第21話 休日ティータイム

 土曜日の昼、小春と共にアニメを観ていた千秋のスマートフォンの画面に電話の通知がポップアップする。それに千秋は気がついたのだが意図的に無視してテレビ画面に視線を戻した。


「千秋ちゃん、電話出ないの?」


「せっかく小春と二人きりだもの邪魔されたくないわ」


「でも緊急の用事かもよ? ほら、相手は神木さんだしさ」


「むぅ・・・小春が言うなら・・・・・・」


 この平和で幸せな時間になんなのだと、千秋は仕方なくスマートフォンを手に持ったのだが通話拒否をタップしてしまった。


「あ、切ってしまったわ」


 ワザとではない。電話には出ようとしたのだが面倒だなという気持ちによって、ついうっかり指を滑らせたのだ。


「またかかってきた・・・・・・」


 今度は間違えないように指さし確認をしながら通話ボタンをしっかりタップする。すると愛佳の不機嫌そうな声がスピーカーから漏れ出してきた。


「ちょっと、なんで切ったのよ」


「うっかり本心が働いてしまって、拒否ボタンに吸い込まれて・・・私の体は正直なのよ」


「オイ・・・まあいいわ。今日アンタ暇でしょ?」


「は?決めつけないでくれるかしら。今日は忙しくて死にそうなレベルよ」


「ウソつけ。アニメ観てるんでしょうが。こっちにも音が聞こえてきてんのよ」


 千秋はリモコンを操作して音量を下げるがもう遅い。


「音小さくすんな! もうバレてんのよ!」


「あのね、アニメ鑑賞は暇だからやっているんじゃあないのよ。これは・・・そう、天命による果たすべき・・・」


「そういうのいいから。ともかく暇なのは分かったし、これからタイタニアという喫茶店に来てほしいの。赤時もセットでいいわよ」


「喫茶店? 何故アナタとティータイムを過ごさなければならないの?」


「理由は来た時説明するわ。ちなみに相田朱音も来るから」


 それだけ告げるとブチッと電話が切れてしまった。だが、あの愛佳が千秋達吸血姫をわざわざ誘うということは何か重大な理由があるのだろう。


「仕方ないわね・・・小春、出かけることになったわ」


「了解。どこ行くの?」


「タイタニアって名前の喫茶店よ。繁華街近くにある店なのだけれど、よく神木さんは見つけたものね」


「私、知らないや。有名なの?」


「知る人ぞ知るという感じの店ね。以前相田さんと行ったことがあるわ」


 テレビの電源を消し、いつも通りに学校の制服へと着替えを済まして指定された喫茶店へと向かう。




 タイタニアの外観は中世ヨーロッパに存在したような城をイメージしたもので、周りの一般的な建築物に溶け込んでおらず異質に見える。その異世界から紛れ込んできたような独特な雰囲気が好きという者もいるのだろう。


