特集:エルフ品種「デルフ(またはニルフ)」について

エルフ。森に棲む亜人種であり、弓の才覚を有する種族。

神秘的であり排他的でもある種族で、森の奥で暮らし、主に草食系。

人間よりも長大な寿命と、それに合わせたような若さを持ち続ける。

主に女性だけの種族であり、男性のエルフは滅多に姿を見ない。

一説には無性だがある時期に限り雌雄に分かれ、そこで繁殖をするとも、特定の条件で雄化した個体と交配して繁殖するとも伝わっており、サテュロスと呼ばれる人型魔物は、サキュバスとエルフの混血とも伝えられた時代もあった。


そう、伝わっているし実際人里に降りてきたエルフたちはその通りだった。

今でこそ、ドワーフや獣人族、時には友好的なゴブリンやオーク族と肩を並べる人類の隣人として活動している彼女達だが、かつてはドワーフ族と獣人族と同じく奴隷種族として捕らえられ、飼育され、使役されていた時代もあった。

獣人族はその逞しい肉体での労働力として。

ドワーフ族はかつては彼らだけに伝わっていた製鉄技術、炭鉱技術の担い手として。

エルフは、その美しさを商品として。

当時の人類は彼らを人ではなく、生物として見做していた。

家畜のように食用にすることは(当時の為政者や富裕層は、エルフの若さや獣人族の肉体を取り入れようと彼女達の心臓や生き血を食し、やがて瀉血で亜人の血を取り込もうとした記録が残っているが、彼女らに待ち受けていた結末は大抵悲劇で締めくくられる)なかったが、それでも品種改良という名の人体実験が繰り返された、更なる闇の時代も存在する。


今回語るデルフまたはニルフと同族であるエルフに蔑みを込めて名付けられた種族こそ、その品種改良じっけんによって産み出されたエルフである。

デルフ、ニルフと呼ばれるそのエルフは、正確にはニルフと呼ばれている。

ここでいう正確とは、品種としての名前だ。

偽のエルフ、という意味ではない。下級女神のニンフに因んで名づけられた。

通常のエルフと比べると、その豊満な胸が一番目に行くだろう。

胸だけではなく、太もも、尻の肉感豊かさも、目が行ってしまう。

加えて基本的にニルフはエルフよりも背が高い。無論背が低い個体もいるが、どちらにせよ豊満な肉体なのは変わらない。

彼女達は、初めから娼婦として使役されるためだけに産み出された品種だった。

先にエルフはその美しさを商品に使役されていたと書いた。

だがエルフは長命で永遠に近い若さを有しているが、それは人間よりも肉体的な成長が遅いからである。見た目は少女でも、実際は数十歳や百数歳というケースはよくあることだ。

それゆえに、女性的な美しさよりも少女的な美しさが主な商品であった。

しかし世の中の需要では、少女らしさよりも女性らしさの美しさを求めたがった。

勿論、長い年月を経て成熟したエルフはまさに美しさの塊のような存在である。

だが成熟したエルフは滅多に森から出ない、里でも一人いればいいほどだったの希少な存在故に、個体によっては国一つが傾くレベルの値がつけられた時代もあった。

(とくに有名な成熟個体は「妖精王」が伴侶として購入した「ティターニア」であろう。彼女に王は国をほぼ全て投げ売ったと言われているし、対抗した国の王も同様であった。それがきっかけで反乱が起き、妖精の国と言われた国は壊滅することになった。なお、伴侶として買われた彼女のその後は分かっていない。因みに、当時の吟遊詩人たちは彼女を国を傾けた女として傾国の美女ファム・ファタールと呼んだ)

需要があったが、供給が乏しいどころか皆無だったのだ。

故に、成熟個体のエルフのは亜人商人シンジケートにとっての最大の課題であり急務の一つだったのだ。

そもそもエルフ自体、森の奥深く、強力な魔物が自然の防衛力として存在するような危険地帯に守られたオアシスのような安全地帯や、世界樹と呼ばれるような巨大な大樹に里を作ることが多い種族で、成熟した個体が多い里は、それこそ過酷で、一国が軍を動員するレベルの場所にしかなかったのだ。

