第20話 アルバムの中の記憶
千秋が見つけた古いアルバム。そこに収められた一枚の写真に小春は目を奪われた。
「ねえこれって私、だよね?」
「そうね。小春の面影がある少女だわ」
まだ幼い千秋と並んでいるのは小春で間違いなかった。
千秋は不思議そうに写真を見つめ、小春もどうして自分が千秋と写っているのか顎に手を当てて考え込む。
「これってさ、街外れの山の中にある廃旅館だよね?」
「そうね。後ろにある建物はあの廃旅館で間違いないわ」
小春が傀儡吸血姫によって監禁された廃旅館が背景に写っていた。それを認識した瞬間、小春の脳内に懐かしい思い出がフラッシュバックする。
「あっ、そういうことか・・・そうだったんだ」
「えっ? どういうこと?」
何かに納得したように手をポンと叩く小春。どうやら心当たりがあるらしい。
「この写真が撮影されたのはあの旅館がまだ営業している時で、昔一度だけ泊まったことがあるんだけど、その時に私と千秋ちゃんは出会っているんだよ」
「確かに私も泊りに行ったことがあるけれど・・・・・・」
「思い出して。あの夏の夕暮れのことを・・・・・・」
千秋は腕を組みながら旅館に泊まった時の事を回想し、ハッととある出来事を思い出していた。
それは千秋が小学校低学年の頃の事である。
部屋にいるのが退屈になり旅館の周囲を探索しようと一人で外に出たのだ。時刻は夕方五時を指していて、本当なら迷子の危険がある山中に飛び出すのは危ないのだが、子供とはいえ吸血姫は特殊な力を使えることから真広達は心配していなかった。
「何か聞こえる・・・・・・」
旅館から少し離れた緩やかな坂の下から物音が聞こえてきた。すすり泣くようなか細い声で、千秋は興味本位で坂の下を覗く。
「ねえ、何してるの?」
そこにいたのは同じくらいの歳の少女だった。座り込んで目をこすり、どうやら泣いているようだ。
「ぐすん・・・帰れなくなっちゃったの・・・・・・」
千秋が近づくと少女は嗚咽を漏らしながらそう答えた。
「どこにお家があるの?」
「お家じゃなくて、旅館に・・・・・・」
「旅館? なら近いけれど」
幼い子供は僅かな距離でも迷子になることがある。この場所から旅館までは遠くはないのだが、それでも目線の低さなどのせいで目標地点を見失ってしまうものだ。
「私が連れていってあげる」
「本当!?」
泣いていた少女はパッと明るい表情になり嬉しそうに立ち上がる。
「ありがとう」
感謝する少女の手を握って誘導しようとした、その瞬間、
「あ、あれって猪・・・?」
少女は千秋の背後を指さし震えはじめた。その方向から野生の猪がゆっくりと近づいてきて敵意のようなプレッシャーを向けてくる。
「逃げよう」
「あ、足が動かないよ・・・・・・」
猪のサイズは大きく、少女は恐怖に憑りつかれて腰を抜かしてしまったようだ。これでは逃げることなどできない。
「こっちにくる・・・!」
駆けだした猪は千秋達めがけて突進してくる。獲物と勘違いしたというよりは本能的に害敵だと判断したのだろう。
ともかく猪を止めなければ少女が危ない。
「こうなったら・・・!」
千秋は全身に力を巡らせた。まだ日が出ているので全開性能を発揮するのは無理だが、それでも人間を上回るパワーを出すことはできる。
「来るのなら!」
少女を背にし、千秋は正面から猪を手で受け止めた。ズサッと足が滑り、後ろに押されそうになるのを耐え足に力を籠める。
「あっちいっちゃえ!!」
猪の足が止まった隙を突き、千秋は全ての力を使い切る勢いで猪を持ちあげて放り投げた。背後にいた少女の上を飛び、そのまま地面に落下した猪は慌てて逃げ去って行く。
「す、凄い・・・・・・」
少女は呆気にとられたように固まり目の前の出来事が夢なのかと錯覚する。それは当然だろう。大人でさえ敵わないであろう野生動物を投げ飛ばすなど現実とは思えない。
「これくらい普通よ。さあ今度こそ旅館まで連れていってあげる」
「う、うん」
少女の手を握り千秋はまっすぐ旅館を目指す。休日の朝方にやっている戦うヒロインアニメの主人公のような活躍ができて内心ご満悦だった。
そうして旅館の入口近くまで来た二人を美広が見つける。
「千秋ちゃんどこ行ってたの? それよりそのコは?」
「迷子だったのを私が助けたの」
「そう。偉いわね」
美広は千秋の頭を撫で、首からぶら下げていたカメラを手に取る。
「いい笑顔ね。撮ってあげる」
千秋と見知らぬ少女をレンズが捉えシャッターを切った。少し服が汚れているままだが二人とも気にしていない。
「ありがとう。それじゃあね」
「うん」
少女は手を振りながらエントランスへと消えていった。そういえば名前を訊いていなかったなと思うが、猪との戦いで体力を消耗していたので今更追いかける気力もなくただ背中を見送る。
千秋は大浴場などでまた少女に会えるかなと期待するも、もう会うことはなかった。
これが事の顛末で、その時に美広によって撮影された写真がアルバムに収められていたのだ。
「・・・全部思い出した。泣いていた迷子の少女は小春だったのね」
「うん。心細くてどうしようもなくて・・・そんな時に助けてくれた私の白馬の騎士が千秋ちゃんだったんだ」
