第5話 激突、過激派吸血姫

 第三工業ブロックはいくつもの工場や事務所が立ち並んでいるがそこに明かりは灯っておらず、まるで人間が絶滅した後の世界を模したようにただ暗闇が広がっていた。

 この廃墟地帯に過激派の吸血姫が潜伏しているらしく、千秋達は忍び足で周囲を警戒しながら敵影を探す。


「この先のさ、あの工場が見える?」


「中原工業って看板の付いた?」


 朱音が指さす先の錆び付いた工場には、今にも落下しそうな看板がぶら下がっている。その工場は第三ブロックの中で最も大きく潜むにはうってつけの建築物だ。


「それそれ。あん中に敵がいるはず」


「内部の様子が知りたいわ。近くに寄ってみましょう」


 工場の周囲に人影はない。もしかしたら空振りかもしれないという不安を抱きつつ建物ににじり寄る。


「なあ、アレを見てみろよ」


「傀儡吸血姫ね・・・・・・」


 半分割れている窓から中を覗き見ると、フードを被った複数人の傀儡吸血姫の姿が確認できた。どうやら当たりで、過激派の拠点として利用されているのは間違いないようだ。


「アレで全部の戦力とは思えないけれど、どうするちーち?」


「叩き潰すだけよ。敵は見張りも出さずに油断しているような連中だし、奇襲をかけて一気に殲滅するわ」


「よしきた。そーゆー脳筋戦法嫌いじゃない」


「・・・バカにされているのかしら?」


 千秋の疑惑の目線を無視して朱音が入口を探し、非常口の印がついた扉を発見する。


「この半開きになっている扉から侵入しよう」


「分かったわ。赤時さんは私達の後ろから離れず付いてきて」


 小春は小さくコクンと頷き千秋の背中について行く。戦闘ができないのだから素直に言う事を聞くのが最善だ。

 先頭の朱音が扉の隙間から顔を突っ込んで索敵を行い千秋達を手招きする。


「お粗末なもんだ・・・まっ、こっちには好都合だからいいけどさ」


「油断しないで。気の緩みは死に繋がるわよ」


「手厳しいがその通りだな」


 敵の陣地にいるということは、いつ会敵してもおかしくないということだ。目の前に敵がいなくとも突然天井から襲ってくるかもしれないし、逆に床下から現れるかもしれない。常に気を張りながら全方位に注意を向け、忍び込んだ部屋の奥にある閉じられた扉へと三人が張り付く。


「扉の向こうで物音がするな」


「いよいよ戦いの時ね。魔具を準備したほうがいいわ」


 千秋は手の甲に紋章を浮かび上がらせ、そこから放射された光が刀を形成する。一方の朱音はというと両手が発光してボクシンググローブのような真紅のオーラを纏っていた。


「それじゃあアタシがこの扉をぶっ壊して敵を驚かせるから、ちーちが先陣を切って突っ込んで」


「了解」


「うし、じゃあ戦闘開始だ!」


 右腕を腰だめに構え、扉に向けて思いっきり突き出した。その強力なパンチによって鉄製の扉がひしゃげて吹き飛んでいく。

 

「いくわよ!」


 生産ラインがあったと思われる巨大なスペースには多数の傀儡吸血姫が詰めており、千秋達の奇襲に驚きながら散開して距離を取る。

 そんな中で駆ける千秋が勢いよく斬り込み二人の傀儡吸血姫を両断した。


「千祟千秋・・・!」


「年貢の納め時よ。覚悟なさい」


 千秋は戦国時代のような文言で刀を振るい、数で上回る傀儡吸血姫に対して優位に殺陣を演じている。


「アタシも負けてられないな!」


 朱音は敵の懐に潜り込むと抉るような右ストレートを放ち、傀儡吸血姫の胸部を穿ち貫いた。まるで対戦車ライフルで撃たれたような傷跡で、そのパワーがどれほど強力かということが分かる。


「これも赤時さんのおかげか・・・・・・」


 自分の力が普段よりも増している事に気がついた朱音はフェイバーブラッドの効果に興奮しながらも恐怖も感じていた。それは千秋が感じたモノと同じで、過激派に悪用された場合にどれほどの影響が及ぶか分からないという恐怖だ。

