第32話 笑顔の行方

「やったー!勝った……」


ボランティアでコーチをしている高校バレーチームのまさかの優勝に雷人は監督で高校の同級生の誠と涙の抱擁を交わしてた。


こんな一行は、この日はホテルに宿泊し、翌日、地元に帰って来た。

高校で祝福を受けた一行だったが、雷人は家族が待つ実家のカミナリ電気に帰ってきた。


「おかえり!みんな待っていたよ」


「みんなって?」


雷人のバレーボール仲間達が、カミナリ電気に集まり、すでに宴会をしていた。


「マジかよ?あ、響」


「おかえり。あのさ、あの」


大人達が騒ぐ中、中学生の息子が何かを言いかけたが、それはバレー主婦の声でかき消されてしまった。


「……どいて!雷人!おめでとう!よくやった」


「なんだよ。こんなに酔って。あ?」


初老の主婦達はふざけて雷人の頬にキスなんかしてきた。これを呆れてみた響は部屋の奥に引っ込んでしまった。


雷人は息子を追うように部屋に上がった。


「おい、響?どうしただって、あれ」


「あの……雷人さん……」


「渡辺さん?来てくれたんですか」


優勝の誉を聞きつけて、雷人の婚活彼女が祝福にカミナリ電気に来ていたのだった。


「おめでとうございます。あの、乾杯しましょう」


「ど、どうも」


この様子に周囲の仲間はヒューヒューと彼を冷やかした。


「あはは?どうも。ちょっとすいません……」


ここでようやく雷人は店の奥の母屋に顔を出した。



「なんか良い匂いがする……何これ」


「食べるの?でも、この後、打ち上げじゃないの?」


台所にいた彼女は鍋の前で味見しながら呟いた。



「いいんだよ。食う!食いたい!光、俺にそれをくれ」


キッチンにいた光にお椀に盛ってもらった雷人は、満足そうに箸を持った。


「うまそう……いただきます!」


そういってムシャムシャ食べている彼を光は愛しそうに見ていた。



「まだあるけど」


「食う!これは光が作ったのか」


おかわりした雷人に光は、うなづいた。


「冴子さんと作ったの。ねえ。この後、打ち上げでしょう?その前に響君に一言言ってあげて。ちゃんと勉強していたんだから」


「わーってるって!二杯目いただきまーす!」


この時のエプロン姿の光に甘えた雷人は、彼女の言うまま息子に言葉をかけ、そして忙しい中、優勝の打ち上げの酒席に向かったのだった。









「ううう」


「お父さん。もう昼だよ」


「……水……」


二日酔いで寝ている父を起こした響は、ぺットボトルの水を渡し、無情にカーテンをシャーっと開け起きるように話して行ってしまった。


そんな彼は起きてスマホをチェックし、関係者にお礼のメールや自分も起きて食事をしたりした。


こんな息子に母は忘れないうちに話をした。


「そうだ。雷人。渡辺さんが時間ができたら連絡くれって」


「そうか」


「他にもね。いろんな人がきてさ……」


優勝したので高校のOBがたくさんお祝いに来ていたと話した。



「後でお礼をしないとね」


「わーってるよ……」


こんな二日酔いとお礼をしないといけない相手に雷人は頭がいっぱいになっていた。


こうして慌ただしい日々を過ごしていた雷人は、時間に追われあっという間に1週間過ぎていた。



「雷人。ちゃんと渡辺さんに連絡したのかい」


「ああ。会う約束したし」


「ならいいけど」


そんな雰囲気の中、母は彼に話をむけた。


「お前ね。渡辺さんとちゃんと付き合う気があるなら、話をしなさいよ」


「わーってるよ。それよりさ。光のこと知らねえか?あいつ、連絡してもでないんだよ」


この件は母は知っていると話した。


「光ちゃんはリゾート地のイルミネーションを付けに行ったんだよ。山間で電波が届かないって言ってたし。それに母さんは、お前の留守番をしてくれたお礼をしておいたから」


「そ、か」


母は光の事はいいから渡辺さんのことをちゃんと進めるように彼に言った。

それに関してどうもモヤモヤする彼だったが、何もいうこともなく溜まっていた仕事を進めていた。


「はあ……」


「どうしたの」


「響か?なんつうかさ。こう、試合が終わったんでなんつうか、こう、寂しいっていうか」


「ふーん。そうなんだ……」


父の話を優しい息子は聞いてあげていた。


「なんで?優勝したし。彼女もできたし。言うことないと思うけど」


「まあな」


しかし気落ちしている父を彼は見つめた。


「……ねえ、お父さん。あのさ、僕聞きたいことがあるんだ」


彼は父に勇気を出して向かった。


「お父さんはさ。僕がいるから結婚しようとしているの?」


「何を急に?」


「いいから答えて。僕のためなの?」


これには彼は違うと話した。


「最初はそれもあったけど。俺もこのまま独身ていうのも寂しいって思って」


「……それは全然構わないけど。僕のためとかはやめてね」


彼は父には自分の幸せを掴んでほしいと言い出した。


「あのね。僕のことは気にしないでさ、お父さんは本当に好きな人と過ごしてほしいんだ」


「響」


「僕が言いたいのはそれだけだから」


息子はそう言って部屋に行ってしまった。雷人はそっと窓の外の星を見上げた。



この星にいつか一緒に彼女と見た海の星を彼は思い出していた。


……どうしてあいつのことばっかり考えちまうんだろう。


渡辺に連絡しないといけないはずの彼は、ずっと彼女のことばかり考えていたのだった。



つづく

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