第6話 惹かれゆく二人

 金城率いる過激派一味を殲滅することに成功した千秋達。これで街は平和に近づいたが、吸血姫同士の戦争が終わったわけではない。今後も地道に敵の数を減らしていく必要がある。


「千祟さん、戦いは・・・?」


「私達の勝ちよ。これもあなたの血のおかげね」


「そっか。それなら良かった」


 小春は戦場となった会議室へと入り、床に倒れている金城を見て戦いの悲惨さを実感する。先ほどまで活き活きとしていた者でも戦いに敗れれば屍を晒すのみだ。千秋や朱音だって同じように死んでいたかもしれないし、小春だって戦場にいるのだから命の危機は常についてまわる。


「この人は消えないんだね? 他の傀儡吸血姫はやられると消えていたけど」


 傀儡吸血姫は死亡する時に赤い粒子となって霧散するが、どうやら吸血姫本体は人間と同じように遺体は残るようだ。


「私達吸血姫は死んでも消滅はしないわ。それより、顔色が悪いけれど大丈夫?」


「ちょっと目眩がするんだ」


「きっと血を沢山消費したから貧血になっているのね」


 千秋は顔色の優れない小春に肩を貸して部屋の隅に置いてあったソファへと寝かせてあげる。最初に小春に出会った時、そういえば自分も同じように運んでもらったなと思い出して小さく笑みを浮かべながら。


「ありがとう千祟さん。おかげで少し楽になったよ」


「私が無理をさせてしまったから・・・ごめんなさい」


「ううん。頑張っている千祟さん達を応援したいし、私も役に立ちたいと思って始めたことだから謝らないで」


「その精神には感服するわ。でも辛い時はちゃんと言うのよ?」


 そう言って小春の頭を撫でる千秋は母親のようで、普段は見せない一面に近くで朱音が珍しそうな顔をして眺めていた。


「ねえ、あそこに倒れている人達って誘拐された人達じゃ?」


 小春の視線の先には金城が血を吸っていた人の他にも数人が倒れている。ピクリとも動かず生気を感じられないが・・・・・・


「そうね。でも・・・手遅れだわ。皆死んでいる」


 致死量の血をすでに抜かれ傀儡として利用する直前の遺体だったようだ。吸血姫には蘇生術など使えず、黙とうを捧げるくらいしかできない。


「なあちーち、事後処理はいつも通り早坂さんに頼めばいいよね?」


「そうね。連絡をお願いできるかしら」


 朱音はサムズアップしてスマートフォンを取り出し連絡を試みる。


「早坂さんて?」


「警察官の吸血姫よ。共存派の一人で、こうした戦いの後の処理や吸血姫絡みの事件の情報を教えてくれるの」


「警察の中にも吸血姫がいるんだね」


「共存派は正義感の強い吸血姫が多いわ。だから警察官として過激派を取り締まろうとする者もいるの」


 過激派が人間を誘拐すれば失踪事件として扱われるし、ある意味過激派の行動を把握するのにはうってつけの職と言えるだろう。本来ならば捜査情報を漏らすのはご法度なのだが、超法規的な敵に立ち向かうためには必要な不正なのだ。


「そういえば金城の言っていたことなのだけれど、アレは千祟美広のことではないわ。それだけは勘違いしないでほしいの」


「ああ、あの親がどうとかって話?」


「そう。実は千祟美広は・・・私の本当の親ではないのよ」


 本当の親子のような関係に見えたし、苗字だって同じなのだから疑うこともなかった。だが言われてみれば最初に美広に会った時、保護者だと自己紹介されて親だとは一言も言わなかったと思い返す。


「私の本当の親の名前は千祟真広。かつては共存派として活動していたの・・・それなのに・・・・・・」


 怒りと、そして悲しみの入り混じった複雑な表情で実の親の存在を語る。かつてはという言葉から察するに今は違う立場にいるのだろう。


「千祟家は吸血姫の世界で名家として知られる家柄なの。中でも千祟真広は実力も政治力も高く、崇拝する者すらいるほどの吸血姫だった。そんな真広は共存派を率いる立場にいたのだけど、ある日突然人格が変わってしまったように裏切り、過激派へと転身したの。私も付いてくるように言われたけど過激派入りなんて冗談じゃないし、それで家を飛び出した。そんな私を保護してくれたのが千祟真広の妹である千祟美広なのよ」


 千秋は家出少女ということらしいが、家庭環境が複雑で小春もコメントに困る。何か気の利いたセリフを言おうにも千秋の背景が重くて言葉が出てこない。


「それからは千祟美広を親として生きてきた。あの人は直接の血の繋がりがないのに私を大切にしてくれて・・・・・・それに比べて千祟真広は許せない・・・アレだけは、私が直接倒す」


