閑話:いつもありがとう②

 サクと師弟の三人は、師匠ヨウの自宅で食事の席を設けた。

 軽い煮炊きや給仕のかたわらそわつく琥珀を微笑ましく見守りながら、ひとり調理の苦手なサクは食材調達と酒の担当である。

「師匠、よろしいですか」

 くりや番を入れ替わるため顔を出したヨウの前に、菓子の瓶詰めが差し出された。

 瓶の中身は色とりどりの金平糖と、琥珀糖――黄金のすり硝子の破片に、人工造形つくりものと見まごう橙の小花が散りばめられている。ヨウが一片取り出した。

「花、……金木犀?」

「はい、金木犀の糖蜜シロップで仕込みました。時期が合っていてよかった。……持ち運びし易さや日持ちを考えるとやはり干菓子になってしまって」

 その分、生菓子や焼菓子もたくさん仕込みますと請負う。サクは運搬を手伝った砂糖や小麦粉の重量を思い出して「仕込み」の量に薄ら寒さを覚えた。

「師匠。偶然とはいえ貴方に師事していただけたこと、光栄に思います」

 目を合わせて伝えた琥珀が、深く一礼する。

 ヨウは珍しく喋らない。面食らっていたと言うべきか。

 感謝の品と言葉を認識して、琥珀糖と、弟子と、ちらとサクも見た。サクは純粋な厚意が無下にされないよう念じつつ睨んだ。ヨウがやっと口を開く。

「まあ、感謝されて貢がれる分には悪い気しないけど。君もそこそこ、お師匠様への敬意の示し方ってものが分かってきたんじゃない」

 言葉選びが態とらしく傲慢で、ああこれは照れ隠しだなと直感した。

 どうもこの幼馴染は整えた外面と拗れた性根で嫌われ慣れすぎていて、内面込みで向けられる感謝に慣れていない――別に分かる必要もない心情を察せるほどの縁の長さを実感して虚無を覚えた。こんなはずじゃなかった。

「お気を悪くされなかったなら良かった。ご不興を買うようでは本末転倒ですから」

 対する弟子は淡々として温度差が激しい。お前らはどうしてそう。

 頭を抱えるサクの衣の裾を、琥珀が軽く引っ張った。

「サク殿にはこちらを。刀鍛冶の親父殿から伺いながら揃えたので、扱いに困る素材モノは入っていないと思いますが……不要なら燃やすなり売るなりしてください」

 見慣れた手入れ道具や消耗品が包まれた荷と、目の前の琥珀を交互に見やる。

「……なんで俺だ?」

「……サク殿も師と同然では?」

 サクの傍に「贈り物」を置いた。まだ驚いた顔の彼へ、琥珀が向き直る。

「貴方の善性は得難いものです。どうか、その志を譲らないで。強くてやさしい貴方の理想は、とても尊い美徳だと思うから」

 琥珀に昔、脆くてやさしい人を守って欲しいと言われた。祈りのような懇願だった。

 至極真剣で静かな言葉は、その祈りと同じ、精神の深い所を刺した気がした。

「……うわ琥珀、……君さあ、よくもまあ小っ恥ずかしい台詞すらすら出るよね」

「、……言うほど恥ですか?」

「獣相手に語彙盛っても無駄だから。意思疎通したいんなら受け手の知能まで勘定に入れろ。蛮族にも易しく喋れ。はいやり直し」

「おいコラ誰が蛮族だ」

「畏まりました」

「かしこまるな馬鹿野郎」

 久々に、真正面から「いつもありがとうございます」と言われた。気恥ずかしかった。



 ヨウと琥珀が厨番を交代し、大人ふたりは酒を開けた。

 軽い肴を調理している琥珀をちらと見て、サクが声を低くする。

「……お前にしてはよくもってるな。師匠ってガラじゃねぇだろ」

「別に。僕はあいつがどこ行こうが気にしないけど。うろちょろと僕に引っ付いて『師事してください』って低頭するから仕方なく構ってやってるだけ」

「…………師匠って呼ばれんの気に入ってんだろ、お前」

「は?」

「何でもねぇよ」

 器を空ける速度が早く、割増に天邪鬼を発揮しながら口を浮つかせている。

 回りくどくて偉そうなことに変わりなくとも、手元に置くだけ気に入っているんだろう。破れ鍋に綴じ蓋。気が合うのなら何よりだ。サクは手酌した酒をぐいと飲み干す。

 このまま弟子が師の手綱を握るまで図太く成長してくれたら助かるだろうな、と。自分が言われるのは絶対に御免な無理難題を、無責任に思い浮かべていた。

「……お前がどう思ってんのか知らねぇけど、せいぜい愛想尽かされないようにしろよ」

「それ言うなら逆だろ。あれの生殺与奪は僕が握ってんだから。これからも忠実な下僕として謙虚に頑張れとでも言ってやったら?」

「いつか泣き付いてきたって知らねぇぞ」

 酒に弱い師匠ヨウは速やかに酔い潰れたので、あとは二人で飲み明かした。

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