『転生記』/ ふみねこ

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 ××20年3月末日。世間の学生たちにとって春休みも終わろうとしていた頃、何故か僕は妹のノノと買い物に行っていた。いつもなら友達とキャッキャしながら行くはずの妹と。


 まぁ、別段仲が悪いわけではないし僕は全然構わない。というか兄妹関係としてはまだマシな方だろう。知らないけど。


 いや、そうじゃなくて。どうして急に、一緒に買い物に行こうなんて言ってきたのだろうか。僕に何か買って欲しいのか、それともただの荷物持ちなのか。可能性としては後者が圧倒的に高いのだが……。


 そんなことを考えながら道を歩いていると、ノノが話しかけてきた。


「……でさー。って……お兄ちゃん聞いてるの⁉」

「へっ⁉ あぁ、悪い悪い。ちょっと考え事してて……」


 全く気付かなかった。ノノは話しかけてきたわけではなく、ずっと僕に話していたのだ。それにしても、家を出てからずっと話していたのだろうか。だとすればおかしいのは乃々だ。でも案外、一方的に話し続ける女の子もいると聞くが……うーん分からんな。


「もうっ……あ、ほら見えたよ。あそこのお店!」


 ノノが指差す方を見ると、そこには高くそびえる建物が……たてもの……が……あれ?


 突然視界がグニャリと歪曲わいきょくした。だがノノはそんな僕にはお構いなしに、はやくはやく、と言って先に横断歩道を渡り始める。


「あぁ、すぐ行くよ……」


 しかし、視界が歪んでいるのに加えて頭痛も襲ってきた。徐々に意識が遠のいていくのがわかる。


 そんな僕にさらに追い打ちをかけるように、右方からブゥゥゥンという車のエンジン音が聞こえてきた。


 まずい。まずいまずいまずいまずい。このままではかれてしまう。なんとかこの場から動かなければ。どうやって? 膝も崩れ、もう自力では立ち上がることすらできない。体に力が入らない。ああ……意識が……


 と、そこでノノがこちらに振り向いた。よかった、これで気付いてもらえる。早く僕を引っ張ってくれ。


 男ながら情けないとは自分でも思うが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 胸の中でそう呟きながら、僕は精一杯の力を振り絞って右腕を前に伸ばした。だがそこでハッとした。


 ノノが……笑っている?


 異変に気付いた僕を見下すように、ノノは言葉を放った。


 ごめんね、お兄ちゃん。


 そう言った気がする。何故、気がするかというと、エンジン音がすぐそばまで来ていて、上手く聞き取れなかったからだ。


 ゴンッ! キキィィィィィ……


 鈍い音とともにブレーキ音が辺りに響いた。直後、眩(まばゆ)い光が僕を飲み込んだ。


 周囲の人々から見れば、ただの交通事故に見えるだろう。ところが、その事故は何者かによって意図されたものだった。


 こうして僕は完全に意識を失った。まぁあの状態のまま車が激突してきたわけだから、失わないはずはないんだけど。


 視界が歪み、頭痛に襲われ、車に轢かれた。ここまでは覚えている。自分でもびっくりするくらい、鮮明に。でも、今はそれ以上にびっくりしている。それでいて、まだ頭が追い付いていない。


「どうして生きているんだ……」


 ◇◇◇


「ターゲットの転移テレポートを確認しました。これより、本部に帰還します」


 ふぅ……かつての妹を装うのは楽じゃないな。それにしても、全然変わってなかったな……。別の世界線とかだと、同じ人物でも性格が真逆だったりする、なんてこともあるみたいだし。


「ご苦労」

「司令、あの事故を起こした人物はいったい何者なのですか?」

「ああ、それについては後ほど彼と同じ場で説明させてもらう。それと、こちらに戻ってきてからは彼を筆頭に任務を遂行してもらう」

「な……私では力不足と仰るのですか⁉」

「いや、そうではない……まぁ口で言うより実際に見たほうが早いだろう。いいから早く戻って来い」

「くっ、分かりました……」


 ごめんね、お兄ちゃん……すぐに会わせてあげるからね。


 ◇◇◇


 ××19年3月末日。人々の新たな生活の始まる時期。それは僕にとっても同じことだ。


 いつもと変わらない朝。けれど、今日は僕にとっては特別な日だ。今では日課となった、愛用のハープの手入れを始める。これは僕が小さい頃、祖母に貰ったもので、形見だ。


「ありゃ、ここの弦切れかかってんな……」


 他にも2、3本切れそうな弦があった。長年使ってきたものだからさすがに劣化が激しい。


「うーん、こりゃ買いに行くしかないか。でも今日はアイツと約束があるんだよな……」


 悩んだ結果、説明すれば大丈夫だろうという結論に至った僕は、そそくさと着替え始める。


 軽い朝食を済ませ、約束の場所へと向かう準備をしていると、家の外でよく知る人物の、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。慌てて支度を済ませ外に出ると、そこには思った通りの人物が立っていた。


