対し、朱音が全力の右ストレートを放つ。吸血姫さえも一撃でノックアウトできるほどの威力を伴い、グローブが藻南の顔面を打つかに見えた。
しかし、
「甘いな!」
朱音の渾身の一撃はギリギリで避けられてしまった。そこに藻南の反撃が飛び、朱音の脇腹に膝蹴りが直撃する。
「しまった・・・!」
「死ねよやァ!!」
蹴り飛ばされた朱音は痛みをこらえて立ち上がるが、目の前にチェーンメイスが迫る。目ではそれを捉えているのだがダメージを受けた肉体が思考に付いてこれていない。
「かはっ・・・!」
回避などできずチェーンメイスが朱音の腹部にめり込む。鉄球部分から突き出す複数の鋭利なスパイクが肉を貫いて抉り、真っ赤な血が飛び散った。
「相田さん!!」
千秋の叫びを朦朧とした意識の中で聞く朱音。いくら生命力の強い吸血姫でも、これだけの重症を負えば瀕死に陥ってしまう。
エントランスの床に倒れ伏せた朱音は口からも血を流して動かなくなってしまった。
「秋穂! 相田さんを頼むわ!」
「は、はい!」
傀儡吸血姫にタックルして距離を離した秋穂が倒れている朱音を背負い上げる。小柄な秋穂だがさすがは吸血姫で、頭一つ分身長の高い朱音を抱えてエントランスから繋がる小部屋へと逃走した。そこは小春が拉致された日、弱った千秋を運び込んだ部屋である。
「だ、大丈夫ですか・・・?」
朱音をボロボロのソファへと横たえた。出血量は落ち着き傷口も塞がり始めているが意識は回復していない。
「相田さんの様子は!?」
美広に護衛された小春が朱音の元へと駆け寄り容体を確認する。
「怪我は既に回復が始まっています」
「吸血姫の生命力はスゴイね・・・これで私の血を飲ませてあげられれば・・・・・・」
吸血姫の再生能力は高く負傷してもすぐに回復が始まるのだ。現に藻南は以前の戦闘で腕を切断されたが接合し問題なく戦闘をこなしている。
そこにフェイバーブラッドを加えれば更なる速さで回復することが可能となるが、意識の無い相手に飲ませることはできない。
「千秋ちゃん達も大丈夫かな・・・・・・」
朱音の意識が戻ることを祈りつつ、小春は千秋達の戦いを見守る・・・・・・
エントランスの傀儡吸血姫は全滅して残るは藻南一人になった。こんなに早く戦力が壊滅したのは準備が整っていない状況で交戦したからであり、藻南は千秋達に情報を流した秋穂へ怒りを覚えつつも、真広の参戦まで時間を稼ぐために孤軍奮闘する。
「諦めなさい! 巫女を敵にして生き残れると思うな!」
傀儡吸血姫の大半を撃破したのは愛佳で、アドレナリンに押されて強気になった彼女が藻南に斬りかかる。しかし太陽光の無い夜中では体力を使い果たしてしまったら終わりであり、傀儡吸血姫達との戦闘で消耗したため長期戦は不可能だ。
「ナメるなよ・・・!」
バックステップで愛佳から距離を取り、二人目掛けてチェーンメイスを横薙ぎに振るう。当たるとは思っておらず牽制としての技であったが、
「見切っている!」
千秋は引き下がらず、あえて前に出た。そして刀で斜めに斬り上げてチェーンメイスの鎖を切断する。
「なんとっ!?」
鎖を切られたことで先端の鉄球部分がどこかへ吹っ飛び、チェーンメイスは魔具としての機能を失う。これでは千秋達に対抗する手段がない。
「しかして勝ったとは思うな!」
藻南は不利を察し階段を使って二階へと逃げる。地下にいる真広に迷惑をかけるわけにはいかず、二階にいるレジーナに敵を押し付けようという意図があってのことだ。
「追うわよ!」
「当然!」
千秋達は藻南の逃げる先に真広がいると確信し、その背中を追って二階へと駆けあがる。
「レジーナ! 貴様も戦え!」
「ふざけるな! 私は前に出るタイプではない!」
「魔具がないのだ私には!」
「ならコレを貸してやるからなんとかしろ!」
レジーナは二階へと逃げ込んできた藻南に自らの剣を投げ渡し更に上階を目指す。このまま千秋に襲われれば間違いなく殺されるわけで初めて死を強く意識して焦っていた。
「死ぬものかよ・・・私にはまだ叶えていない野望がある!」
吸血姫の女王になるという夢があるのだ。それを志半ばで砕かれては死んでも死にきれない。
「アイツは・・・仮面の吸血姫!?」
千秋が二階へと到着した時、階段を使って三階へと向かう不審者を見つけ、それが秋穂の言っていたレジーナという吸血姫だと直感するのに時間は要しなかった。妙な仮面を被っている奴などそうそういるものではない。
「レジーナ・・・!」
「千祟千秋・・・!」
二人の視線が一瞬交差した。千秋側からはレジーナの仮面のせいで顔は分からなかったが、向けられた敵意から間違いなく自分を視認したなと分かる。
「待て! 貴様は・・・!」
上の階に向かったレジーナに叫ぶが藻南の攻撃を受けて防戦せざるを得なくなってしまう。
「邪魔をするな!」
あの仮面の吸血姫は真広の協力者という話で、問い詰めたいことは多々あるのだ。
しかし目の前の敵を無視するわけにもいかず、ともかく早く倒そうと刀で応戦する。激しい金属音が周囲に響き二人の魔具が鍔迫り合う。
「あの仮面の吸血姫はレジーナね!? ヤツは何者なの!?」
「貴様の問いに答える舌は持たぬ!」
「いいから答えなさい!」
千秋はパワーでごり押して藻南を弾き、そこに愛佳の刀が一閃して藻南の背中を裂いた。だが傷は浅く致命傷とはいかない。
「ええい小娘共め・・・!」
傷はすぐに修復されるが、これにもエネルギーは消費する。再生できるとはいえ無限に回復できるわけではなく、これ以上の負傷は死へのカウントダウンを早めることになる。
だが藻南に死への恐怖はない。何故なら自分が負けるとは思っておらず、真広の役に立てないことのほうが怖いからだ。なら道連れにしてでも千秋達を葬り、死んででも真広の手助けができればそれでよい。
「さあ来い・・・もう終わらせてやる」
剣を構え突撃する藻南。ひたすらに狂気と真広への信仰に憑りつかれた彼女の目は、ただ純粋だった。
「さて、行くとするか・・・・・・」
血を充分に取り込んだ真広がようやく出陣する。藻南達と共に戦闘に参加していれば千秋達を圧倒できたろうが、傀儡吸血姫の精製のためにエネルギーを消耗していたのだ。
真広は戦闘音を聞いて二階を目指そうとするも気配を感じて一階エントランスで足を止めた。
「・・・そこにいるのは誰だ?」
刀を手に持ち何者かの気配がするエントランス脇の小部屋に近づいていく。すると、そこから姿を現したのは美広であった。
「お姉ちゃん・・・・・・」
「これは意外だったわ・・・・・・」
姉妹の久しぶりの対面である。が、感動の再会ではない。
僅かな沈黙が流れ、美広は一息ついて魔具を装備した。実の姉を殺さねばならないという悲運を背負った美広に迷いはない。千秋のためにも、この手で決着を付けなければならないのだ。
「お姉ちゃんの相手は私だよ」
覚悟を示す時は来た。
美広の殺気が、真広を襲う・・・・・・
-続く-
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