第2話 悪食神社の神主さんと祭神

 薄暗い中に灯る、無数のロウソクが幻想的だった。


 赤いロウソクもあれば、緑のロウソクもある。アロマキャンドルなんて洒落しゃれたものもあった。


 太いもの、細いもの、様々なロウソクに火が灯り、冷たく湿った敷石が、遠くまで続く。


 光はそのロウソクの道を歩いていく。


 光が歩く度に、ロウソクはゆらゆらと揺れて、小さな光の輪を作る。


 曲がりくねった道を歩いていると、大きな拝殿があった。


 漆塗りの綺麗な黒い社は、ロウソクの光が反射する。


 ほんのり橙色を帯びる神社の前で、儚げな雰囲気の男が背筋を伸ばして立っていた。


 鴉色の髪に、真っ白な肌。


 細い腕はまるで枯れ枝のようだ。


 青のジーンズと赤のTシャツ、黒いパーカーというラフな出で立ちは、神社には到底似合わない。


 男は深く頭を下げて、「こんばんは」と挨拶をした。光もぺこりと頭を下げる。



「どうやらお悩みがあるようですね。どんなご要件でしょう?」


「······あの、『悪食神社』ってここ、ですか?」


「はい、そうですよ。けれど、名前は『悪食』ではなく、『あざみ』神社なんです。少し間違って広まっているようで」


「何でも、願いを叶えてくれるって」


「うぅん。何でも、かは分かりません。お話の内容にもよりますし、私たちにも領域があります。

 それに生憎あいにく、うちの祭神様は、酷く気まぐれですので、気が乗らなければお力にならないことも、しばしばあります」



 男は肩を竦めて首を振る。光は「何だ」と呟くと、きびすを返した。



「おや、どちらへ?」


「帰ります。······願いが叶わないのなら、私がここにいる意味とかないんで」


「おやおや、まだ願いを言ってもいないのに。悲観的ですね」


「好きに言ってください! ······帰ります」


「あぁ、ちょっと!」



 男は止めようとした。しかし、光は思い直さない。二〜三歩、四〜五歩歩いたところで何かに思いっきりぶつかった。


 ぶつけた鼻を押え、光は前を見る。



 ──真っ白な着物。



 赤の襦袢と、金の刺繍が入った黒い帯。


 手首にはいくつものミサンガと、色がない混ぜになったバングルをはめている。


 見上げると、ものすごく背の高い男が、光を見下ろしていた。


 目の下に赤のラインを引き、唇と耳にピアスを開けている。


 ただでさえ顔つきが怖いのに、口ピアスが二つ、耳なんて数えられないほどピアスがあって、まるで現代的な極道だ。


 光はたじろいだ。




 どうしよう。


 怒らせてしまったかもしれない。


 殴られるだろうか、怒鳴られるだろうか。


 何をされるのだろうと気が気でない。


 男は光の頭に手を伸ばす。光は腕で頭を守るとその場にしゃがんだ。


 男は今だ何も言わない。手を伸ばしたまま、じっと動かないのだ。


 光の後ろから、呆れたため息が聞こえた。



「ちょっと、怖がっていますよ。もう少し気をつけてくださいな。せっかくの参拝客なんですよ」




「祭神様」




 ──え? この極道が、神様?


 光は怯えながら見上げる。男は光の前にすっとしゃがむと、無表情のまま、低い声で言った。




「汝、我に何を望むか?」




 この人が、本当に神様なのだろうか。

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