第19話 レジーナの野望
時は少し戻り、義堂寺での激闘の後の事である。
千秋と小春が布団の中でイチャついている頃、とある邸宅の遊戯室にて、仮面を被った吸血姫レジーナが苛立たしそうに机を人差し指で叩きながら人を待っていた。いや、正確には待っているのは人ではなく吸血姫だが。
「落ち着けってレジーナ。自分が立てた作戦に自信がないのか?」
「そんなわけないだろう? 早く結果が知りたいだけだ。待つ、という行為は好きではないからな」
「せっかちはこれだから。急いでは事を仕損じるってね」
「宝条、貴様は考え無しに生きているからそう言える。少しはわたしに協力するべきだ」
「やだね。前に言ったろ? 私は働くのが嫌だって」
フード付のパーカーを着込んでいる宝条はケラケラと不快に笑いながらレジーナの隣の椅子へとドカッと腰かけた。こうも好き勝手を許しているのは仮面の奥に隠されたレジーナの正体を知っているからで、しかも変妖術の使い手だから無理に手出しできない。
「千祟千秋は変妖術を使った柳を倒せるくらい強い。けれど今回の相手は分が悪いじゃん?なんせあの千祟真広だからな。しかも傀儡吸血姫を多数護衛につけた・・・なら勝利は確実だろ」
「千祟には千祟をぶつける。我ながらいい作戦だった」
「裏で糸を引いて戦争を操るってのはめっちゃ楽しいな? レジーナ、アンタは最高だよ。この退屈な世界で私にエンターテイメントを提供してくれる」
まともな生き方をしていない宝条にとって、他者を利用することと吸血姫が争いあう姿を見ることが数少ない楽しみだった。レジーナの近くにいれば過激派と共存派の戦争を安全圏から見ていることができ、まるでスポーツ観戦をするように楽しんでいる。
「レジーナ様、ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません」
そんな会話をしている中、扉が開いて千祟真広が遊戯室へと入って来た。ようやくかとレジーナは立ち上がって戦果報告を急かす。
「どうだった? 千祟千秋一行を抹殺できたのか?」
「いえ、我々の敗北です。敵を一人も倒すことができませんでした。傀儡吸血姫も全滅です」
「は? な馬鹿なことがあるか!!」
憤慨するレジーナは椅子を蹴り飛ばして拳を握りしめる。あれほどの戦力で待ち伏せていたのにも関わらず負けるなど信じられない。
「傀儡を二十以上は貸したはずだ! それを全滅だと!? 貴様と藻南がいながらどういうことだ!?」
「千秋にしてやられました。まさかあれほど凶禍術を使いこなし、ワタシを上回るとは・・・・・・」
「千祟千秋・・・ヤツはまだ貴様を退かせるほど強くなってはいないはずだ。なのに何故・・・・・・」
千祟真広は最強格の一人として恐れられている。千秋はその真広の素養を引き継ぐ吸血姫ではあるが、まだ成長途中で真広を超えるほどの実力があるとはレジーナには思えなかった。
「大損失だねレジーナ。小さな町なら全滅させられる程の戦力を、たった数人の吸血姫と巫女の一派に倒されるとはね」
「あり得ぬ・・・このプランが失敗するなど・・・・・・」
足を組みながら笑みを浮かべている宝条には危機感などない。レジーナの策が失敗しようが自分の責任ではないし、戦いにはこういうどんでん返しがあるから面白いのだ。
「正面からぶつかって殺すのは難しそうじゃん。こうなったら寝込みを襲うほうがいいんじゃない?」
「そう簡単にはいかん。千祟真広よりも強いとなれば生半可な闇討ちは通用しないだろう。それにヤツの家には結界が張られている。傀儡吸血姫は侵入すらできないし、吸血姫が立ち入ればすぐに感づかれるだろう」
「結界を張ったのは千祟美広だな。ならソイツを殺しちゃえば?」
「千祟美広の情報が少なすぎる。戦場に出ることがないからどれほどの実力か分からないのだ。千祟の血を引くなら弱いわけないし、千秋を鍛えた張本人かもしれない相手なのだからウカツに手は出せない」
表に出ることの少ない美広は認知度こそ低いが、むしろそのせいで正体が掴めない吸血姫として不気味がられていた。
「どうにかして千祟千秋をこちら側へと引き込めないんか?」
「無理だな。ヤツは千祟真広の元を離反してまで共存派に残ったんだ。簡単には鞍替えなどしない」
「だろうな。まっ、こうなった以上は暫くは様子見しかないんじゃないか? 失った戦力を立て直す必要があるんだろ?」
「そうだが、貴様も手伝え宝条。このままでは血を確保するのも困難になるぞ」
「気が向いたらね」
「チッ・・・・・・」
今すぐにでも締め上げてやりたいが、そうもできないので脱力しながら壁に背を預ける。
「もう帰っていいぞ。次の指令まで待機していろ」
「はい、レジーナ様」
真広は一礼して背を向け遊戯室を出ていった。
「真広を支配する催眠術はうまく維持できているんだな」
「ああ。だが維持するために常にエネルギーをもっていかれている。これでは戦うこともできない」
「しかしスゴイ発明だ。あの首輪が術を増幅させているんだよな?」
