悪食神社の神様

家宇治 克

第1話 噂の神社

「ねぇ、知ってる? あの神社、何でも解決してくれるらしいよ」


 秋本あきもとひかりは、ふとその話を耳にした。


 ホームルームも終わり、部活もなく、ただぼうっと過ごして帰ろうとした時、クラスに残っていた女子三人が、噂話をしていた。



「え、あの神社って、まさか『悪食神社』?」


「そーそー。気持ち悪い場所って聞くあそこ」


「でも、もう潰れたって聞くよ?」


「え? 私、そもそも無いって聞いてるんだけど」



 日暮れ時に彼女達の話はよく聞こえた。


 クラスの端の席にいる光にさえ、うるさいと感じるほどに。



「いやいや、違うんだって! 潰れてないし、ずっと昔からあるんだよ! あのね、その神社ってね。限られた人にしか行けないの。なんの悩みもない人には、絶対辿り着けない所にあるの」


「えー? そんなの絶対迷信じゃん!」


「そんなことないって! でもね、そこに辿り着けた人にはね、どんな願いも叶えてくれるって話だよ」


「嘘だよ! 絶対ないって!」


「本気で話すじゃん! ちょっと信じかけたよ〜」


「嘘じゃないんだってば! ほんとにあるってぇ」



 同じ女子だが、光は彼女達の話を「くだらない」と思った。


 本当にあるのなら、光はとっくに辿り着いているし、とっくに今この悩みも解決している。


 光は鞄を肩にかけて教室を出た。


 女子の話はまだ聞こえてくる。



「いーい? まずは赤いポストの裏を撫でるの。それからすぐ近くの路地に入って、こう言うの」




『タマバミ様タマバミ様。お願い事を叶えてください』




 ──本当に、くだらない。


 光は鼻で笑った。


 ***


 都会のはずなのに、行き交う人は少なく、車もポツポツとしか走っていない。


 皆スマホを見ていたり、どこぞのお店のショーウィンドウを見つめていたり、様々な場所に目を向ける。


 光は黙々と、前だけを見て家路を辿る。


 五時までに帰らないといけない。


 その前に馴染みの酒屋で酒を買わないと。


 それを買ったらもう自分のお小遣いは無くなる。


 また欲しい物が買えない。


 けれど、だからと言ってお酒を買わずに帰ったら、父親が何て言うだろうか。


 また暴れ出すかも。弟たちに危険が及ぶ。そうなったら大変だ。自分が何とか落ち着かせないと。




 ──誰も助けてくれない。




「ああ、また傷が増える」



 光はそう呟いた。


 ガスンッ! と脇腹をぶつけた。光が目線を下に落とすと、そこにポストがある。


 真っ赤なポストだ。都合の良いことに、すぐ近くに路地もある。



「······はは、馬鹿馬鹿しい」



 光は力なく笑った。


 そういえば、クラスの女子が神社に行く方法を話していたな。



 ──どうせ噂だ。



 光はそう思いながら、ポストの裏を撫でた。何回撫でたらいいのか分からない。適当に三回ほど撫でて、路地に入った。


 路地は薄暗く、光が中々入らない所だった。光は「どうせ遊びだし」と思いながら、あの言葉を呟いてみる。




「『タマバミ様、タマバミ様。お願い事を叶えてください』」




 ······冷たい風が通り抜ける。


 どこかに繋がる気配も、何かが起きる様子もない。光は「だよねぇ」と、諦めたため息を着いた。




「──はい、どうぞ」




 どこからか声が聞こえた。


 路地の向こう側だ。光はその方向を見つめるが、暗くてよく見えない。


 しばらくじっと見つめていると、また声がした。



「はいはい、どうぞ。こちらへどうぞ。声は聞こえますかな? それとも、手を叩きましょうか? これでは鬼事おにごっこの様ですねえ」



 柔らかい声がフフ、と笑う。


 パチパチ、と手を叩く音も聞こえてきた。光は今来た道に目を向ける。


 今なら逃げることも可能だ。門限も近い。


 このまま道草を食うよりも、早く帰る方が懸命だ。



「ふふふ。悩んでらっしゃる。面白い方。悩みがあるのに、こちらへ来ることも悩むなんて。それほど大きなお悩みですか?」



 ──ああ、どうしてだろうか。



 光の足は、暗がりの方へと進んでいく。声が段々と近くなってきた。


 光は抗うことも出来ずに、日が沈む路地へと飲み込まれた。

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