「こっちよ」


 店内に入ると愛佳が手を振って千秋達を席まで誘導する。既に朱音も到着していて、コーヒーを上品さを醸し出しながら飲んでいた。


「あら、ごきげんようちーちさん」


「・・・なんなのそのキャラづくりは」


「失礼しちゃいますわね。アタクシは前々から品行方正、且つ丁寧な・・・」


「気味が悪いからやめてちょうだい」


「ちぇ・・・せっかくお嬢様ごっこしてたのにぃ」


 朱音は唇を尖らせて千秋のノリの悪さに抗議するが、千秋は無視して愛佳に向きなおる。


「で、要件はなにかしら? まさかただ飲食に来たわけではないでしょうね?」


「違うわよ。まあとりあえず何か頼んだら?」


 隣の席に座る小春がメニューを開き、千秋が文字列の上を視線でなぞる。暑いなか外を歩いてきた身としては冷たい飲料ならなんでもいい。


「しかし不可思議なメニュー名ばかりよね・・・このグランツソードってなんなのかしら?」


「そいつは剣を模したワッフルだ。ちなみにシオリリウムロッドっていう虹色のチェロスがウマいぞ」


「相田さん詳しいのね」


「結構好きなんだよここの店。で、神木さんに集合するならこの場所にしようって提案したんだ」


「なるほど。相田さんの紹介だったのね」


 納得しつつ千秋は一つの名前に注目した。


「暁のタイタニア・・・心を通わせた少女のペアにオススメ・・・?」


「一つのグラスに二本のストローを差して飲むアレだよ」


「ああ・・・! 浜辺でよくカップルがやっている」


「まあそれだ」


「これにするわ」


 即決である。千秋は小春と絡めるならなんでもいいらしい。


「まったくアンタ達の仲の良さは尋常じゃないわ」


「私と小春は真の縁で結ばれているの。だからこれが普通なのよ」


「堂々と言える点は尊敬するわ」


 と会話している千秋のもとに暁のタイタニアセットが運ばれてきた。

 大き目の透明のカップは桃色の液体に満たされており、長めのストロー二本が差し込まれている。


「小春、というわけで・・・・・・」


「うん、飲もうか」


 身を寄せ合い、頬が触れる距離まで近づいてストローを咥えた。桃色の液体はピーチ味の炭酸ジュースで暑さに疲れた体には心地よい。


「うふふふふ・・・生き返る気分だわ」


「キモイ笑顔ね・・・・・・」


 愛佳はやれやれと首を振りながらスマートフォンを取り出した。


「それで今日の要件なんだけど、アンタ達は鴨井川は知ってる?」


「知っているわよ。隣の市との境を流れる川のことでしょ。なに、そこで釣りでもしたいの?」


「違うわよ。その鴨井川の近くに心霊スポットがあって、そこに行こうと思うの」


「まさか肝試しがしたいとは、アナタも意外と子供なのね」


「あたしのことなんだと思ってんの・・・・・・」


 まるで見当違いなことを言われて愛佳はうな垂れるが、千秋はキョトンとして再びストローを咥える。


「その心霊スポットは古びた廃墟なんだけど、神隠しが起こるっていう噂が最近流れているの。実際に肝試しで訪れた人間が数人行方不明になっているそうよ」


「ふむ」


「あたしはね、これを吸血姫の仕業だと睨んでいるわ」


「なるほど。廃墟を隠れ家としている過激派吸血姫がいて、ソイツが訪れた人間を襲っているということね?」


「そういうこと。でなきゃ神隠しなんてオカルトが起こるわけないもの」


「吸血姫も巫女も、一般人からしたらオカルト的存在では・・・?」


 ともかく愛佳の想像は千秋にも納得できた。過激派は人目に付かない暗部に潜んで狩りの時間を待っている。その隠れ家に人間の方から寄って来れば、潜伏している吸血姫にとっては危険を冒すことなく得られる絶好の餌だ。


「で、そこに攻めこむつもりなんだけど、一緒に来てもらうわよ」


「まあ過激派吸血姫がいるかもしれないし、なら私達の出番だけど・・・まさか素直にアナタから援護要請があるなんてね。巫女のプライドがよく許したわね?」


「うぐぐ・・・し、仕方ないじゃない。例えばこの前のような強敵が潜んでいるかもしれないし、あたしもリスクは少しでも減らしたいの。そのためにアンタ達を利用させてもらうだけで、援護要請なんかじゃ絶対にないから!」


「はいはい。分かったわよ」


 愛佳は若いながらも何体もの吸血姫と激戦を繰り広げてきた巫女である。しかしこの街で遭遇した変妖術の使い手や、千祟真広と戦って少し自信を失っていた。もし単独で戦っていたら間違いなく死んでいたし、千秋や朱音の助けに命を救われたのは紛れもない事実と言えよう。

 なので次の敵も簡単に倒せる相手ではないかもという慎重さが、本来相容れない千秋達の助けを求めたのだ。


「でもさ、もしかして本当の心霊現象だったりして」


「まさか、そんなわけないでしょ」


「いやいや分からないぞぉ。この世にはアタシ達の知らない事柄がいっぱいある。そもそもアタシ達のような人外もいることだしさ」


「確かにそうだけど・・・まっ、悪霊だろうが悪魔だろうがあたしが祓ってやるわ」


「さすが巫女。頼りになるな」


 どちらかというと吸血姫狩りより悪霊祓いのほうがよっぽど巫女らしい。


「で、いつ行くのかしら?」


「今からよ。善は急げってね」


「昼間から、ね・・・巫女にはいい時間ということね」


「そうよ。巫女は太陽光をエネルギーとするのだから、今の時間こそが絶好なの。それに廃墟内で光が届きにくい場所なら吸血姫も普通に動けるでしょ?」


 巫女から持ち込んだ話なわけで、なら自分が有利に戦える時間帯を選ぶのは当然だろう。


「まあいいわ。なら見せてもらおうかしら。巫女の真の実力とやらを」


「ビビるんじゃないわよ。吸血姫なんて瞬殺なんだから」


 ドヤ顔で胸を張る愛佳。ようやく満足に戦える舞台が用意されたのでいつも以上に気合が入っている。


「よし、じゃあ出撃よ! いざ吸血姫退治に!」


 店を出た愛佳達は真夏の日差しの中、魔の巣くう廃墟へと向かって行くのであった。


  -続く-

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