「親、なのに?」


「もはや親なんかじゃないわ。敵よ」


 そう強く吐き捨てるような言い方には確かな殺気が混じっていた。戦士でもないのに小春に感じ取れるほどのものだ。


「こんな話・・・ごめんなさい。疲れている人にするような話ではなかったわね」


「ううん。千祟さんのことが知れて良かったって思うよ」


「そう? 私の情報なんて一銭の価値も無いわよ」


「ほら、私たちってその・・・パートナーみたいなものでしょ? だからさ、少しでもお互いを知っていれば何かあったら助けになれるかもだしさ」


「あなたって人は・・・・・・」


「まあ私はなんもできないかもしれないけど、それでも千祟さんの味方だよ」


 小春の笑みに千秋の心が軽くなる。これまで背負ってきた自分の因縁を面と向かって伝えたのが初めてだからでもあるが、小春の味方だという一言が嬉しかった。


「ねえ赤時さん・・・その、私達パートナーなんでしょう?」


「相性もいいっていうし、そんな関係かなぁって」


「なら・・・お、お互いを下の名前で呼び合うというのはどうかしら?」


 戦闘時よりも緊張した様子の千秋がそう提案する。


「うんうん、いいね。そうしよう」


「本当!? なら・・・小春」


 告白でもしているのかというくらい顔を赤らめ、イタズラがバレた子供のように目を泳がせている。これまで友達のいなかった千秋にしてみれば名前を呼ぼうという当たり前の提案さえ普通にはできない。


「じゃあ私は千秋ちゃんって呼ぶね」


「うふふふ・・・いい響きね・・・・・・」


 普段美広からも同じように呼ばれているけれど、小春からの千秋ちゃん呼びは特段の喜びがあった。それは赤の他人だったのに、こうして仲良くなれたことが奇蹟のように感じるからだろう。

 近くに吸血姫や人間の遺体がある中でこんな平和な会話をできるのはおかしいと思うかもしれないが、正気を保つためには必要なことなのだ。ただでさえ気が滅入る状況なのだから、せめて日常に帰るための会話でもしなければ多感な思春期真っ只中にいる彼女達が狂ってしまってもおかしくない。


「いい雰囲気のトコロ悪いんだけどさ・・・早坂さんに連絡して処理してもらうことになったから、アタシ達はもう帰ろうよ」


「そうね。こんなところに長居してもしょうがないし、人に見つかる前に退散しましょう」


 誰かが来たとしてもまた催眠術を使えばいいのだが、なるべくなら穏便に済ませたい。千秋は美広に迎えを要請し、小春達と共に工業エリアの外へと脱出するのであった。






「あれ・・・ここは千秋ちゃんの部屋・・・?」


 陽が指す時刻、小春が目を覚ましたのは千秋のベッドの上だった。初めての吸血の後もここに運ばれたのだが、また同じような状況になっている。

 ここに自分がいる経緯を思い出そうとした瞬間、隣に温かい感触があることに気がついた。


「ち、千秋ちゃん・・・!」


 小春のすぐ隣で眠っているのは千秋で間違いない。寝顔すら美しく、まつげが届きそうなほどの近さで息を呑む。


「あっ・・・!」


「・・・あら、起きていたの小春」


「い、今丁度ね」


 見つめていたから起きてしまったのかは分からないが、千秋はゆっくりと目を開けて小春の姿を視認し、手を伸ばして柔らかな頬を撫でる。


「ねえ千秋ちゃん、私はどうしてここに?」


「あら、憶えていないの? ママ・・・お母さんに迎えに来てもらって、その車中で寝てしまったのよ。自宅まで送って起こしてあげようと思ったのだけれど、死んだように深い眠りに就いているのを起こすのもかわいそうだからって私の部屋まで運んだの」


「そうだったんだ。確かに車に乗るまでは記憶にあるんだけど、その先はまったく憶えてないや」


 そんなに熟睡していたのかと恥ずかしくなる。何か変な寝言を言っていなければいいのだが・・・・・・


「可愛かったわ、昨晩の小春。私が隣に寝た瞬間、腕に抱き着いてきたのよ」


 寝言なんかよりも恥ずかしいことをしていたらしい。


「それ本当に!?」


「ええ、本当よ。嘘だと思うなら、ホラ」


 枕元に置いてあったスマートフォンを操作して写真フォルダを開くと、そこには千秋の腕にコアラのようにしがみつく小春の姿が写っていた。


「しゃ、写真を撮ったの!?」


「つい衝動で」


「もう! 消してよそんなの」


「いやよ。これは二度と取れない写真だもの、永久保存しておくわ」


「新手の辱めに遭っている・・・・・・」


 まだ貧血気味な小春は抗議する気力もなく写真を消すのを諦めた。別に悪用されるわけでもないし、千秋ならまぁいいかという気持ちもあったためだ。


「てかお風呂にも入ってないし、私臭いかも・・・・・・」


 服装も昨日のままで、匂っていたらどうしようと不安になる。年頃の女子なら尚更体臭は気にする点だ。


「大丈夫よ。臭くなんてないし、むしろ・・・・・・」


 千秋は小春に近づいて覆いかぶさるようにし、首筋に鼻を近づけた。両者の大きな胸が密着して歪み、互いの鼓動が体を通して聞こえるようだ。


「とてもイイ匂いだわ。安らぐような優しい匂い」


 吸血姫特有の赤い瞳が淫靡に小春の横顔を見つめる。


「や、やめてよぉ・・・・・・」


 しかし言葉とは裏腹に抵抗していない。千秋の変態的な行為を完全に受け入れていた。


「意地悪し過ぎたわね。気になるならシャワーを使うといいわ」


「そ、そうするよ」


 ベッドから降りた千秋に続き、小春も衣服の乱れを直しながら起き上がる。そしてまた一つ気づいてしまった。


「千秋ちゃんの匂い・・・良かったな・・・・・・」


 小春もまた千秋の香りと、肌の感触に溺れかけていたことを。

 フェイバーブラッド持ちには催眠は効かない。つまり小春自身が千秋という存在に惹かれつつあるということだ。お互いにお互いを強く意識している状態で、そこには種族の壁など関係なかった。


   -続く-

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