(成熟個体の住む里は、推定では繁殖の場とも言われていた。実際その通りであり、どこからともなくやってきた雄と雌のエルフがそこで子を成す。これは古いエルフにとっての成人の儀でもあるが、成熟個体になる前にも繁殖期を迎える。その場合、エルフは自身の里で子供を作る)

(「ティターニア」はまさに国の大軍の犠牲によって捕らえられた成熟個体だった。この大軍の犠牲もまた一つの国の崩壊を招いた要因とも言われている。成熟したエルフたちは、妖精の国が滅んだあと人の子を産んだ彼女にそっくりのエルフを見た事があると言うが、逃げ延びた先で人とエルフの合いの子を産んだエルフは多く、彼女だったのかは定かではない)

そのため、シンジケートが取った手段は品種改良であった。

手に入らないなら人為的に作るしかない。そもそも、手に入れる事が出来る人間は当時でも現代でも超がつくレベルの富裕層か王族でもなければ不可能なのだ。

現代でもで活躍しているシンジケートは、幸か不幸かその超がつくレベルの富裕層ではなかったし、そんな天上の住人のような存在達との繋がりもまともになかった。

(シンジケートは当時も現代も閉鎖的な組織だったのが大きい。亜人が商品となっていたとはいえ、表向きには人の形をしていたために違法だったし亜人以外の事業が薬物や人身売買、武器密輸密造であるため、基本的には裏社会であり排除されるべき組織であった。加えて、裏社会は仲間同士でも足の引っ張り合いや陰謀が張り巡らされる勢力でもあった。だが、シンジケートに所属する組織や人間の殆どはそうした勢力争いに精を出したものからドロップアウトしたか、陰謀よりも新型の薬物や兵器開発が趣味の人間である。これは現代でも変わらず、裏社会も表社会も、シンジケートのは幾らでも知っていても、実態を知っているものは殆どいない)

(シンジケートの構成員や構成組織の中には、表向きでは賢者や天才と言われた人物や集団が含まれていたとも言われている。シンジケートの閉鎖的であるが課題や新しいものに対する精力的な意識が、彼らを引き寄せながら数々の偉業を成し遂げる要因と言われている)


さて、シンジケートはどのようにしてニルフを産み出したのか。

彼らはまず、彼らの視点からエルフの欠点を見出す作業から始めたとされる。

そしていの一番に彼らが改良できると見出したのは、その成長の遅さ、成熟したとは言え、妖艶さ、肉欲の権化さが足りないことだった。

この部分を改善するために、彼らはまず大量の魔物や亜人を収集し始めた。

しかしただ魔物と亜人ならなんでもいいわけではなかったようだ。

まず人型であること。

次に、美しいと言われる女性型の魔物または亜人の女性。

続いて、成長が人間と比べると速い種族。

更には、繁殖力が高い種族。

そして、同族であるエルフ。エルフに関しては成熟未熟を問わずとにかく数を求めたようで大量に捕獲または購入されていることが、当時存在した人身販売組織の目録で明らかになっている。

彼らが放棄した、ニルフ研究所の捜索によって集められたものたちがどうなったのかが判明している。

魔物やエルフ以外の亜人はニルフ製造のための材料や実験体となり、また研究対象となり標本となっていた。

そして、集められた大量のエルフは、ニルフ製造のための実験台としてその多くが消費されていた。


まず薬物注射による直接的なアプローチを彼らは試した。

その為に成長にまつわる薬草やポーションを合成した特殊な薬品を注入し、強引に成長を促す事で未熟個体を成熟個体へと急成長させようとしたのだ。

どうやらこれは一定の成功を得たようだが、あまりにも強引すぎる急速な成長に肉体や精神が耐え切れず、失敗と判断されるまでの試行錯誤の中には、投与したエルフが全て副作用や過剰成長によるで死亡した記録が残っている。