「おいおい、待ち合わせは僕の家じゃないだろ?」

「えへへ、待ちきれなくなっちゃって」


 ニコッと微笑むこの女性こそが、僕の今日の約束の相手であり、幼馴染であり、恋人のミズキだ。しかし……この笑顔を見た後だと、さっきの事を切り出すなんて無理だ。この様子だと余程楽しみにしていたのだろう。


 僕は弦のことは一旦忘れて、今日のデートを楽しむことにした。


「あれ、今日はノノちゃんいないの?」

「ノノなら昨日、友達の家に泊まりに行ってくるって言ってそれっきりだよ」

「ふーんそうなんだ、じゃあ今日は思いっきり楽しめるね!」

「おいおい、そこは心配してあげるところじゃないのかよ……」

「えー、だってトウヤの妹でしょ? なら大丈夫だよ。さ、早く行きましょ!」


 何がどう大丈夫なんだろうか。と思っていると、彼女は僕の手を引っ張って先導していった。


 自分で言うのもアレだけど、僕はそこまでしっかりとした人間じゃないぞ。……まぁ確かにノノは家事全般もできるし頭も良いけど。

 僕だって、音楽なら……。


「ーい……おーい! トウヤ? どうしたの、大丈夫?」

「えっ? あぁ大丈夫だよ。ごめんね、ちょっと考え事してて」

「ふーん? どうせまたヘンな事でも考えてたんでしょ。それとも、何か隠し事とか? なーんてね」


 相変わらずの勘の鋭さに内心ドキッとしたが、別に今言うほどの事でもないし、何より言ってしまえば今日の予定が崩れることになる。


 彼女の悲しむ顔なんて見たくないので、僕は何でもないよ、と言って彼女の横に並んだ。


「そういえば今日はどこに行くの?」


 デート自体は前々から予定していたのだが、出掛ける、ということしか知らされていなかった。買い物なのか食事なのか、それとも……


「あれ? 言ってなかったっけ? 今日はねー新しい腕時計を買うんだ」

「へーそうなんだ……ってミズキ普段腕時計着けないじゃん。なんで急に?」

「ふっふっふ……実はすごいものがあってね、お店に行ってからのお楽しみ!」


 ……何やら楽しそうだ。そんな彼女を見て僕も少し心が躍る。偏見かもしれないが、やはり女の子は買い物が好きなのかもしれない。


 それにしても、腕時計とはまた高価なものに手を出すなぁ……。確かに持っていればすぐに時間を確認できるというメリットはあるが、今までなかったものが急に手首に現れることで、物体との距離が変わってぶつけてしまいそうである。まぁ、最近のことには疎いから全然分からないけど。


「あ、ここを曲がったら見えるよ!」


 そう言うや否や、すぐにモールが見えた。なんて高いんだろう。少なくとも20フロアはあるんじゃないか?


「今、トウヤ語彙力無くなったでしょ」


 そんな感想しか出てこなかった僕を見透かしているかのように、ミズキが煽ってきた。


 うるせえ、デカいんだからそれでいいだろ……。これ以上何を言えばいいんだよ。

 なんてことは言わずに、あははと笑って誤魔化した。別に誤魔化す必要なんてないのにな……。


 中に入るとそこはもう別世界だった。普段楽器のお店くらいしかいかないものだから、この手のお店に入るのはかなり新鮮だ。あちこちにキラキラした高級そうなアクセサリーが展示されていて、只々、眩しい。


「えーっと、時計売り場はっと……に、24階かぁ」


 に、にじゅうよん!? 既に予想を上回ってしまった。いったい何階まであるんだろう。逆に気になる。エレベーターのボタンとか気持ち悪そうだな、トライポフォビアの人とか乗れないんじゃないか……。


「よし、じゃあエレベーターいくか」

「え? このモールはエレベーターじゃなくて転送装置を使うんだよ」

「転送装置?」

「そ、台に乗って受付印の人に階層を伝えると、バヒューンって転送してくれるの。だってこの規模だよ? いちいちエレベーターなんて使ってたら時間なくなっちゃうし」

「はえー……すごい時代になったもんだ」

「もう、なにおじいちゃんみたいなこと言ってんの。ほら早くいくよー」


 実際本当に驚いている。引きこもっていたわけではないが、高層建築物には縁がなかったものだから全然知らなかった。いつの間にかこんなに技術が進歩していたなんて。おじいちゃんびっくり。