「そうだ。わたしが長年の研究によってようやく作り出した支配の首輪だ。あれで本来催眠術の効かない吸血姫相手でも操ることができるようになる。上手く千祟真広に催眠術をかけることができたのはよかったが予想以上に力を消耗するし、真広の離反に美広と千秋がついてこなかったのは誤算だった」
催眠術が有効なのは一般人のみで吸血姫やフェイバーブラッド持ちには効かない。しかしレジーナは幼い頃から催眠術の研究を行い、吸血姫にすら催眠術を行使できるようになるアイテムを作成することに成功したのだ。それが真広の首にはまっている首輪で、レジーナに操られたから真広は過激派へと転向したのである。
「首輪を増産すればよくね?」
「無茶を言うな。アレ一つ作るのにどれだけの労力を使ったと思っている。しかも今のわたしは真広のコントロールに力を使っているから他の術を行使したりできない」
そもそもレジーナの計画としては、真広を操れば千秋などの親族もセットで配下に置けるはずであった。なのに千秋は真広と縁を切り、美広も共存派に残って千秋を保護した。つまり暗躍し始めた時点で思惑通りに事は進んではいなかったのだ。
「これでは共存派に勝てん。別のプランを進めるしかないな」
「アンタのお宝・・・ブラッディ・コアだっけ?」
「そうだ。わたしが用意していたもう一つの秘具・・・しかし完成には程遠いのが現状だ。それこそフェイバーブラッドでも手に入れば進展するだろうが」
「都合よくフェイバーブラッドなんて見つからんだろうよ。かなり希少な血なんだぞ」
「分かっているが探さなければ見つかりはしない。近くの街にいる協力者達にも情報提供を呼び掛けているし、努力は続けるさ」
フェイバーブラッド持ちが案外近くにいるということはレジーナも宝条も知らない。
「千祟・・・ことごとくわたしを不快にさせるヤツらだ。だが見ていろ。最後に勝つのはわたしだ」
レジーナは自分が吸血姫の女王になるという野望を果たすべく奮闘してきた。その夢を掴み、過激派の悲願である人間の隷属化をも実現するのは自分であると信じて疑わないし、この逆境に闘志を燃やしていた。
「ふぅ・・・ただいま」
小春は額の汗を拭きながら千祟宅の玄関を開けて蒸れた靴を脱いだ。最近の夏の暑さは尋常ではなく、地球の限界が近いという論説もあながち間違いではないのだろうなと小春は他人事のように思う。
「あれ、美広さん帰ってるみたい」
「私達より早いなんて珍しいわね。いよいよ会社が倒産したのかしら」
会社の歯車として仕事に奔走している美広は一日帰らないこともあるし、休日出勤など当たり前だった。それなのに、まるで優良企業に勤めているかのごとく夕方に帰宅していることに違和感を覚えるレベルである。
「二人ともおかえりなさい。暑かったでしょう?」
「今日は早い帰りだったのね?」
「それが職場で労働災害があって。で、労働監督署の立ち入り調査が入って私達一般社員は強制帰宅となったの」
「ええ・・・それって過労が原因なんじゃあ・・・?」
「そうでしょうね。今日負傷した社員は三週間働きっぱなしだったらしいし、栄養ドリンクやサプリメントの過剰摂取もしてたってウワサなの」
「なんか、可哀想ね・・・・・・」
今回はたまたまその社員が不運を起こしてしまったが、もしかしたら美広も同じような目に遭う可能性はある。会社員も命懸けなのだ。
「でね、時間ができたから普段できない押入れの掃除をしていたの」
「ゆっくり休んだら? 睡眠を取るとか」
「終わったらたっぷり休めるから大丈夫よ」
目の下にクマがある人物の大丈夫という言葉には微塵も説得力がない。
「後は私がやるから休んでて。お願いよ」
「そこまで言うのなら・・・それじゃあ古くなって使わない衣類や寝具をまとめてくれる?」
「分かったわ」
千秋としては親孝行したいし少しでも手助けしたいと思っている。普段忙しい中で戦地まで送り迎えしてくれたり、そもそも養育してくれている時点で感謝してもしきれないのだ。なのでこの程度は全く苦にはならない。
「千秋ちゃん、私も手伝うよ」
「小春はこの暑さで疲れているでしょう?」
「それを言うなら吸血姫の千秋ちゃんだって陽の光は好きじゃないでしょ?」
「まあそうだけど・・・・・・」
「二人でやれば早く終わるよ。ね、いいでしょ?」
千秋は頷き、美広を寝室に送って片付けを引き継ぐ。
といっても、押入れの半分以上は美広が手を付けていたので残りは多くはなかった。
「奥にある衣類をまとめれば終わりそうね・・・ん、これは・・・・・・」
千秋が手にしたのは古びたアルバムだった。開いてみるとそこには幼い頃の自分や、まだ共存派だった頃の真広が写った写真が収められており複雑な感情が湧き上がって胸が苦しくなる。
「それってアルバム?」
「ええ、そうよ・・・昔の、私達の」
こんなアルバムを作っていたくらい美広は真広一家のことが好きだったのだろう。思えば昔から美広は遊んでくれたり、真広に叱られた千秋の味方をしてくれていた。
「でも、今の私には必要ないものよ」
悲しそうに呟きながら、パラッとめくったページにある一枚の写真に小春は注目する。
そこ写っていたのは千秋と、幼い小春だった。
-続く-
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