第11章 告げられた真相と決戦

 アミは再び眠りに落ちていた。気づいたときには、外から光が入り始めていた。

 アミは起き上がると、軽く身体を動かして、船室の外へ出る。

 朝の風は心地よく、アミは大きく伸びをする。

「おはよう。少しは、まともに眠れたのかな?」

「トランさんっ」

 アミは慌てて腕を下した。

「別に気にしなくていいのに」

 トランは笑っていたが、アミは姿どおりの子どもではない。顔がほてるのを感じつつも、浄化魔法が必要なので、終わるのを待たなければならない。

「終わったよ」

「ありがとうございます」

 トランは首をかしげる。

「それにしても、まいったよ」

「どうしたんですか?」

「資料が読めないんだ。文字が読めないとか、そういうんじゃなくて、なんていうか、魔法で隠されてるみたいなんだ。厳重すぎるというか……」

「え?」

「今なら、アミが見ても、アパラチカは怒らないよ。ページを開いても、何も書いてないみたいなんだから」

 アミは困惑するしかなかった。

「船の棚の薬品じゃ、全然、歯が立たないんだ。もう1つだけ方法があるにはあるんだけど、その方法を使うには、ちょっと問題があってね……別の魔法がないか、探してみないと」

「……そうですか」

 アミは役立つ情報など持っていないので、うなずくしかなかった。

 トランはそのまま食堂のほうへ入って行ってしまう。アミも朝食をとろうと、食堂へ向かった。

 部屋に入ってすぐに、異変に気づいた。

「アパラチカ?」

 アパラチカが不自然な格好で横になっていた。

「トランさん! あの後、アパラチカが、自分で名前を思い出そうとして、ずっと起きたままだったんです。僕はしばらく脇で魔法の勉強をしながらつき合ってたんですが、アパラチカの顔色が悪かったんで、休むように言ったんです。それから、僕自身は休憩を取ったんですが、戻ってきたら、アパラチカが倒れていて」

 トランの顔から血の気が引いていく。

「少しでも、何か食べたの?」

「いえ、僕は食べたんですが、アパラチカはたぶん……」

「アパラチカには食事と睡眠が必要だな。少なくとも、何か飲ませないと。果物があるから、流動食にして、コップで流し込むか」

 果物をつぶした飲みものを、アパラチカを起こして飲ませる。

 けれども、アパラチカは咳き込んで、吐いてしまう。

「どうしたんだろう?」

 もう一度、ゆっくりと飲ませようと試みる。今度はちゃんと、飲ませられた。

「よし」

 トランはうなずいた。バートも横で、ほっとした顔をする。

「少しでも飲める状態で、よかったです」

「ああ。だけど、まいったね。ココヤシなしじゃ、アパラチカに思い出してもらうしか、解決方法がないのに」

 バートもうなずいた。

「そうですね」

 アミも呪いを思い出す。ほとんどの内容は過去に起きたできごとで、アパラチカの件は、今、起きたばかりだ。アパラチカに無理をさせなければ、起こらなかったはずなのに。

 ココヤシの件を思うと、アミは不安に駆られた。もしヴァーミアが、予知能力のような力を持っていたとしたら、ココヤシに感謝する瞬間を阻止する方法など、ないのかもしれない。名前を調べたければ、ココヤシを使え。そうでなければ、名前はわからない。アミのニキビも治らないし、中学生の姿のままで、今後も過ごさなければならない。あるいは、運がよければ、この姿から成長するのかもしれないが。考えただけで、ぞっとする話だ。アミは身震いして、慌てて首を左右に振る。

 せめて、アパラチカとの関係を改善しなければ。アミにだって、それくらいの努力はできるはずだった。

 アパラチカはまだ横になったままだ。アミはまだ朝食をとっていなかったが、床でアパラチカを寝かせておくのは、気の毒だった。その場を抜け出して、アミはアパラチカが使っていそうな船室を探す。

 船の中央に食堂があり、その周りを囲むように、個別の船室が並んでいる。1つはトイレ、簡単な浴室と、給湯とエネルギーの供給用につくられた、特別な部屋だ。食堂の船首側には、一応、船の方向を物理的に操る部屋があるが、そこに入るのはバートだけで、船が動いていないときには、用のない場所だ。

 1つはアミの部屋。アミはそれ以外の船室のドアを開けて中を見る。何か特徴があればいいと願いながら、7つの船室を見て回った。

 1つは明らかにトランの部屋だった。脚が不自由で、脱ぎ着が楽じゃないのか、ベッドの近くに服が何着か、放置されている。初めて船に潜り込んだ後、トランが最初に出てきた部屋も、その場所だった。隣がバートの部屋らしかった。何かあったときに、すぐに駆けつけられるから、だろうか。一方、アパラチカの部屋は、ぱっと見では、すぐにわからなかった。使用感がないというか、きっちり片づけるほうなのだろう。人間だったらホテルマンか執事のような人だろうと思うくらい、整えられていた。それがその場所だとわかったのは、ひとえに棚に置いてあった荷物からだった。アパラチカのリュックが見つかったのだ。

