第6章 宝探し

 地図のない広い場所での探しものは、間違いなく大変な仕事だ。アミは冷えた身体を温めるためにブランケットを使うか、乾いた状態で寝るために使うか、と悩んでいた。

「顔色が悪いよ」

 バートの指摘に、アミは顔をしかめる。

「寒いから」

「ブランケット使ったほうがいいよ。大丈夫、トランさんが乾燥粉を持ってるから」

「あ」

 相変わらず慣れないが、役に立ちそうだ。アミは、安心してブランケットを取り出す。バートはまったく平気な顔をしている。

「寒くないの?」

「筋肉蒲団があるから」

「いいな」

 アパラチカさえ平気そうなのに。アミは自分が情けなくなってきていた。

「アパラチカは?」

「彼女は妖精だよ?」

「まあ、それは……」

 普通の人間と、見た目はそれほど変わらない。それでも、この中で一番魔力があるのは、本来、アパラチカだ。その現実を突きつけられて、アミは自分がただ邪魔なだけではないのか、と自身に問いかける。

 せめて記録だけでもしっかりつけなければいけない。気を引き締めてバインダーとペンを取るけれど、ブランケットが落ちそうになって、慌ててつかんだ。

「前のところ、留めたら?」

「どうやって?」

「ああ、そうか」

 バートが何か呟くと、ブランケットの角の2か所がくっついてしまう。

「バートも<言葉>を使うんだよね」

「割と初歩的なやつだよ」

 アミ自身は、まだ文字さえ覚えられていなかった。ただ、真っ暗な洞窟内で、文字の練習もない。ヘッドライトで洞窟の道を記録するだけでも、結構大変な作業なのに。

 メンバーは食事休憩を取る。トランはわずかな乾燥粉を岩に吹きかけたが、アミはブランケットの外側を岩の面にかぶせて座った。ボトルの中の飲みものは貴重だ。アミは、これから先の長い旅路を考えて、ただのボトルウォーターを選ぶ。

 携帯食品の一つのパックの賞味期限は、だいたい半年から一年ほどだった。すべてが同じ種類ではなく、いくつか種類があった。ビスケット状の食べものをかじると、どうしても水は欲しくなってしまう。

「ここの水が飲めればいいのに」

「石灰水か何かだよ?」

「わかってます……」

「大丈夫だよ。探索の途中でも、来た道がわかってれば、一度帰るって選択肢もあるんだから」

 トランに言われて、それもそうだと思う一方で、一週間以上帰らなかった人たちがいたとか、地図をつくろうとして帰れなくなった人たちがいた、という話を聞くと、アミはひどく不安になっていた。水だけではない。まともな場所で眠れるとは到底、考えられなかった。

「地図をつくっていた人たちは、いったいどこへ行ってしまったんでしょう?」

 だれも答えない。重たい沈黙の中、ポタリ、ポタリという音が、異様に大きく響く。

「いざとなったら」

 沈黙を破ったのは、トランだ。

「僕が<言葉>でなんとかするよ。だから、ほら、元気出して」

 トランがアミの肩をポンと叩く。

「この村では、<言葉>は当たり前に使われているけど、僕はその扱いとか選び方で、才能があるって言われてるんだ。なんとかなるさ」

 アミは実感がなく、不安が完全に消えたわけではないものの、少しだけ気分が明るくなる。

 再び歩き出して間もなく、行き止まりに到達する。

「メインの通りはここまでらしい」

 そして、まだ何も見つかっていない。

「どうやら、細い道に入らないと、宝物は見つからないようだね」

 宝物ではない、資料だ。とはいえ、実質は宝探しも同然だ。どこにあるかわからない資料の山を、だだっ広い洞窟から探し出さなければいけないのだ。

 生きものが好む洞窟ではないのか、まったく遭遇しなかった。4人は脇の道へ入り、ひたすら進み続ける。先のような沢はなく、道は比較的平坦な石の道だったが、それでも片脚のトランには、歩きづらい道だった。道は再び下りになり、奥へ、奥へと続いて行く。何かないか、と壁に注意を向けながら、4人は進んでいった。

 重くて十分な水を持ち込めなかったアミは、普段と同じように水を飲んでしまうと、一週間も持たないとわかっていた。それでも、水は欲しくなる。しかたなく、ときどきボトルを出すと、まともな一口にも満たない水を含み、ゆっくりと転がすようにして飲んでいた。他のメンバーも似たようなものだったが、バートだけは割と平気で水を飲んだ。他のメンバーよりは、多くの水を持っていたというのも、その理由だったかもしれない。バートは大きな登山用リュックサックを背負っていて、その中身はほとんど水や食料らしかった。一方、トランは杖を突く都合で、ほとんどアミと同程度にしか、水を持ち込んでいなかった。アパラチカは、ほかのメンバーほど水を必要としないという。華奢な身体に見合っただけの荷物しか持っていない。

 せめて自分が強い男性だったら、とアミは思わずにいられなかった。虐待されて縮こまり、まともに体力もつけないまま日々を過ごしてきたアミは、たとえ中学生の姿になっていても、あり余ったエネルギーを持て余す中学生とは、ほど遠い。

 スニーカーを履いているお陰で、足の痛みはさほどなく、それはアミにとっては救いだった。アパラチカのきついアドバイスのせいではあったものの、状況を考えれば、感謝してもよかった。