「そんな大げさなものじゃないわよ」
「でも千秋ちゃんが来てくれなかったら、私は猪に殺されていたかもしれない」
吸血姫の千秋だったから撃退できたのだ。これが他の普通の人間だったら共に死んでいただろう。
「昔から千秋ちゃんに守ってもらっていたんだね。最初の出会いの時から」
「偶然ではあるけれど・・・いえ、これは偶然ではないわね」
小春との出会いは偶然が起こしたものではないと千秋は確信する。
「私と小春は運命で繋がっているのよ。運命の導きで私達は出会った」
「そう信じられるよ。命の危機に二度も現れてくれて、しかも相性がいい・・・これが運命の相手でなくてなんなのって話だもん」
「小春の守護者となる・・・それが私の生まれた意味だってはっきり分かったわ」
この世に生を受けた意味を探すことが人生だという考えがある。なら、千秋はもう探す必要はない。だって目の前にいる少女を守るために自分は存在するのだと理解できたのだから。
「今まで色々あったけど、不幸せだと思うのは止めるわ。これからは、小春との幸せを掴むために前を向いて生きる」
「千秋ちゃん・・・!」
小春は千秋に飛びつき、そのまま押し倒した。柔らかな畳の上で二人の少女が肌を触れ合わせる。
「ごめん、感情が抑えきれなくなって・・・・・・」
勢いで押し倒したのはいいが若干残っていた冷静な思考が羞恥心を煽る。
千秋はそんな小春の頭を撫でて自分の胸の谷間に抱き寄せた。
「えへへ・・・千秋ちゃん、大好きだよ」
「私も、大好きよ」
押入れの片づけなど思考の彼方に吹っ飛んでいるが、二人の間にはあらゆる事象が割り込むことはできない。そんなことは許されないのだ。
夏の夕暮れ、少女達の心は一つへと重なり、二人だけの純真な時間が流れていた。
「・・・で、つまりアンタ達は昔に出会っていたと」
「そうよ。ああ、なんでこんな大切な記憶がすっぽ抜けていたのかしら」
翌日の放課後、教室にて千秋が愛佳と朱音にアルバムの一件を話していた。普段なら自分から話題を振ることは無いのだが、よほど言いふらしたい事だったのだろう。
「どう? 凄いでしょう? 私と小春の運命レベルは」
「いや、別に・・・・・・」
「凄いわよね!?」
「あ、はい」
千秋の圧に負けた愛佳は頷くが、正直なところ二人の関係がどうだろうが知ったことではない。
「まったく巫女にはロマンチックさを理解する風情が無いんだなぁ。普通もっと感情が動かされて、ちーち達が無事結ばれたことを祝うもんじゃないかねぇ」
「アンタに言われたくないわ。それに結ばれたって表現は適切なの・・・?」
話を聞いて目を潤ませている朱音を愛佳がジト目で見ている。吸血姫如きに風情がどうだのと解かれる謂れはないと不満さを滲ませながら。
「気に入った女の子に片っ端から手を出しているんでしょ?そんなヤツが今の話に感動できるとは思えない」
「確かに色んな女の子と関係を持ったけど、なんていうか、心を奪われるまではいかなかったんだよ。アタシもそういう相手を探しているんだけど、なかなか出会えないんだこれが」
「探しているんだ・・・・・・」
「だってちーち達が羨ましいと思わん?あーアタシにも実は昔から縁のあるコがいたりしないかなあ」
「あたしは別に思わないけどな」
愛佳の人間関係にドライな点は千秋に似ている。しかし千秋が小春の影響で他者に少し心を開いたように、愛佳も特別な相手に出会えれば考えも変わるだろう。
「ねえ神木さん。試しにアタシに血を飲ませてくれない?」
「は? なんでよ」
「ちーちと赤時さんみたいに、実はアタシ達の相性がいいかもしれないじゃん?吸血でそれを確かめられるんだから試してみる価値はありますぜ」
「いやよ。なんで巫女のアタシが吸血姫に血をあげなきゃいけないのよ。そんなんもう辱めと同じよ」
「巫女の辱め・・・響きがえっち過ぎる・・・!」
「アンタはピンクな事しか考えられないの!?」
朱音のせいで吸血姫は皆こんな思考回路なのかと誤解を招いているが、千秋は特にツッコミを入れなかった。
目の前で言い合う二人をよそに千秋と小春は肩を寄せ合い、スマートフォンで撮影したアルバムの写真を眺めていた。
「そういえば聞きたいことがあるんだけど、この真広さんの隣にいるコは?」
家族の集合写真の中に小春の知らない少女が写っていた。真広の裾をつかんでいるその少女は千秋に似ているが、どことなく気が弱そうに感じる。
「・・・千祟秋穂、私の妹よ」
「千秋ちゃんの妹?」
「そう。けれど秋穂はアイツ・・・真広と一緒にいってしまった。過激派入りしたのよ」
下唇を噛みながら千秋は秋穂を見つめる。恐らく秋穂が過激派入りしたことを信じたくないという感情があるのだろう。
「でも共存派を離反した時から姿は確認されていない。真広とも行動を共にしていないようだし、所在が掴めないわ。生きているのかすらも・・・・・・」
スマートフォンの画面を撫でる指先が震えていることに小春は気が付いた。しかしかけるべき言葉も見つからず、ただその手に自分の手を重ねることくらいしかできない。
-続く-
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