怪物の悪い予感

 少しずつ、彼女の気持ちを教えて貰えることが増えた。

 初めは時おり催促して、徐々にぽつりと零れる程度。口数が増えればこちらから話題を広げる切っ掛けも、余分なお喋りをして貰える機会も増やしていけた。

「マキさんはどう思われますか」

 俺のことを尋ねてくれるようになった。どうでもいいとしか思われていなかった俺が、彼女の関心の範疇に含まれつつあるようで頬が緩む。初めは「どういう笑いですか」と気味悪がっていた彼女だが、最近は慣れてきたのか一瞥いちべつのち無言で流される。


 吸血鬼の魅了が効かない一因は――恐らく、彼女には性成熟が来ていない。

 身体年齢は女性と呼べる年頃にも関わらず、吸血衝動をかき立てる匂いが一切しない身は幼子そのものだ。異質なちぐはぐさは、俺が彼女を長いこと少女と呼んでしまっていた原因でもある気がした。

 彼女も言っていた。子をはらまない身体だと。

 その身の時間を止めているのは、無意識の防御反応だろう。

 幼くして身体を暴かれた記憶は、きっと彼女の自覚より深く、決して元通りにはならないだろう傷を残している――にも関わらず、本人は月のものが来ないなら便利としか捉えていない。どの様に扱っても孕まないという価値すら見出している。


 彼女は自分を道具モノだと呼称する。

 母の死も、凄惨な虐待の記憶も。彼女に降り掛かってきた悲しいこと全て、彼女がどの様に処理してきたのか。その領域に踏み込まないと、道具という自認の修正は難しい。

「双子の兄が私を捜しているそうで」

 仕事着に武装を整える彼女へ、これから仕事かと尋ねた矢先だった。

「会うのか、」

「会いませんよ」

 間髪入れずの答えだったので安堵した。

 まだ、再会は怖い。――兄の影に怯え取り乱した彼女の悲痛な声を思い出すと、今も耳を塞ぎたくなる。

「職が職なので、妙な怨恨が兄に飛び火するのも避けたいです。……なるべく顔も隠して仕事してるんですが、接触しないのが一番安全ですから」

 恐怖が意識上にあるかは別として、彼女は楽団関係者を説得する心づもりらしい。黒一色の装束に刀を携え武装を固めた理由は、暴力性を見目で示して縁切りを推奨するため。

 片方が銃口ちらつかせる会談など公平性の欠片も無いが、俺は彼女の要求が通る方が好ましいので問題ない。

 彼女から髪紐を預かり、伸びてきた黒髪を結いながらいた。

「楽団からは誰が来るんだ」

「座長殿です。兄の後見人にもなっていただいた方ですし、お礼も兼ねて」

 鮮やかな青い髪を持つ、気弱な笑顔が思い出されて手が止まる。


 かつて彼女の母親と両片思いだった男は、彼女の父親候補の一人でもある。双子の再会を望む男が、軽い脅しで容易に引き下がるだろうか。

 兄の後見人として恩義を感じている相手に、彼女が強く出られるとも思えない。脅しとて偶然の産物だ。自己の意見へのこだわりも薄く、自分が妥協して他人の意向を汲めるなら譲る傾向もみられる。

――どちらかというと、彼女は相手方の要望を優先してしまいそうな気がした。

「俺も一緒に行く」

「……なんで友人連れて行くんですか。大丈夫ですよ」

 彼女は仕事のように顔布を着け、俺に一礼してから花街の方角に駆けていった。

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