そして、仮に急速成長に耐えたとしても、次に豊胸作用のある薬品(成分や品名からして、乳牛用の薬物であることが分かっている)を投与して強引に胸を膨張させていたため、やはり急激な成長と肉体改造に耐えられず死亡した例が多かったようだ。

生産性を無視すれば、複数回の投与と薬液の希釈によって被検体を消耗させずに出荷レベルにまで改造可能である、という記録が残っている。

しかし、その回数と安定化にかかる期間が長すぎたために、この手法は失敗と判断された。

加えて薬物投与による失敗が多すぎたのが打ち切りの最大の理由だったようだ。

後に成長魔法、大人化呪術などの魔法によるアプローチを試みたようだが、エルフ自体が魔法に耐性を持つこともあり、上手くいかなかったようで薬物投与以上に早々に打ちきられた。


続いて彼らは、繁殖の高い魔物や亜人との混血児を作り、混血児を改によって成長性の高いエルフを産み出そうと試みた。

これも一定の成果を収めるもすぐに行き詰ったようだ。繁殖力の高く、かつ異種同士で子供を作ることができる種族がまず限られたのだ。

その上、この実験で明らかになったのはエルフの繁殖期があまりにも周期が長く、そして期間が短い、そもそも受胎する確率が低いことが重なってまず混血児を作る所から課題になったのだ。

どうにか受胎に成功したとしても、今度は夫側の種族の遺伝子が強すぎたせいでエルフの性質を受け継いだ子供が全く生まれたなかったという記録があった。

夫側として最適とされたのは、ゴブリンの一種、森林地帯に生息するオークの一種、コボルド族の一派閥、兎型の獣人族なのだが(人型以外の魔物との交配も試みたようだが、夫側である種族がエルフに性的な興味を示さなかったため混血児以前の問題だった)いずれもエルフよりも濃く子供に反映されてしまい、子供の体毛が金色であればよかったほうだった、と記録されていた。

なお、産まれた混血児たちがどうなったかは判明していない。


物理的、魔法、混血と失敗したことでシンジケートは方針を転換。

(物理的の中には、人間が用いるのと同じ整形技術による改造も含まれていたが、当時成熟個体を偽って人間を整形技術によって改造した事例が成熟エルフの取引記録よりも多く、すぐに破棄されたプランのようだ)

エルフをベースとした、新しい生命体の創造を以て成功とすることにしたのだ。

そして完成したのが、ニルフである。


古今から人造の生命というのは世界中で試みられてきた。

しかし、歴史上で成功したとされるのはスライムやホムンクルスくらいなものだった。

他にも記録や伝承を辿れば元は人造生命体だったと言われる種族は存在するが、記録の多くが失われた古代あるいは神代のものが大抵である。

だがシンジケートは、近代にてニルフ生命を産み出したのだ。

その為に彼らが必要としたのは、エルフの研究だった。

短所長所を粗探しするのではなく、純粋な研究。歴史的にも生物的にも彼女達を調べあげ、求められるエルフを産み出すには何が必要なのかを見出そうとしたのだ。


数年の研究の結果、彼らは今度こそ必要とされるエルフを、自分たちにとってのより優れた種族としてのエルフを産み出すための行動を起こした。

重要なのは豊満な肉体を持つこと、エルフの最大の売りである飼い主よりも長大な寿命と永遠とも錯覚されるような若さを残し続けることだった。

更に、エルフの脆弱さの改善も視野に入っていた。

エルフは、到達するのが過酷なだけで実際棲んでいる環境は非常に整った場所である。自然豊かであり、季節が急激に変動しない場所、常春と呼ばれるような場所にしか住んでいないのだ。