 

「負けらんないな!」


 そんな事になる前に敵は全て排除すればいい。朱音は近づいてきた傀儡吸血姫に膝蹴りを叩きこみ、強烈な左ストレートで顔面を破壊した。

 次々と霧散していく過激派の傀儡吸血姫。最初は十数体いたが、この数分間の間に残り二体まで減らし、こうなれば勝ちは目前だ。


「案外楽勝だったな」


 ジリジリと距離を詰めて残った敵を仕留めようとするが、


「やってくれるねぇ・・・せっかく私が作った軍団をこうも叩きのめしてくれるとはさぁ」


 工場二階部分の連絡橋に人影が揺らめき、千秋達は足を止めてそちらに視線を向ける。


「金城(きんじょう)・・・生きていたのね」


「私はまだヤル事があるから死ねないんだよ。人間共をペットにして飼いならすって目標があるんだから」


「クソみたいな目標ね。アンタは何様のつもりよ」


「吸血姫様だよ。貧弱な人間を支配するのに相応しい種族だ。お前だって千祟の者ならそう思うんじゃないのかね?」


「私は人の世界の中で生きることを選んだの。アナタ達のような愚劣で卑怯な吸血姫とは違うのよ」


 その言い合いを小春は遠くから見守る。二十代くらいの金城は傀儡ではなく正真正銘の吸血姫で、過激派吸血姫を始めて小春が目撃した瞬間であった。

 天窓から差す月明かりに照らされた金城は茶髪をなびかせながら連絡橋を飛び降り、禍禍しい大剣を装備して残った傀儡吸血姫と共に千秋達の前に立ちふさがる。


「ハッ、そんな事言っても血は争えぬってね。どうせお前もいつかは本性を表す時が来るだろうさ!」


 大剣を構えて金城が突撃し、千秋と朱音に斬りかかる。空気をも振動させるパワーは死を想像するに充分なものだ。


「吸血姫の本能を呼び覚ませよ。闘争と、人の血を貪り吸いつくすのが我々吸血姫だろう?」


「野蛮な生き方しかできないアナタ達はそうでしょう。でも理性の無い吸血姫など蚊以下よ」


「言うねぇ・・・・・・お前の親にも同じことが言えるのかい?」


「アレは私の親などではない・・・!」


 唇を噛みしめながら苛立つ千秋。彼女の親と言えば美広のことだが・・・・・・

 千秋はキレ気味に刀で大剣と切り結び、力任せに金城を弾いた。


「くぅっ・・・! なんてパワーだ・・・私の大剣を上回るなど!」


「甘くみないほうがいいわよ。私は、これまでとは違う!」


 そのパワーの源は小春なのだが、それを金城が知る由もなくただ千秋に圧倒されている。


「チッ・・・一度仕切り直しだ」


 金城は軽く肩を斬られながらも後退をかけ、それを許さない千秋と朱音が追撃するが、


「追ってくる気かい・・・ほならね!!」


 突如として傀儡吸血姫の一人を担ぎ上げ、何やら唱えたかと思うと千秋達めがけて投げつけてきた。


「まさかっ!?」


 千秋は近くに落下した傀儡吸血姫に対し、左手の紋章を向けて光を放出する。するとその光はバリアのようになって千秋の前面に展開した。

 直後、傀儡吸血姫の体が膨れて爆散し、周囲に肉片と赤い粒子が撒き散らされる。


「あうっ・・・・・・」


 バリアは完全にダメージを防げたわけではなく、千秋は爆圧で吹き飛んで床に転がった。


「ちーち!」


「私は大丈夫! 敵を!」


「ああ! アタシが追う!」


 体を痛めた千秋に代わり、朱音が逃走した金城を追いかけて工場の外へと飛び出した。そうして静かになったところで小春が千秋の元へと駆け寄る。


「千祟さん! 怪我は!?」


「平気よ。それより血を使いすぎてしまったわ。ここで補給をお願いできるかしら?」


「うん」


 一連の戦闘で消耗した千秋は小春から血を提供してもらうべく首筋に噛みつく。今回は戦闘中であるということもあって飲むスピードも速く、激しさを伴うものであった。それはアドレナリンが出て興奮状態にあるという事も関係しているのだが、ともかくその激しい摂取方法に小春は被虐的な満足感を覚えてしまっており、あまつさえは快楽そのものに変化しようとしていた。