 アミは枕とブランケットを持って、食堂に戻る。それだけあれば、少なくとも、洞窟の中よりは、マシなはずだ。

 アミが食堂に戻ると、バートはアミの動きを手伝ってくれる。トランは手を出さなかった。しゃがみこんで動き回るのは、片脚のトランには難しそうでもあった。

 アパラチカは、すぐには起き上がらなかった。仕方なく、アミも食事をとる。アミが知らない間に、トランが果物を補充していたようだった。ただし、ココナッツはなかった。

 ピンクの皮のドラゴンフルーツがある。日本から来たものは甘くない、とトランが言っていたが、違う味がするのだろうか。アミは試してみようと思い、フルーツを切ってみる。

「あれ?」

 アミは思わず声を出していた。プチプチとした粒が黒いのは普通だが、実の部分の色が濃い。アミのイメージでは、もっと白っぽいフルーツだったが、目の前にあるそれは、中が八重桜くらいの色の濃さだ。食べやすいように切ってから、恐る恐る食べてみる。

「甘い」

 前回食べたときとは、だいぶ違った。キウイのような食感と、さっぱりとした甘みがある。この前のドラゴンフルーツは、甘みがなかった。

「ああ、それ、食べてみたの?」

「はい」

 トランはふっと微笑む。

「結構、違うでしょ? それ、僕が知ってる限り、一番甘いやつ」

「あ、そうなんですね」

 これなら、そのまま食べられる。アミは1個全部、食べきってしまう。


 食事を終えたころ、アパラチカは目を開いていた。

「無理しないでくれる?」

 トランの問いかけに、アパラチカは一度、目を伏せる。まだ本調子ではなさそうだ。

「何か食べられそう?」

 今度は小さく首を横に振る。そのまま眠ってしまいそうだった。

 アミは甲板に出て、島を眺める。その島のどこかで、ヴァーミアは笑っているのだろう。遠くに見えるヤシの木々を、見るともなく眺めながら、アミはじっと考えた。アパラチカはアミを好きじゃない。アミ、トラン、バートは人間で、アパラチカは何か別の種族だ。妖精と言っていたが、見た目は割と人間に近いので、アミは不思議な気がしていた。人間の子どもくらいの身体で、華奢なだけに見える。だけど、実際には、それだけではない。

 アパラチカの仲間は、生きているだろうか。いたとしても、森に探しに行かないと、見つからないだろうか。アミは、アパラチカが自分と同じ種族の仲間を求めているのではないかと思っていた。

「探してみる?」

 そう声に出して、身震いする。もし1人で森に入れば、いつ蛇や虫、もっと怖い生きものが現れるかしれない。最悪の場合、ヴァーミア自身と遭遇してしまう危険性だって、否定できない。

「全部終わったら、一緒に探しに行こうか」

 アパラチカと一緒に、探しに行くと約束してみる。力を取り戻したアパラチカが一緒にいれば、危険はなさそうだ。

「だけど、それって、意味あるのかなぁ……」

 アミにはよくわからなかった。一緒に行って見つかるなら、アパラチカ1人でも、十分、見つけられそうだから。

 食事を終えると、トランは黙って出かけてしまった。アミは、トランがどこへ出かけたのか気になって、バートに何か知らないか訊いてみる。

「さあ。おおかた、薬でも探しに行ったんじゃない?」

 アミはうなずいた。アパラチカが倒れて、治療薬でも探しに行ったのかもしれない。もし船にある薬が使えないなら、村には店がある。粉末揚素は手に入らないけれども。

 自分も何か役に立てるか、とアミは考えてみる。森に探しに行くのは怖くても、妖精に関する知識を持っている人はいそうだった。カイルはあちらこちら、取材しているはずだから、また新しい情報を持っているかもしれない。

「わたし、カイルさんに会ってくる」

「カイルさん? 仕事してるかもしれないよ」

「村の人に訊いたら、わかるじゃない?」

「まあ、それは確かに」

 アミは急いで出かける。

 村の中心地へ出ると、さっそく道もよくわからなくなってしまったので、アミは適当な店に入って、カイルの居場所を尋ねた。

「カイル? ああ、たぶん今頃なら、新聞社にいると思うけど。そこ出て、道を右に進んで、少し丘を登るんだ」

「ありがとうございます」

 言われたとおりに道を進み、新聞社を見つけると、アミは中に入っていく。日本の会社のビルのような、しっかりした警備体制はない。もっとも、受付の人がいないわけでもなかった。

「カイルさんに用があって」

「お呼びしますので、お待ちください」

 アミは入口付近でぶらぶらと待った。

 カイルは10分くらい経ってから出てきた。

「ああ、ええと……アミさん?」

「はい。実は、いくつか情報が入っていないか、確認したくて来たんです」

「どうしたの? 手短に頼むよ」

「1つは、妖精がアパラチカ以外に生きているかどうか、という件です」

「さあ。それについては、特に情報はないな」

「……そうですか。もう1つは、魔法についてなんです」

 アミは、見つけた資料が読めなかった件を、カイルに伝えた。

「それじゃあ、ヴァーミアを倒すには、別の魔法が要るのか。だけど、トランが試してなさそうな魔法で、ココヤシを使わないで済む方法なんて、俺にもわからないよ。悪いけど」

 アミは引き下がるしかなかった。

「ありがとうございます」

 ほかにだれか、知っていそうな当てでもあるだろうか。とぼとぼと船に向かいながら、アミはじっと考え続けた。妖精は、やはり自分で探すか、アパラチカと一緒に探すしかないだろうか。ココヤシの魔法を使うしかないだろうか。

 アミが船に帰り着いたときには、トランも戻っていた。アパラチカは起き上がり、すっかり元気になった様子だ。

「あら、出かけてたのね」

 アパラチカはアミにそれだけ言うと、そのままどこかへ行ってしまった。船室に戻って、少し休むのかもしれない。

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