その理由は、彼女達は寿命こそは長いものの身体は人や亜人に比べると弱かった。

実際飼われたエルフの多くが、人間の環境に耐えられなくなったことによる衰弱死を辿っている。

物理的には頑丈だったと言われるが、それを引き換えに環境の変化に弱かったのだ。

近年のエルフは人間社会と触れることが多くなったことで人間社会の環境に適応できる種が増えてきたおかげで他環境でも適応しやすくなったが、それでも他種族に比べればまだまだ弱いままである。


彼らは課題を定めた後に、改めて計画の名前を決めた。

エルフと密接に繋がる森林地帯を守る神であり、豊穣をつかさどるとも言われる女神、ニンフの名を持つエルフを産み出す女神計画と。


重要なのは繁殖力と環境の適応力を高めたうえで、豊満な肉体を持ち、それをエルフ特有の長命さと同じくらい維持させ続けることだった。

ここで彼らは改めて集められた魔物と亜人に目を向けた。まずオーク。

彼らの強靭な肉体は獣人族に劣らない。そして高い繁殖力、加えて環境への適応力も高い。

強靭な肉体を豊満な肉体へと置き換え、まずは彼らのエッセンスとされるものを抽出し凝縮する作業が行われた。

この抽出・凝縮という行為についてはシンジケートの中でも秘術とされており何をしたのかは分かっていない。ただ、物理と精神の両方で彼らの性質を物として抽出し、そして凝縮していたようだ。

これは錬金術や死霊魔法に通じる所があると指摘されている。

遺伝子ではエルフの性質を殺してしまった。

だがエッセンスなら?凝縮を繰り返したものと、同じほど凝縮を繰り返したエルフのエッセンスを加えれば、両方の性質を持った生命が生まれるのではと踏んだのだ。

このエッセンス、一説には凝縮と精製を繰り返した魂の集合体とも言われている。

その繰り返しで、取り出したい性質だけを残したようだ。

因みに、その作業の材料となったオークとエルフは勿論命を落としている。

その作業によってオークの恵まれた肉体とその適応力だけを抽出した物体を作り出し、続いて彼らは娼婦としての素質の強化として、サキュバスのエッセンス化作業を始めた。

この実験によって、ダークエルフが産み出されたとも言われていた。

何段階かごとにエルフとの合成実験が行われており、エルフの変種たちの多くがその実験結果と言われていた。(実際は生息する環境に適応したエルフの種族である)


計画はさらに変更され、新種のエルフを産み出し、自然界に解き放つ。が到達点となった。

こうなった理由は分からないが、一説によるとシンジケート内部の整った環境でなくても、自然環境で充分殖え続けるかどうかのテストだったとも、一種の神がかりになったなどと推測されている。

この時、何らかの組織がシンジケートの行動を知っていたら、もしかしたらニルフは存在しなかったかもしれない。

しかし、シンジケートが何をしたのかが分かったのは、全てが終わった後で、全てが手遅れになった時だった。


端的に言うと、ニルフは完成した。より精製されたオークと獣人族の強靭なエッセンスを合成したものを、健康な獣人族の雌の子宮に移植してまず合成体を産ませた。

そうして産まれた合成体を雄として選別を重ねている間に、サキュバスのエッセンスとエルフのエッセンスを合成したものを、こちらは成熟したエルフ(どうやって彼らが成熟したエルフを手に入れたのかは分かっていない。細々と続けられていた人為的な成長によるプランによって産み出された、数少ない成功例を残していたとも言われている)の子宮に宿し、雌の合成体を出産させた。

そして後は簡単である、純粋なエッセンスの合成体同士による交配によって、遂にニルフ第一号が誕生したのだ。

(このプロセスを選んだ理由は、どうも合成エッセンスをそのまま更に合成するのはリスクがあったようで、エッセンスにことでニルフを作り上げたと言われている)

