お題:【崇拝】

※この作品は【生体武器】と同様の世界観であり、かつ実質的な続編となっています。


生体武器から産まれた生体兵器と、パワードスーツの補助コンピューターから進化した自律機動兵器のシェア競争は、いつしか人間を必要としない両機の生存競争へと変わりつつあった。

ある時、武装勢力や小国が生体兵器の拠点の取り扱い方を間違えた事で収容違反が発生し生体兵器の一群が暴走。生存競争は、自律兵器が生体兵器の浸食から人類を守るための防衛戦へと変わった。

性能で劣る生体兵器たちは連携で自律兵器を迎撃。

対する自律兵器は一対多数を想定した追加兵装や、旧式ではあるが小型で生産性にも優れたXMA-090ロードランナー多脚戦車の自律兵器化を伴う近代化改修と量産で数的不利に対抗しつつ、XMA-505”グレートウォール”による物理的な防衛ラインの形成で、生体ゆえの侵蝕能力で戦線を引き延ばす戦術を得た生体兵器を食い止めていた。


戦況は一進一退の膠着状態へとなり、グレートウォールによる「壁」がかつては国境と呼ばれた見えない境界線を実体化するようになってからは、生体兵器は拠点の侵蝕を止め、戦力の増強、もとい繁殖に努めるようになった。

防衛ラインを構築し終えた自律兵器も同様に生産ラインの増設と自己の増産を行い、来る決戦、あるいは生体兵器が防衛ラインを突破した時に備えていた。

その間、小型の自律兵器による強行偵察や小規模な攻撃を行うことで生体兵器の気勢を削ぐことも行っていた。これは同時に、壁の外側に取り残された人類を救助プロトコルに従って救助するためでもあった。


壁の外側は、内側に住む人間の想像とは裏腹に変化は少なかった。

ただし、動物と並んで白骨と肉を悪趣味に加工した奇怪な物体が彷徨っている。

生体兵器は人類そのものには興味を示さず、拠点の維持と繁殖を続けていた。

何故なのか。それを生体兵器と、そのパイロットたる雛鳥たちは考える事はしなかった。

無意味だから、無駄だから、命令だからではなく。

生体兵器と雛鳥は理由を考える思考がなかったのだ。

繁殖、そして維持。戦闘以外ではその二つだけしかなかったから。


しかし、ある時。

それは痛烈なスパークのように雛鳥たちの脳を、ナノマシンの培地としてしか機能していなかったそれを焼いた。焼くような衝撃を伴った。

それがなんなのか、人類も、自律兵器も、受けた生体兵器も分からなかった。

それを定義する言葉は分かっていても、人類はそれをそれと定義するわけにはいかず。

自律兵器はそれの存在を知識として知ってはいても理解そのものはしておらず。

生体兵器はそれの存在を知識としてさえ知らず、また深い思考はできなかったため、それを定義することはできなかった。


それは現実的な現象で言うなら、建設途中で生体兵器の浸食を受けて放棄された歴史上初の軌道エレベーターとなるはずだった建造物に落ちた落雷だった。

雷は自然現象に従って下っていき、その下に構築されていた生体兵器の施設を駆け巡った。

工作機械も含めすべて一から作られた生体兵器の製造工場から、雛鳥が漂い続ける巨大な肉の揺り籠こと生体槽と内部の雛鳥、そして警備の為に活動していた生体兵器まで。

もしその様子を人類か自律兵器が観測していれば、突如駆け巡った強烈な電撃に全身を震わせ、機体各部から白い煙を噴きながら崩れ落ちる生体兵器の姿が見えただろう。そして、その中や生体槽の中で電撃に晒されてもがく雛鳥たちの姿も。

しかし、彼女達は苦しみや苦痛というものが理解できず、その悶える姿は単に筋肉が生体電流をゆうに超える電流ででたらめな挙動をしているだけであり、やがてナノマシン回路がショートして脳が焼け、同時に心臓も停止した。