「ありがとう、赤時さん」


「こちらこそ、その・・・ありがとう・・・・・・」


「?」


「あっ、いやなんでもない。それより、金城って吸血姫が言ってた”親にも同じことが”ってのは・・・?」


「今はそれより敵の追尾が先よ。あなたは私が担いでいくわ」


 話を遮った千秋は小春をお姫様抱っこの要領で持ち上げた。


「ち、千祟さん!?」


「いくわよ。舌を噛むから喋らないで」


 エネルギーを回復した千秋はダッシュで朱音の後を追う。金城は隣接する二階建ての事務所へと逃げ込んだようだ。




 事務所内に入り、小春を降ろして物陰に隠れさせた千秋は慎重に上の階へと続く階段を昇る。

 

「相田さん!」


 階段途中の踊り場にて朱音が壁にもたれかかって座り込んでいた。目立った傷は無いようだが・・・・・・


「もう一歩まで追い詰めたんだけどな、アタシの体力が尽きちゃって・・・・・・」


「下の階に赤時さんがいるから血を分けてもらうといいわ。でもさっき私も貰ったからあまり多く吸血しないであげて」


「赤時さんを死なせるわけにはいかないしね。ちーち、後は頼む」


「任せなさい」


 二階の奥、会議室の扉が開け放たれており、そこから人の気配を感じた千秋が突入する。

 部屋の中には意識の無い複数人の人間が横たわっていて、その中の一人から金城は血を飲んでいた。


「来たか。だが私も万全だぞ」


 千秋を視界に捉えた金城は再び大剣を握り、ホコリの被った事務机をなぎ倒しながら千秋に迫る。


「千祟の家系の者でも倒してやる!」


「お前に負けるわけにはいかない・・・! 人間を傀儡吸血姫にして、しかも爆弾として使うお前になど!」


「ふっ、いい利用方法だろう?この技を覚えるのには苦労したが、今では得意技なのさ!」


 千秋を蹴り飛ばした金城は最後の傀儡吸血姫の頭を掴んで術をかける。どうやらまた爆弾へと作り替えたらしい。


「もういっちょ喰らえ!」


 爆弾と化した傀儡吸血姫を投げつけ、千秋はバリアを展開して防御体勢を取る。

 壁に激突した傀儡吸血姫はバッと弾けて床や天井を崩落させ、揺れで姿勢を崩した千秋に金城がトドメを刺すべく大剣を振りかぶった。


「死ねよやっ!」


 勝ちを確信する金城。だが優位に立てたという慢心が警戒を怠らせており、もう千秋のことしか認識しておらず、それが致命的だと気付くには遅すぎた。


「死ぬのはお前だよ」


「なんとっ!?」


 崩落した床の穴から現れたのは朱音だった。小春から血を貰い受けて体力を回復させた朱音は、奇襲を行うべく会議室の真下に移動していたのだ。


「油断はしないほうがいいぞ。気の緩みは死に繋がるんだからな」


 工場に入るときに聞いた千秋からの忠告を口にしつつ、一階から跳躍しつつ金城の右肩に全力のパンチを叩きこんだ。


「ば、ばかなっ!?」


 金城の右肩が粉砕され、右手に握っていた大剣を落としてしまう。


「御終いにするわ・・・!」


 よろけて動きの鈍った金城の胸部に千秋の刀が突き刺さる。心臓を破壊された金城は一瞬で絶命し、血を吐き出しながら仰向けに倒れ伏した。


「私達の勝ちね」


「さすがちーち。的確に急所を狙うスタイルえげつないな」


「討てる時に討ち、確実に仕留めるのが私の戦の美学よ。理解できるかしら?」


「それは分かる」


「結構」


 千秋は刀を仕舞いながら金城の死体を見下ろし、隠れさせた小春の元へと足を向けるのであった。


  -続く-

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