しかし、まだ完成ではなかった。ここから更に合成体とニルフの合体を続けたのだ。

次に用意したのはゴブリンの繁殖力のエッセンスだった。エッセンス単品を母体に移植すると「凝縮体」と名付けられたエッセンスを内包した生命体が誕生する。

(凝縮体はエッセンスの由来の種族に属するが、厳密にはその種族ではない)

その凝縮体とニルフ第一号との交配によって、第二号が即座に産まれた。

これはオークの繁殖力を引き継いでいるかのテストでもあり、更なる強化でもあったようだ。

獣人族の凝縮体との交配で産まれた第三号を以て、彼らは計画の完遂を宣言。

第三号から産まれたニルフたちを―――――



ニルフは彼らが求めたポテンシャルを完璧に備えていた。備えてしまっていた。

まずエルフは雑食だが草食寄りであり、なおかつ少食だった。

これは自然と共存するエルフの古くからの生きるための術であり、その上で豊かな森林地帯とは言え食料を食いつぶさないための節約が習性に組み込まれているからだ。

だがニルフは完全な雑食だった。しかもエルフに比べると遥かに大喰らいで、妊娠中になるとその食事量はさらに跳ね上がった。

オークとゴブリンの繁殖力を持ったニルフはエルフどころか人間と比べても、何なら由来であるオーク族よりも早い周期で出産する。そしてすぐに受胎できるようになる。

加えて、サキュバスのエッセンスによって彼女達は人型であればほぼ確実に異種族(メスしか存在しないニルフにとって、異種族の雄が自分たちにとっての雄だ)を惹き寄せてつがいになり、そしてすぐに身籠る。

ニルフから産まれるのは勿論ニルフであり、それも必ずメスが産まれる。

環境適応力も高かった。水分が確保でき、ある程度の植物があり、餌が豊富な場所ならどこにでも巣を作るし、餌がなくても遠くまで(エッセンスの由来の一つであるオーク族は戦闘時以外では農耕と狩猟で生活している。またゴブリン族も定住の場をあまり持たず、大陸を回る遊牧民のような生活をしている。その影響で、ニルフもかなり遠出をするようだった)探しに行き、大喰らいとは言えエルフらしく食事を取らなくても長い間活動できたのだ。妊娠中でなければ、その期間はエルフの倍。

そうして複数の父親譲りと母親譲りの適応力と繁殖力の高さで「成熟個体だけの里がある」という噂が裏社会で出回り、そしてシンジケートがニルフの回収と入荷を始めた頃には、ニルフは世界中で大量のコミュニティを築いたばかりか、エルフ原種と接触し、帰化しつつもその里に性質を伝播させていったことでポップス的な勢いで増殖。

市場にはニルフが大量に出回り、これまで乏しかった供給が満たされたことで急激な価格の上下運動を繰り返し、裏社会の市場は歓喜し、そして混乱と恐怖した。

「いくらなんでも多すぎる」とある人身販売組織が判断したのだ。

このままではいくら待ち望んでいた成熟エルフの大量入荷とはいえ、数が多すぎて価格が暴落してしまう。それに気づいた組織だが、商売敵から一応の同盟を結んだ組織も既に同じ異変に気付いていた。

捕らえられた成熟エルフたちは他のエルフと比べて明らかに食事量が多いし人里の、それも良好とは言い難い環境にいるだけで体調を崩しやすいエルフがいる横で、そのエルフが食べきれなかった食事に手を伸ばして元気に過ごしているのだから、明らかに異常な光景だった。

更には、あまりにも殖えすぎて飼育場が文字通りパンクしたことが裏社会に「異常なエルフが市場に出回っている」と決定づけた出来事であった。


ニルフの侵略で被害を被ったのは人間社会だけではなかった。

原種のエルフは勿論、遠い親であるゴブリンやオークたちも、ニルフの氾濫で被害を受けていたのだ。

まずエルフは、元々ハーフエルフの存在をどうするかで各地の里で協議が続けられていた。

そこにニルフが現れた。見た目は普通の成熟したエルフそのものだったのが発覚を遅れさせたのだ。ニルフはとてつもない速度で繁殖。大喰らいだが食事を取らなくても過ごす事が出来る性質のせいで、通常種のエルフと同じ量の食事でも十分活動できたし、何なら繁殖も可能だった。

