トランは立ち上がると、紙とペンを持ってくる。

「とりあえず、まずは何が必要か、リストアップしないと。前回、持って行った持ちものと同じものがまず、必要だ。それから、水をつくるために、火を用意しないといけない。奥の部屋を見つけた場合、戻れなくなる危険性もあるし、僕に何かあったときに対応できないと困るから、高度呪文の手引書も欲しいかな。薬品は全部補充した。ちょっとしたケガで動きが取れないのも困るから、包帯も持っておこう。ブランケットだけじゃなくて、もう少しきちんと装備をしないといけない。ねえ、武器が必要だと思う?」

 トランの質問に、3人は各々、視線を落として考える。

「前回みたいに急に襲われる危険性があるなら、持ってたほうがいいと思います」

 最初に答えたのは、バートだった。

「そうね。ただ、あまりしっかりと武装はできないのよね。守るほうはできるけど、武器を持つには、許可が必要だし」

 銃刀法、という言葉がアミの脳裏をかすめる。日本にはそうした法律があるが、アルテンについては、アミは知らなかった。

「武器規制はどうなってるんですか?」

「基本的には日本とほとんど変わらない。ただ、僕らの島では魔法とヴァーミアの問題が、以前からずっとあるからね。短いナイフや飛び道具は許されるんだ」

「弓矢なんかがあるといいかもしれません」

「扱える人がいれば」

「手裏剣?」

「当てられる自信があって、相手に逆に利用されなければね」

 アミは黙り込んだ。触ったこともないのに、余計な口出しはできない。

「実際は武器だけじゃ、魔法には対抗できませんよね」

 バートが呟く。アミは内心、同意しつつも、それはつまり対策がないという意味とも取れると思っていた。

 そのまま準備を整え、みんなで買い出しに出かける。

「今度はたくさん持ち込めるように工夫しないと。荷物を詰めて浮かせるか、転がして歩く道具が必要かもしれない」

 トランの言葉に、アミはスーツケースを提案する。

「ぴかぴかしてたら、人目を引くわよ」

「黒い布製なら、そんなことないです」

 スーツケースなら、中身をこぼさずに浮遊させられる。

 話がまとまると、トランは村の中心地にある、相変わらず竹や木でできているらしいお店に入っていく。もちろん、ほかのメンバーもついていく。輸入品ばかりを扱う店で、家電製品がいくつか置いてある。お釜や電子レンジ、エアコン、照明器具、冷蔵庫、テレビなどだ。ただ、一つずつの商品の数や種類は少なく、大手の主流の製品だけが置いてあるような状況だ。

 家電のコーナーの近くに、電力供給についての広告が出ている。太陽光パネルの発電所が、新しくできたのだ。

 同じフロアには、インテリアのコーナーもある。商品は少ないが、テーブルと椅子のセット、ソファ、食器棚や絨毯もある。どちらかというと高価な商品ではなく、一般家庭によくありそうな商品ばかりだ。日本からではなく、ほかの国から入ってきた商品もありそうだった。

「上のフロアだな」

 トランはフロアの隅の階段の脇で、フロア案内を眺めていた。エレベーター、エスカレーターは見当たらない。木目がむき出しの階段があった。バートは階段を駆け上り、ほかのメンバーはゆっくりと、2階に移動する。

「サポートしなくていいの?」

 アミがバートに尋ねると、バートは笑った。

「大丈夫だよ。階段の面は平らなんだから」

 アミは2階のフロアをざっと眺めた。一瞬、日本のショッピングセンターにでもいるような錯覚に陥る。化粧品、旅行グッズ、文房具などが、やはり輸入されたらしい棚に並んでいる。レジの機械も販売されていた。

「あそこだ」

 バートが指さす先に、スーツケースが並んだ大きな棚が見える。黒、水色、緑に赤。種類はさほど多くない。色のバリエーションも、基本的には黒や、黒みがかった赤などの色合いが多い。大きいサイズは一週間用、小さいサイズは数日用。たいして種類はないが、黒いスーツケースだけは割と何種類もあった。

「どれくらいのサイズがいいかな?」

 トランはまじめな顔で問いかける。

「4、5日くらいのやつはどうですか? それなら、広いところでは転がせて、飛ばすのもそんなに負担にならないと思います」

「だれが持つかによるわね」

 アパラチカが、視線を候補になりそうなスーツケースに流す。

「浮かせるんじゃないの?」

 アミが訊き返すと、アパラチカは冷ややかな視線をそのままアミにぶつけた。

「トランの話、ちゃんと聴いてたの? 貴重な薬を使うより、できるだけ転がしていきたいのよ? それに、重くなると、薬もたくさん必要なの」

「大きいサイズのほうが、たくさん入るけどね」

 トランは少し惜しそうに呟く。顔が少し青ざめているようだった。

「トランさん、疲れてません?」

 アミが尋ねると、トランは一瞬、遅れて反応した。

「ん? ああ……いや、どうも呪いの文言が頭から、離れなくてね。少しあせってるのかもしれない」

 スーツケースを選び、レジの近くで見つけたチャッカマンを一緒に買う。

 いったん店を出て、別の店に移動する。菓子、保存食を扱う店で、何種類かのペットボトルのドリンク、大量の栄養ビスケットを、バートとアミが手にした籠に放り込む。

「絶対、違うものが欲しくなると思う」

 アパラチカの言葉に、トランは手近にあったケーキ菓子とせんべい類を追加する。

「前は、こんなお菓子、ないって言ってませんでしたっけ?」

 アミは気になって問いかけた。

「どうかな。日々変化してるから」

 トランはほほ笑んだ。

「何か欲しかったら、入れてもいいよ」

「チョコレートとか、あればいいのに」

 アミが呟くと、トランが笑い出す。

「無理だよ、ここ、暑いんだよ?」

 洞窟の中は、暑くない。アミは言い返そうかと思ったが、やめておく。意味がない。島が暑ければ、それだけでチョコレートの輸入は見送られる可能性が十分あった。一方、先ほど元気がなさそうだったトランは、少し落ち着いた様子だ。

「ホットチョコレートなら、あるけどね」

「でも、洞窟内では、飲めません」

「どうかな。飲めるかもしれないけど」

「え?」

 アミはふと、チャッカマンを思い出す。お湯がつくれれば、ホットチョコレートは飲めそうだ。

「あっ」

「買っていく?」

「ええと、邪魔にならなければ」

 アミはうなずいた。

「それなりにカロリーがあるし、いいんじゃない?」

 個包装になったホットチョコレートを追加して、お会計を済ませる。

「もう少し食品を買いたいね。できれば、初日はまともなお弁当のほうがいいし」

 スーツケースに買ったばかりの荷物を入れながら、バートがうなずく。

「そうですね」

 食品類は、たいていその分野ごとに店があった。生鮮食品、肉、魚介類、米などだ。ただ、ファストフードに関しては、コンビニのような店があって、そこで雑貨と一緒に売られている。肉屋では、コロッケなんかも販売していた。

 アパラチカはあたりを見回して肩をすくめた。

「直前のほうがいいんじゃないの?」

「ああ。でも、そろそろお昼だから、何か買っていこうか」

 昼ご飯を適当に買い、一度、トランの家に戻る。帰り道の途中で、小さな虫の集団が移動しているのを見かけたが、基本的には静かだった。

「どうしてヴァーミアに会わないのか、不思議」

 アミが呟くと、トランは首を左右に振った。

「だれにも予測なんかできないよ」

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