第5話 その時社では

 里芋の煮っ転がしと、ほうれん草のおひたし。ワカメと豆腐の味噌汁に、熱々のご飯。それと、サバの塩焼き。


 莇神社の本殿で、タマバミと玉梓は質素な夕飯を食べていた。お互いに会話もなく、静かに、食器の音すら鳴らない飯時を過ごしていた。



「······美味い」


「そうですか」



 短い会話が終わる。


 玉梓は味噌汁を啜ると、「あの秋本光さん」と話題に出した。



「少しばかり、可哀想ではありませんか」


「何がだ。別に怪我くらい、どうってことはなかろうて」


「ですが、必死になって助けを求めて来た。小さな体で、身に余る傷を負って」


「だから何という。そんなもの、今は人の世でどうにでもなること。我が行くにはちと早い」


「……タマバミ様、今の世は、戦を知る者が少なくございます。傷を負うのも、それ故に死ぬことも」


「ある。それも、昔と変わらず、数多あまたある。その一つに過ぎんものに、いちいち情を割く気が知れん」



 タマバミの変わらない態度に、玉梓も思わずため息が出る。


 玉梓は残りの米を飲み込むと、膳の上に箸を置いた。




「タマバミ様、昔をうれう、もうおやめ下さい。人も時代も、大きく変わりました」




 玉梓の進言に、タマバミは味噌汁を飲んで知らん振りをする。


 玉梓は負けじと、更に言った。


「タマバミ様のお気持ちは、私のような者でも理解できます。しかし、我々も前を向かねばなりません。願いを叶え、味をしめた人間の──」


「もう良い、玉梓。これ以上話すな」


「いいえ、タマバミ様は過去ばかりを見ていらっしゃる。私は、きちんとタマバミ様と向き合う義務がありますゆえ」



「さっきから間抜けた事をぬかすな。我は『助けない』とは言っておらぬ」



 タマバミは面倒臭い、と言わんばかりに頭をかいた。玉梓は「はぇ?」と気の抜けた声を出す。



「何を仰られる。タマバミ様は『我が手を貸すまでもない』と」


「『我が手を出すのは今ではない』とも言った。その意味がわかるかぇ?」



 タマバミは耳をほじると、袖で拭く。玉梓が注意しようとすると、タマバミは突然立ち上がった。



「タマバミ様? どうかなさいましたか?」


「……来た」



 タマバミはそう呟くと、にんまりと笑う。羽織をサッと着ると、下駄を履いて外に飛び出した。

 玉梓は慌てて追いかけるが、タマバミの足の速さについていけない。


「やれ嬉しや。玉梓、わかるかぇ? この匂い、この気配! 久々に感じる極上の品じゃ! やれ嬉しや。逃してなるか! 玉梓、早う来い!」


「お、お待ちをっ! ひぃ、あの人……本当に、人のことを考えてくれやしない。はぁ、はぁ」



 玉梓が息を切らしてもタマバミは気にも留めない。


 かろんかろん、と下駄を鳴らして、泣き叫ぶ声と怒号が響く、古い貸家に駆けていった。

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