 無事に時計の購入を済ませた僕たちは、早々に帰ろうとしていた。ただ時計を買うだけのデートだったが、この短い時間一緒に居ることができただけでも僕はすごく嬉しい。この気持ちをいつまでも忘れないでいよう。


「ごめんね、今日は付き合ってもらっちゃって」

「ううん、構わないよ。僕も楽しかったし」

「本当? よかった、私もトウヤと買い物できて楽しかったよ」


 ふふ、と笑う彼女を見て、あぁ、来てよかったと心の底から思う。それにしてもどんな時計を買ったのだろうか。一緒に買いに行ったものの、結局お店でも何を買ったのかは見せてくれなかった。


「あ、そうだ。はいっこれ! 」


 思い出したようにバッグから何かを取り出すミズキ。その手には拳一つ分ほどの立方体の箱が握られていた。


「ねね、開けてみて」


 言われるがままに箱を開けてみると、そこには時計が……時計かこれ?


 腕時計といえば、ベルトにケースが付いて、そこにベゼルやら竜頭やらで構成されたものがあるものが一般的だが、どうやら僕の思っていたものとは少し異なるらしい。


「お、不思議そうな顔してる! これはね、針もなければ液晶もない、ホログラム式の腕時計なんだー」

「いいのか? こんなすごいもの貰っちゃって」

「うん、だって今日は私たちにとって特別な日でしょ? それに……ほら! トウヤとお揃いなんだ」


 ミズキは、もう一つの箱をバッグから取り出して開けると、僕のものとは色違いの時計があった。そして、それを身に着けて見せた。


「どうどう? 似合う?」

「全然主張してないのがいい感じ。それに、傍から見るとただのリストバンドにしか見えないから、悪い輩に狙われることもないし」

「もー素直に似合ってるって言えばいいのに……」

 ちょっと不貞腐(ふてくさ)れた様子でミズキが時計を空にかざしてみた時、一瞬だけキラッと光るのが見えた。


「あれ、今光らなかった?」

「んー? あぁ、多分これかな?」


 そう言うと、手首を反して見せてくれた。そこには丸くて勿忘草のような色の石が嵌め込まれていた。


「なんかお店の人によるとね、『時の石』って言うんだって。石自体は『エンジェライト』っていうのを使ってるらしいんだけど、時間の流れとか、色々分かるようになるらしいよ」

「いや絶対嘘でしょ……」

「まぁまぁ、実際はオマケみたいなものだし、私もその辺はよくわからなくて、ただ綺麗だなって思って付けてもらっただけだよ。これもお揃いでね」

「本当だ、付いてる」


 僕の時計にも同じ石が嵌め込んであった。それにしても胡散臭いな。あんまり深く考えない方がいいんだろうけど、妙に引っかかる。でもせっかく買ってくれたんだし、ちゃんとお礼は言わないとな。


「ありがとう、ミズキ。大切にするよ」


 そう言って、僕たちはまた手を繋いで歩き出した。小さくて優しい、けれど、どこか力強さをも感じる手。


 エンジェライトか……店員さんも粋なことするじゃないか。


 これから先、どんなことが待ち受けているのかなんて想像もできないけど、僕にとって大切なものは絶対に変わらない。絶対、絶対に……。













 あとがき


 どうも、ふみねこです。猫が大好きな猫アレルギー持ちです。

 今回はですね、自分でもよくわからない話の流れになってしまったなと反省しております。やっぱり何も考えずに書き出すとヤバいですね☆

 一応、時系列的には前作よりは後で、本編よりは前、といった具合なのですが、事細かに書いていては、日が暮れては明けて、暮れては明けてを繰り返してしまうので一部省略はします。話の流れが分からなくなるほどは省かないのでご安心ください。(?)あと、前後読まなくてもできるだけ分かるようにはするつもりです。でも読んでくれるともっとわかりやすいかも?

 最後ですけど、何故エンジェライトを出したか気になる人は是非、調べてみてください。また、作中でも『時の石』とあるように、色々キーになってきます。(予定)

 今後書きたいものと言えば、独り言のかき集めたものとか、今まで見た夢の話をどうにかして繋げてみたものとかですかね。面白いかどうかは別として。

 では、私は猫カフェに行くので失礼します。にゃ。

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