悪意も情緒もない彼女
「道具」として認識して貰う、とは決めたものの。
彼が関心を示す事柄など、艶事としか分からなかったのである。
穴があるとはいえ、胸も尻も無い体型だ。男装はしやすくて有難いことだが本件に重要なのは女性的な魅力である。食指が動く程度には磨かねば勃つものも勃たない。
頼るべきは花街の
経験不足を
曰く、情緒が無いよりヤバい所を軽々と超越していく最悪。喋った瞬間に素でぶち壊すからやめろ。ああいうのは雰囲気だから。素人好きの手練相手なら下手な仕込みも邪魔だから一切を委ねておけと――その慧眼はまことに正しかった。
完成度を尋ねた問いは無回答だったものの、彼は私に触れてくれた。ならば許容範囲には作れたのだろうと安堵した矢先。
私が口を開いた瞬間、彼はぴしりと凍り付いた。
今はもう、毛布を頭から被って動かなくなってしまった。半分泣いてる気がする。
「……お前、俺に何させる気だった。なあ」
性処理道具として使って頂く予定でした。そうすれば今後、下手な情は捨ててくれると思って――というのが本音だが、これが本職の言う「最悪」かと仮定すると
恐る恐る近付いて、そっと毛布を引く。
「……俺は、お前があの場所で、あの養父からどんな風に汚されて、どれほど傷ついてきたか見てきたんだ。二度とあんな目に遭わせたくないと思っていたのに」
彼は情けなく歪む声にも構わず、引き絞るように言った。
「俺に、
――確かにそれは最悪だ。
「……ごめんなさい。貴方を侮辱する行いでした」
責められて当然と反省しながら、「そうですよ」とも考える。この身は道具なのだから。
屋根裏でそう扱われていた頃から私の在り方は変わらない。穴としての利用価値が仕事には転用できない酷さだったから、今のところ使ったのが
私は状況に応じて使えるものを使ったに過ぎない。それは戦闘技術や変声術も同列であって、性別及びこの身体は私にとって立派に手札の一つとして数えられる。
「……マキさん、お分かりでしょう。私はひどい人間ですよ。貴方の遠慮も優しさも、こんな馬鹿に注いでやってはもったいない。……私という道具を利用して『出世払い』を取り立てるか、いかれた悪人には二度と関わらないか。どちらかです」
昔はその様な約束だった。大人になったら見返りを求めるかもしれないと、彼が言った。満足に返せないのは申し訳ないけれど、最悪と縁を切れるなら長期的には利益が出る。
毛布の中から「相良」と呼ばれた。
そういえば彼は、私の名前を呼ぶようになったなと気付いた。
「出世払い、まだ要求してもいいのか」
「してくださるなら助かります」
「……なら俺は、お前のことが知りたい」
もぞりと動いた彼が、毛布から抜け出した。
揉みくちゃになった珈琲色の髪を頭を振るだけで雑に整え、赤い瞳が私を捉える。
「お前は自分のことを本当に話さない。気持ちに関わる話は、特に」
「……何とも思ってないだけじゃないですかね、それ」
「……じゃあ、感じたことは許せる範囲で教えてほしい。怖いとか、嫌だとか。俺はそういうことを沢山してきたから、気付く機会と謝罪の機会を与えてほしい。……そうしていつか、俺が相応しい人間になれた時で構わないから」
怯えながら手を伸ばそうとして、躊躇が勝る。
彼はどうして、ひび割れた硝子でも触るみたいに私を取扱うのだろう。
「その傷に、触れる権利をくれないか」
傷。とは、どの。
異常なまでの自己治癒力を誇るこの身はとても綺麗だ。彼に謝りこそすれ謝られる筋合いも無いけれど、語気に圧されて口も挟めず頷いてしまった。
彼が泣き笑いで眉を下げるから、きっと良かったのだと思う。
ただ、突き放す時期は失したのだろう。やるならもっと早く、
「……あと、もう一つ。いいか」
「はい。伺います」
「…………知人は、嫌だ」
肩書きがそう重要とは思えないが。
「じゃあ、お友達になりましょう。マキさん」
友情の握手を交わしたので、彼と私はそういう関係になった。
「マキさん、お友達ついでに背中の紐を解いてくれませんか」
「ひも」
「はい、解かないと服が脱げなくて。背面見えないのでよく分からないんですが……ああ、編み方が面倒そうなら鋏で切ってしまって構いません」
汚してもいいよう買い取ったので、裁断して脱いでもいいのだけれど。
鋏を渡し、邪魔であろう後ろ髪を持ち上げる。彼が震える声で零した。
「……
「……脱ぐための機構ですから開かないとおかしいのでは?」
ほんと何言ってんだこの人。
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