 もっとも、アパラチカにそんな意図があったわけではないともわかっていたので、アミは黙って歩き続ける。

 行き止まりに出るまでに、一時間近くは歩いていた。

「ダメだ、ここも違う」

 根気の要る仕事だ、とアミはがっくりする。4人は脇道のさらに脇へ入るため、来た道を戻り始める。

「まあ、まだ道はたくさんあるからね。そんなにすぐ当たったら、怖いくらい運がいいよ」

 トランが苦笑する。

 そろそろ分岐に着くころ、前方から水とは違う音が聞こえてくる。

「シーっ」

 アパラチカが指さす先に、光が動くのが見えた。

「そこの道に入って」

 アパラチカに言われるまま、メンバーは細い道に入ると、大きなLEDライトを消し、ヘッドライトだけにする。

「何だろう」

「わからないけど、だれかが来たみたい」

 トランとアパラチカは、囁くような小声で話す。

「このミッションは人に見つかりたくないわ。わたしの真名がバレたらと思うと……」

 アパラチカの表情には、不安が見える。

「休憩しているふりをする?」

「ダメよ、ヴァーミアだったら、どうするのよ?」

「それなら、ともかく先へ進んだほうがいいのでは? ここにいても、見つかるかもしれませんよ」

 バートは冷静な表情で歩き出す。ほかの3人も、できるだけ音を立てないように、ゆっくりと先へ進んでいく。

「だけど、ここになくて、帰りに鉢合わせする危険だって、あるよ」

「途中にまた分岐があるかもしれませんよ」

 バートの意見が通る。ライトがない分、アミは記録に苦戦した。全体を見るのに、いちいちヘッドライトで照らさなければならなかった。4人いたから少しは見やすかったものの、バートが気を遣ってあちこち照らしてくれなければ、もっと把握に時間がかかっただろう。

 トランが立ち止まり、杖を片手で支えた。もう片方の腕をゆっくり振り、首を曲げながら、腕を斜め後ろに伸ばす。

「疲れました?」

「ああ、肩に負担がかかるからね」

 ストレッチをするように、トランは肩や首を動かしていく。

 アミはアミで、バインダーとリュックサックの重みが首に負担をかけていたので、バインダーを左手で持ち上げ、首を左右にゆっくりと曲げる。肩を軽く上下に揺すり、軽く腕を回した。そんなアミを、アパラチカは、「情けないわね」とでも言うように横目で見る。アミは、アパラチカの視線には気づいたものの、アパラチカが何も言わないので、無視した。

 ただ、だれもそれ以上は休もうとしなかった。ヴァーミアが追ってきているかもしれないと思うと、のんびりしてもいられなかった。だれが来ているのかわかるといい、というアミの愚痴には、アパラチカが反論した。

「だれだって、よくないの。このミッション自体が、極秘なんだから」

 細い道は、次第に道ならぬ道になっていく。トランにはそろそろ、限界だった。

「ごめん、もう進めないよ」

「でも、トランさん……」

「見てよ、バート。崖みたいなものだよ。少なくとも、杖を持ったまま、ついては行かれない」

「粉末揚素はどうですか?」

「バート、ヴァーミアと戦うために持ってきてるってことを忘れないで。無駄遣いはしたくないんだ。いつでも手に入るわけじゃないんだから」

「まあ、それはそうですけど。もし、ここにヴァーミアが来たら、どうします?」

「そのときは、そのとき。急いで行ってきて」

 仕方なく、3人は先を急ぐ。魔法薬はトランと一緒だ。この先、<言葉>以外の魔法は使えない。

 岩が積み重なった進路は、容易には進めない。アミはブランケットをしまわなければならなかった。急な斜面をよじ登ろうとすると、バインダーが前方に垂れてきて、アミの手の動きを阻む。アミは苛立って、何度かバインダーを放り出したくなった。動きやすいTシャツとジーパンという服装だけは、アミにとってプラスだった。それでも、水気のある岩場でジーパンの膝が濡れるのは、気持ちが悪い。バートはあまり気にしていない様子でさっさと前を進んでいく。アミが一番、遅れていた。

「急いでよ!」

 アパラチカが急かす。トランが心配なのか、アパラチカは、何度も不安そうに振り返りながら、進んでいく。岩の上まで到達すると、そこからはごつごつした黒い道になっていた。そのでこぼこの道は、石とか岩というよりは、黒い鉱物の床のようになっていた。

「ここは掘ったら、燃料が出そう」

 アミは思わず呟いた。

「燃料?」

 バートが訊き返す。

「うーん、正確には、よくわからない。もしかしたら鉄鉱石なのかもしれないし、石炭かもしれないし」

 アミに見分けるだけの知識はない。バートは肩をすくめる。

「無事に戻れれば、何でもいいわよ」

 アパラチカに急かされ、アミはうなずいた。

「まあ、そうですよね」

 アミはそのまま、黙りこんでしまう。歩きながらリュックサックを開き、水を少しだけ飲む。

「あまり道が長くないといいんだけど」

 アパラチカがそう言ったところで、ちょうど行き止まりが見えた。特に脇道もなく、その先はさほど長くもなかったので、3人は間もなくトランのもとへ戻る。

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