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トランの姿を認めたアパラチカは、一瞬、小さく悲鳴を上げる。
「トランさん!」
バートも駆け寄る。アミは遅れてついて行く。目の前で倒れているトランは、リュックを手に持ったまま、背中に大きな傷を受けていた。血はまだ流れていて、トランのリュックや服を濡らしていた。その深い傷に、アミはトランが死んだかもしれないと思ったほどだ。アパラチカが何かぶつぶつと呟き、バートも同時に何か言ったが、アミにはほとんど聞き取れなかった。アミが薬のセットを開く。そこにある薬は、棚のところで見た薬と、必ずしも同じではなかった。粉末揚素、粉末膨素、粉末抗素、液体毒素、乾燥薬素、再生粘水、洗浄素、乾燥粉、合成粘水。何がなんだか、さっぱりわからない。
「貸して」
バートに言われて、アミはセットを渡す。バートは一緒に入っているパレットに、再生粘水、粉末抗素、乾燥薬素を入れて混ぜる。そして、それをそのまま、トランの背中の傷に流し込んだ。
「うぅっ……」
トランがうめく。
「よかった、生きてた。トランさん、少し動かないでくださいね。まだ治療に時間かかりますから」
「あ、ああ……」
完全にぐったりとしたトランを前に、だれも犯人の名前を訊き出そうとさえしない。しゃべらせてはいけない、とアミも感じていたし、おそらくヴァーミアであろうという察しはついていた。
それが済むと、今度はバートが洗浄素を少量手に取り、血だらけのリュックに塗った。
結局、そのままそこで一晩を過ごす羽目になってしまった。トランの傷が深く、回復に時間がかかったためだ。バートは、なんとかしてトランに食べさせようと、一口分ずつ口元へ持っていく。トランはまともに起き上がりもしないで食べていた。
地面が石なので、アパラチカは心配してブランケットを敷かせる。少し動くだけでも、トランはうめき声を上げた。アミは、トランの傷が一日で治るはずがないと思っていたが、バートは「今夜は」としか言わなかった。
他のメンバーも、ブランケットにくるまって休む。交代で1人が見張り、他の仲間は眠った。アミは自分の番になったとき、トランの傷口を確認してみた。さほど期待していなかったアミにとって、ほとんど治ってしまった傷口は、衝撃的だった。思わずみんなを起こしたい衝動に駆られたが、他のメンバーは魔法に慣れている。アミは、自分だけがこんなに驚くのだと、自分に言い聞かせた。
翌日もメンバーは歩き続けた。トランが元気なので、アミは妙な気分になっていた。
「ヴァーミアはもう、去ったんですか?」
「ヴァーミア? ああ、その話か。まあ、そうだね。僕が1人でいると思ったらしくて、たぶん死んだと思ってるよ」
「でも、どうしてトランさんを狙うんです?」
バートが脇から質問を重ねる。
「僕が邪魔なんだよ。自分が世界を支配するのに、僕みたいな魔法使いは、いないほうが、好都合だろうから。だけど、村で僕が死んだって言って回ってたら、困るなぁ。帰ったら、村がヴァーミア村になっちゃってた、なんて事態は避けたいんだけど」
トランは軽く冗談めかして言ったけれども、アミは思わずリアルに想像してしまった。トランが死んだとわかったら、村人たちはどうするだろうか。カイルみたいな人がいれば、立ち向かって戦うのかもしれない。
沢のある道を来たほうへ戻り、脇道へ入っては、探索し、次へ、次へと調べていく。なんだか本当に地図をつくってしまいそうな勢いだ。
「だけど、ヴァーミアだけが敵じゃないからね。この洞窟自体が謎だらけなんだ。もしかしたら、何か棲んでるかもしれないよ」
「トランさん、もう1人になったらダメですからね」
「いや、あれは1人だったから、あの程度で済んだんだ。もしキミたちのだれか1人でも一緒にいたら、確実に死ぬまでやられてたよ」
細い道は、いつでも平坦なわけではない。それでも、トランだけが捕まるのは不安だとして、バートは粉末揚素を使うようにトランに頼んだ。バートの説によれば、トランが倒れてから治療までの時間が極めて短かったから助かったのであって、少しでも遅ければ、本当に死んでいたかもしれないと言う。
トランは、どうにかギリギリ浮く程度だけの粉末揚素を使った。あとは自分の腕、片脚と、バートの助けでどうにか移動する。
「最初からそうすればよかったのに」
アパラチカが呟くと、トランは首を横に振った。
「僕があのとき1人でいたから、ヴァーミアを追い払ったと考えてくれてもいいんじゃないかな」
実際、それ以降、4人はヴァーミアも、光も見かけなかった。
だが、時間は確実にかかっていた。どこをどれだけ歩いても、目的の品は出てこない。あまりにも水分を節約したせいで、2日目の夜、アミは体調を崩し、結局、持っていた飲みものをほとんど3日で飲んでしまった。
「ごめんなさい、ちょっと無理しすぎました」
アミが謝っても、トランには対処法がない状況だった。
「難しいね。ここには火もないし、飲める水もない。石灰水を処理する素材が足りないよ」
いったん、引き上げるしかないという話になった。バートは持っていた水をいくらかアミに渡した。アミはありがたく水を飲んで、4日目の帰路を無事に過ごす。バートは最初からそのつもりだったらしく、トランにも水を分けていた。
4人はもと来た沢の長い道を戻る。次第に普通の岩だけになり、水が見えなくなると、間もなく4人は外へ出た。
「ああ、今度来るときは、もう少し装備を考えないとな。これじゃ、一週間もいられないんだから。どうしようか、水をつくるのに、火を持ち込むか」
トランは1人反省会をしていた。
途中で村人の数人と会うと、トランを見かけた村人はひどく驚いた顔でこちらをずっと見てきた。
「やっぱりね。ヴァーミアが何もしてないわけがない」
「だけど、幽霊でも見てるような顔でしたよ」
バートは顔をしかめる。トランも同じような顔つきになった。
「気に入らないね。とりあえず、家に戻ろう」
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