こうして、瞬く間にエルフ原種とニルフとの混血種が産まれ、やがてニルフが到達できない場所以外のエルフが生活できる環境に住むエルフの殆どが、ニルフとエルフの混血種の住みかとなった。


次にゴブリンとオーク。彼らは他の雌(女性)を襲って繁殖する種族だ。

その一方で、(亜)人肉食も好む蛮族でもある。

「とてつもなく上玉のエルフがそこらじゅうにいる」という噂は両種の間を瞬く間に駆け巡り、実際入れ食いに等しい勢いでニルフを手籠めにし、食料にし、奴隷にした。

そして、その行動を彼らはすぐに後悔した。

まず、産まれてくる子供が自分たち側ではなくニルフだった時点で、異常に気付いたと思われる。彼ら譲りの強い遺伝性が、由来元の彼らを凌駕していたのだ。

続いて食事量の多さが、やがて彼らの食事状況を逼迫し始めたと思われる。

ここまでは間引けば管理できると彼らは思っただろう。

彼らの間ではエルフの肉はまた特別な美味として伝えられていたので、ニルフもまた食用に向くと彼らは思い立って実行して、そして美味だったのだろう。

当時の混乱時の、彼らの住みかを調べると加工されたニルフの肉が大量に発見されていた。

ただ、そこにはゴブリンとオークそれぞれの言語で「」と殴り書きされた紙が貼りつけられていた。

ニルフの肉は彼らの舌に合った。加えて栄養満点だったようで多くのゴブリンやオークは神の恵みか何かと思っただろう。

しかし、すぐに状況が一変する。ゴブリンとオークの間で、太りすぎになった者が大量に現れ始めたのだ。オークの種族の中には、やや肥満体のような体格をしたものもいるが、そういったものは長距離の移動や厳しい環境で生き延びる為に養分をため込んでいる状態である。

だが、この時の彼らの肥満は間違いなく健康障害だった。

更にニルフの脂肪、もとい油が異常に流れ出たという記録もあった。彼女達の血液よりも流れたのではと思ってしまうような大量の脂肪は、ありえないくらい強い引火性を有していた。燃料にもできそうなくらいに。

だが、あまりにも強すぎるせいで火の粉程度の火種で簡単に爆発気味に引火。

裏組織の中ではニルフの脂肪を燃料化できないかと試行錯誤していた内に上記のような事故を引き起こし、町一区画ごと吹き飛んだものもあった。

勿論、それを最初に発見したであろう彼らの集落でも同様の事故が多発した。

松明の火、シャーマンが練習で放った火球魔法、火打ち石の火花、火矢の炎などがそこらじゅうに垂れ流されたニルフの血と脂肪に引火し、恐ろしい速度で火事を引き起こしたことで、ニルフや捕らえた獲物共々炎に沈んだと推測できるような惨状が、当時の至る所で見つかった。

(エルフやサキュバス譲りの魔法耐性が彼女らから加工された素材にも発揮されていたのが火事の悪化を担っていたとも言われている。水属性魔法や氷属性魔法が通じなかったという記録があるのだ。真相は明らかになっていない)