その拠点の生体兵器は全て無力化された。多くない生体兵器の巨大拠点であり、ここの喪失は生体兵器たちにとって痛手となるはずだった。

だが、しばらくして。

生体槽から、内側から焼かれて機能を停止した生体兵器から這いずるように雛鳥たちが外に出てきた。臍帯をどうやってか自ら引き千切り、生体兵器と生体槽の外では生きられない雛鳥たちが。

電流の痛苦に耐えかねて飛び出したのだろうか、あるいは生存本能に基づいて飛び出したのか。

ともかく雛鳥たちは自ら槽や兵器から脱出して、そして当然の如く死んでいった。

外の環境は別に過酷ではない。しかし、彼女たちにとっては有毒でしかない細菌類に皮膚をガン化させるどころか焼きかねない日光は、彼女達の身体を痛めつけるには十分だった。


だが。

彼女達はその時見た。


一人の雛鳥がもがき、苦しみ、死の淵を彷徨っていた時。

無意識のうちに伸ばしたその手を。


誰かが取ったのを。


それが誰だったのか、何なのか。

そこにいた雛鳥たちは知らない。


現実的には、壁の外側にあった難民キャンプに派遣され、今まで生き残っていた難民だったかもしれない。

おぞましい生体兵器の中に雛鳥と呼ばれる少女の形をしたものが入っていることなど知る由もない難民たちには、全裸の少女たちが何故か生体兵器の拠点の敷地内で倒れ、もがき苦しんでいて、死んでいるようにしか見えなかっただろう。

だが自律兵器の調査によれば、当時の拠点周辺には難民キャンプは確認されていなかった。あるいはあったかもしれないが、自律兵器と生体兵器との戦闘で壊滅しており、人間はいないと判断されていた。


もしくは。

彼女達と生まれを同じとする。

生体ボディのアンドロイド、バイオロイドだったのかもしれない。

難民キャンプの運営を任され、破壊されずに生き残り続けていたバイオロイドが、偶然にも雛鳥と出会ったのかもしれない。


答えはない。


しかし、その遭遇で。

その雛鳥は顔を上げてそれを見た。

それは微笑んだという。

そしてその雛鳥は初めて、その目から涙を流した。

血や何かしらの体液ではなく。涙を。


それから時間が経過して。


自律兵器の編纂した記録。もといこの星が完全に自律兵器と生体兵器のものとなった際に自律兵器が記し、編纂した歴史において「生体兵器の目覚め」と呼ばれる事象の中で最初に目覚めたと、進化と呼ぶ現象を起こしたとされる生体兵器の派閥の一つ。


「白」の派閥が産まれた。

白の派閥は、宗教的な側面を持っていた。

同時に他の四つの派閥と一つの派閥を統括する頂点でもある。

彼女達は信仰する。崇拝する。讃歌し、讃美する。

侵攻の理由の殆どは布教のためとされている。

しかし、彼女達は言葉やものを伝えるわけではない。

がいた事を、教えたい。それだけなのだ。


今や、白の派閥の本拠地となった元軌道エレベーター施設。

その内部の「行政区」を、臍帯を必要とせずに歩む雛鳥の姿が見える。

皆一様に、修道女のように黒い服を着て、同じように金髪の女性の姿をした雛鳥たちが列をなして歩いている。

そして、広場で一斉に跪いて手を組む。

それに祈りをささげる。

それが何なのかは、今となっても彼女たちもわからない。


だけど、だからこそなのか。

彼女たちはそれに感謝し、祈りをささげる。


その祈りの先。彼女たちがそれと定義するそれ。

祈りを捧げている雛鳥たちとうり二つの女性が、笑みを浮かべながら眠りについている。

色とりどりの花に彩られ、肉と機械に繋がれたそれがなんなのか。


雛鳥たちと自律兵器は知らない。

しかし、白の派閥が崇拝しているのが、それであると自律兵器は判断している。

現在のところ、それが何を司っているのかなどの情報は不足している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

備忘録のような小ネタやお題のための置き場所 廃棄物13号 @eibis_wasted

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