彼女はすべて暴露する
「
「真っ先に私を頼ってくれたんだろう、だから許そう」
彼女は聡明な頭脳と教養によって客をとる。というか負かす、らしい。それでいいのか疑問だが、客は「そこがいいのだ」と口を揃えるので遊女と殿方の関係はよく分からない。
白魚の指が私の顔布をめくり、涼やかな目元を微かに緩めた。
「早く済ませて私の部屋においで。君がいないと退屈でかなわない」
粧と酒、花の香が立ち込める娼館の廊下を、指示された間まで。翡翠殿に事情を話して人払いをお願いしたそこに、そわそわと落ち着かない様子の男性が正座している。
「たいへんお待たせ致しました」
入室して正面に座り、刀を置いて居住まいを正す。
指先を揃え、深く頭を下げた。
「お初にお目にかかります。……手前は北の退治屋、頭目をタタラの元に集いました構成員がひとり、琥珀と申します。此度はご足労いただき心より感謝申し上げます」
「っえ!? ……は、はい。ご丁寧にすみません……?」
面を上げても彼は動揺している。こいつは誰だと思われているのだろう。
言われる前に顔布を外した。畳んで懐に仕舞い、再度その人に向き直る。
「――……音羽、」
呆けた彼と目が合った――夏空の深い青。
髪と瞳の鮮烈な青色を見て、なぜだか母を思い出した。
「申し遅れました。俺は楽団の座長でアオ、っていいます。そのまんま。ほら、頭も目も青いから。……和泉の双子の妹さん、相良ちゃんで良いんだよね?」
「仰る通りでございますが、琥珀と呼んで頂きたく存じます。私がこの密会の場をご用意できましたのは、私を男と偽ってくださる翡翠様のご厚意あってのものですから」
捜索依頼の返答を保留し、内密に面会を頼んだ。私の存在を知るのは座長であるアオ殿ひとり。彼を説得できれば私の存在は隠せる。
アオ殿は沈黙に戸惑ってから、背筋を伸ばして頭を下げた。
「……さっき、君の顔を見て音羽と呼んでしまったことを謝らせてください。本当にごめんなさい。俺は、君たち双子をお母さんの代わりにする気は一切無いと誓います」
「承知しました」
「和泉は元気です! 俺が養父……後見人として一緒に暮しています。俺が不甲斐ないから、貴族養子の方が良い暮らしできるって他の養父候補から滅茶苦茶言われるけど……でも! お母さんの観客だった大人達の支援もあって、時期歌姫との呼び声も」
「兄を支えて下さり感謝申し上げます」
兄は母の死で廃人手前だったから。重ねて礼を伝えた。
アオ殿は視線をさ迷わせていた。私の顔色を窺うように、尋ねる。
「……琥珀、さん。……警戒してる?」
「はい」兄が幸せに歌えているなら、それが全てな気もするけれど。
怒るかと思ったアオ殿は一瞬ぽかんとして、朗らかな笑い声をあげた。
身を退いても構わず近付いて、私の手を握った。感慨深そうに語りはじめる。
「和泉がね。ほんと純真すぎて、怖いとすら思ってたんだけれど……そっか。君が持っててくれてたんだね。猜疑も、警戒も……和泉が持たないもの全て、きみが」
アオ殿の指摘はその通りだ。
私の中身は兄には無い、汚くて見るに堪えないものばかりだ。人の死を
「ほんとうに君たちは、二人でひとつなんだ。……本当に、驚いた」
彼は涙すら拭う。底抜けの外道を前にして、何に感極まっているのだろう。
話が早いのは好ましいなと頭を下げた。
「兄には、私は死んだとお伝えください。人に恨まれる職業です。顔はあの様に隠しておりますが、接触してしまえば私と兄との縁故を疑う輩も湧く。私の所業が彼の生命を脅かすことになりかねません」
この身は兄とは対極にある。生来わかっていたことだ。
歌の魔法の核も掴めず、笑わず、人見知りで舞台度胸も無い。母の死にさえ涙も流さず葬儀の手配に立ち働く薄情なみなしご。おおよそ人生の負の側面でしか輝かない素養を煮詰めて人型を取ったのが私である。