後に、エルフたちの間でニルフはこう呼ばれるようになる。

エルフの血を穢したDisrespectエルフ、すぐに成熟し豊満な肉体となることから。

デルフ(ディスエルフ、デブエルフのダブルニーミング)と。


ニルフの氾濫は数年続いた。この間に蛮族はニルフを「その上質さで我らの血と命を奪う最悪の敵」と定めて駆除対象とし、ニルフの里を次々と攻め落とした。

しかし、攻め落としてもなお蛮族としての本能が、長年やってきた略奪の歴史が彼女らの殲滅を曇らせてしまい、やがて駆除作戦は失敗に終わった。

そも、ニルフを殲滅し一カ所に集めて火にかけた事でその周辺が大爆発で吹き飛ぶような二次災害が頻発した事で駆除活動に勤しんでいた蛮族のグループは壊滅。

残ったグループも以上の事故から殲滅から間引きに行動指針を変更。

遺体の処理も火葬から土葬に変更された。ニルフは栄養満点である。

埋めれば、自然を育てる苗床になるほどに。よって、ただ殺して焼いてしまうよりは、せめて自然に還す事で異常な生命を正しい生命の流れに戻してやろうという、蛮族なりの慈悲があったと思われる。

その様子は、彼女達の名前の由来となった女神、ニンフのようだったと何者かが記録に残している。


三つの種族が混乱に陥っている中、ニルフは殖え続けていた。

だがある時、どこからともなく、各国の大広場などに一体のゴーレムが姿を見せた。

ゴーレムは問いには答えず、以下の文章と、上記のニルフ計画について全てを話し始めた。


私達はシンジケートだ。今回起きている、異常なエルフによる混乱について話がある。


ニルフは我々が作った。

彼女達は我々の作品の中で最高傑作である。

諸君らは彼女達の価値を確かめるための顧客だった。


ありがとう。

彼女達を愛してくれて使ってくれて

本当にありがとうございました。


混乱の中、シンジケートの代表を名乗るゴーレムが、エルフ・蛮族・裏組織のコミュニティに同時に姿を現して全てを語った。

ニルフを作ったのは我々だと、宣言したのだ。

そして、その後シンジケートは再び姿を消した。そして、取引のために使っていた施設の全てから、煙のように消えた。


エルフはニルフをデルフと呼び軽蔑はするが、ニルフが人間によって人為的に産み出されたエルフであると気づくと、幾つかの反発はあったがハーフエルフと共に保護することを決め、彼女らとの間に不可侵条約のようなものを取り決めた。


裏組織は、暫くの間エルフ族の取引を取りやめることにした。

責任を取らせようにもシンジケートは完全に姿を消してしまった。

加えてこの時に亜人と人類との間に同盟が組まれ、亜人は人間と同じものであるという条約が改めて決まったことで、亜人の取り扱い自体が違法となったのだ。

そこであえて流通量を大きく減らしたり、顧客を富裕層に限定するなどして市場の回復を図り、それは成功した。


蛮族も、その頃には好戦的なグループがニルフとの戦いで壊滅したのもあり友好的なグループが主権を握るようになり、人類や亜人との間で交流を図るようになった。


現在。ニルフの総数は亜人で最も多いと言われる獣人族と変わらないと言われている。

混乱から数十年経った今、ニルフはこの世界に住まうありふれた種族として、当時から変わらず生きている。


最後に、ニルフは蛮族や裏組織、そしてエルフからも駆除の対象となり大勢の仲間を失っている。だが、彼女達は生き延びた。

その理由は、我々人類が彼女たちとの間に子供を作り続けただけではない。

彼女達は母親の一つであるサキュバスと、父親の一つであるゴブリンと同じくらい狡猾だった。

そして、父親の一つであるオークと獣人族と同じくらい、強靭だったのだ。


混乱時に起きた、ニルフによる火災事故。

事故の殆どは、ニルフによる人為的な火災ではないのかという推察が、近年になって語られるようになった。


ここまで書いたところで、彼女達について一つだけ話していないこととして、知能の有無や高さについて語っていなかった。


彼女達は、エルフ譲りの高い知性を有している。

だからこそ、どの種族にも取り入る事が出来たし、原種であるエルフともすぐに溶け込めた。エルフが有する第六感のようなものも、ニルフは持っていたし、エルフの魔法の適性もまた、彼女達は有している。