「相良」は無価値だ。今までも、これからも。
「……相良ちゃん。顔を、上げて?」
顔を上げたら近くに寄られた。
此方を見つめながら、私の両手をその手で包む。この人の癖だろうか。覚えがある。
「お願いします。楽団に来てください」
――そうだ。
彼の仕草は、兄に似ている。
「俺個人は、君の職業が和泉と会えない理由にはならないと思う。物騒な職業だから家族と会えないなんて酷い話は無いけど……気に病んでいるのなら。俺の提案は、君の悩みを解消できるもののはずだ」
「……、……ええと……私の負う任は、恨まれる職務です。酷いとかではなく」
「解ってる。だから戻れなくなる前に来てほしい。それに……和泉の歌は不完全だ。でも和泉の欠陥じゃあない。音羽の時間は限られてた。だから双子に分けて教えた。
和泉の歌は魔法になれる。君たちが揃えばきっと、音羽すら超えられる。……直接話して確信した。和泉に足りないのは、君だ」
アオ殿は私に深く土下座した。畳に額を擦り付けた。
「君の生活は保証する。……正直、俺にはこの娼館の一室を用意できるほどのお金も無いし、贅沢は出来ない。でも飢えはしない、俺が絶対にさせない。楽団の皆もいい人だし、君を歓迎してくれると思う。……悪い話じゃあない、から」
「アオ殿」
彼は勢いよく頭を上げた。
きらきら光る青い目には、申し訳なかった。
「私は、母の技術を皆伝できなかった出来損ないです。兄のお役には立てません」
兄は知らない。当然だ。母が私を気遣い、黙っていてくれたのだから。それは巡り巡って彼らをぬか喜びさせた。無駄な手間を掛けさせた。
――私の不出来で、母の魔法は永久に失われた。
無価値どころか害悪だ。
すべて伝えねばならない。欠陥品に許される誠意は説明責任と謝罪だけだ。
洗いざらい話した。彼があっけに取られるのを見ていた。
「兄は知りません。身内の情で、私の欠陥を見ない振りでいてくれた。……けれど真実は違います。私は出来損ないだった。私が継承できなかったせいで母の魔法は失われた。だから私は、兄にも、母の支援者だったあなた方にも、謝罪しなければならない」
「歌声はいつからか出ていません。元から欠陥のある喉だったかもしれませんし、別の要因があったかもしれない。今となっては分かりませんが歌えない現実がすべてです。歌えたところで、申し上げた通りの欠陥品に意味などありませんが」
「『相良』があなた方に、兄に
腹を切れというならそれでもいい。介錯は不要だ。
アオ殿は動かなかった。もしかすると自分の手で斬り捨てたいのかもしれない。
「宜しければお使いください」と意向を伺い、アオ殿の前に刀を置いた。彼はそこで初めて、ずっと私が携えていた刀の存在を認知したらしい。涙目になって頭をぶんぶん振る。
「違うよ。信じて欲しい。俺も和泉も、君に会いたかっただけなんだ。……俺達が駆け付けるより早く居なくなってしまってた君のこと、和泉が立ち直れてから聞けたから。どんな場所にいるかも分からないけど助けられたらって。出来るなら一緒に居させてあげたいって、それで」
「左様ですか。感謝申し上げます。誠意としてもう一点付け加えさせていただきます」
憶測でしかないが構うまい。どうせ真実など分からない。
「きっと私は、母を害したあの男の種です。アオ殿はご存知でしょう。諸悪の根源の
人が倒れる音が聞こえた。
襖が開いていた。何故ここにいるかは知らないが。
「いらしてたんですか、――」
首を目掛けた蹴りを、反射で
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