現在、ニルフは人間社会と亜人社会に深く溶け込んでいる。

だが純粋なニルフがどうしているかは、今も判明していない。

ただ、ニルフの殆どが温厚で俗に言う「お姉ちゃん気質」が多いとされる。

まるで、があると言われている。


そしてシンジケートもまた、その後の活動は歴史に刻まれても彼らの行方は分かっていない。


補遺


以下の文章は、当時の混乱とニルフについてよく知っていると語るオークの長へインタビューを試みたが、断られるも掲載を依頼された文章である。

文書を貰った翌日、長が急死したという報せを受けて掲載を迷ったが、遺族(珍しい、エルフの友人と名乗っていた)の強い希望により、ここに掲載する。


ニルフの混乱から数十年が経過した。正確には五十年と少しだ。

だが、我々は未だニルフの脅威は残ったままだと宣言したい。

確かに、現在のニルフは当時のニルフと同じ脅威さを持っていない。

五十年にわたる世代交代の末、雄を持たないため複数の種族との間に子供を作り続けたニルフだったが、世代を経ていくうちにその強い種としての力を失っていったのだ。

やがて、馬鹿げたレベルの繁殖能力も落ち着くように衰えていき、今では人間か獣人族と同じ程度の繁殖力しか持っていない。我々とつがいになっても、現代では我々側の子供を産むようになった。

その肉体も、ただ豊満なだけになりつつある。エルフの言う通り、奴らは当時の力を失い始めているのだ。シンジケートが後に産み出したものどもと同じように。


しかし、我々は脅威は去っていないと宣言したい。

現在、街中や各種族の中にいるニルフは確かに当時の力を失っている。

ただエルフと比べると豊満すぎて、子供を産みやすい程度のエルフだ。

だが、これを読んでいる当時を知っている人間に聞きたい。


我々は


我々、ゴブリン族、エルフ、人間、他多数の亜人たちをその繁殖力と適応力で混乱の渦に叩き込み、当時頻発しら亜人の反乱全てを計画し、、誇りも血統も穢し回り、人間をも伴侶という形で種族を減らそうとしていた、あの時代のニルフが、もういないと誰が断言できる?


奴らには敵意や悪意はなかった。ただ一つの生命、一種の生物として殖え続けていただけだ。

子孫を殖やし、種族を繁栄させていくのは、生命としての至上命令であり目的であり欲求の一つの筈だ。

ならば奴らはただ、本能のままに殖え続けようとしていただけだ。

我々が勝手に恐れ、嫌い、殺していったようなものだ。


話を戻そう。

純粋なニルフと、現在のニルフの区別は、恐ろしいことにつかない。

つまり我々が滅んだと思っているだけで、今まさに純粋なニルフが殖え続けているのではないか?

復讐に生きているのか、未だ生物として刻み込まれた使命繁殖を果たしているのかまでは分からない。


忘れてはいけない。


ニルフはバカではあった。

だが、決して奴らは間抜けではなかった。


我々は奴らにとって敵なのか、淘汰圧をかけてくる環境なのかも分からない。

私の五十年間にも及ぶ壮大な考えすぎかもしれない、


それでも。


あの時私の兄と父の集落をの。

まるで聖女のような微笑みを、母の血で染まった顔のまま私に向けたあの顔が、憎しみも何も感じない、優しい声で私を呼んだ声が。


忘れられない。


最後に。諸君ら人間の詩人が歌う、国を傾けたエルフ、ファム・ファタール。

彼女のその後はエルフも知らない。ただ、当時のハーフエルフは産んだ母体諸共エルフから激しい差別の対象となり、結局人間の元に戻った者も多いという。

人との合いの子を産んだと言われる彼女もまた、同様の運命を辿ったのかもしれない。


だが私は思うのだ。

シンジケートがニルフを作る際に、最初の一体を産んだ母体。

彼女こそ、そのファム・ファタールではないだろうかと。

根拠はない。

だが、エルフが残した彼女の似顔絵と、あの時見たニルフの顔が


どうしても同じ顔に見えて仕方がない。

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